インフラレイヤーの技術力を武器に、前人未到の領域へ挑むスリーシェイクの創業秘話

オンラインでシステムインフラのコンサルサービスを提供する「Sreak」、データ分析・アドテクプラットフォームを提供する「Reckoner」など独自のサービスで事業拡大を続ける株式会社スリーシェイク。生粋のエンジニアでありながら、経営者でもある創業者の吉田拓真が自身の生い立ちと共に創業秘話を語ります。

アルバイト漬けの大学生活とITベンチャーへの憧れから生まれた想い

▲スリーシェイク代表取締役の吉田 拓真

私がスリーシェイクを立ち上げたのは2015年1月、2018年で創業3年目です。

メンバーやお客様も増え、かつて自分が思い描いたITベンチャーの姿に近づいていることを実感する日々です。決して平坦ではなかったここまでの道のりを、これからご縁のある方々にお伝えしていきたいと思います。

私は、親が会社を経営していたこともあり、「勝負するからには負けたくない」というタイプの子どもでした。中学・高校時代は部活にも入らず、勉強漬けの日々でした。ただ、漠然とロボット技術者になりたいとは考えており、機械工学部のある大学へ推薦で進学することを決めていました。

しかし大学進学後、講義やゼミを通して自分の世界が広がっていくにつれて、ロボット技術者への熱意が徐々に冷めていくことに。目標を見失った私は、研究やサークルには目もくれずアルバイトに没頭する日々を送っていました。

ちょうど、当時はITバブル真っ盛り。

自然と、自分の生活とは真逆にあるような、ITベンチャーのきらびやかな世界とそこで活躍する熱意あふれた経営者の方々に憧れを持つようになりました。とはいえ、その夢の実現へ向けて何をしたらいいのかも分からず、心底悩んだ記憶があります。

「何か人生を賭けて勝負したい」
「仲間と一緒に高い目標を達成してみたい」
「社会にインパクトを与える事業を創り上げたい」

今思えば、この時のもんもんとした気持ちが、後に起業を志すきっかけとなったのかもしれません。

そんな最中、東大の院試を受けてみないかという話を持ちかけられました。試験対策の甲斐あって無事に合格、研究室は原子力のゼミです。教授がポンと「数千万円の予算取ったから後はよろしく」と任せてくれるような環境で伸び伸びと研究をさせてもらい、「このまま研究者になる人生も……」とさえ思っていました。

とはいえ、周囲も就職活動をはじめていたので、自分も1社だけまずは受けてみることに……。それが、当時人気のあったDeNAです。

ご縁があったのかトントン拍子で最終面接まで進み、内定をいただくことができました。

研究者の道へ進むか悩みましたが、起業へつながる経験が積めるかもしれないという思いから、DeNAへ入社することに決めたのでした。

ベンチャー企業での経験を通して見えた景色

▲現在のオフィスの様子

DeNAではIT基盤部に配属になりました。

モバゲーをはじめとするDeNAの各サービスのサーバ、ネットワーク、セキュリティといったインフラを支える部門です。

多くの業務はチームで動く組織でしたが、私は個人で決済システムの運用管理を任されました。小さいシステムながら、すべてを任せてもらえたこの経験から、サービスやシステム全体を見渡すことができるようになったと思います。

ですが、メガベンチャーの中で働き続けることに迷いがあったのも事実です。専門性を高めることができても、起業に必要なスキルが身につけられないかもしれない。

そんなとき、仲の良かったエンジニアから「うちの会社に来ないか」と誘いを受けました。まだ、筑波に本社があったポッピンゲームズジャパンです。

当時はちょうど資金調達が完了したフェーズで、次なる成長への熱意に満ちたベンチャー企業でした。社長からは会社全体を見て欲しいと頼まれ、起業を志す私にとっては願っても無いチャンスと感じ、転職を決意。

ここで私にとっての大きなターニングポイントを経験しました。

ゼロからのカジノアプリの立ち上げです。これまでは、エンジニアとして比較的ひとりで仕事をやってきましたが、チームメンバーを率い企画・開発までを一貫して経験することができました。サービスのローンチにはつながらなかったものの、全員でひとつのゴールを目指し突き進むことに、これまでにないやりがいを感じたのです。

その後ポッピンゲームズジャパンは東京へ進出、私自身は経営戦略室の室長として幅広い業務に携わることになりました。ところがある時から、再び私は不安に苛まれることになります。

「エグジット(投資回収)は果たしてできるのか?」
「私は結局どんな分野で起業するんだろう?」
「この延長線上で、起業はできるのだろうか?」

悩みを断ち切るがごとく、まず会社を立ち上げることにしました。退路を断ち、自分が本来したかったことに挑戦してみようと思ったのです。

「最初はクレーム対応の連続だった」サービスを0からつくり直すことに

▲創業当初のオフィスの様子

2015年1月15日、スリーシェイク社を立ち上げました。

インターネットを支える3ハンドシェイク技術のように、社会の根幹を支えるサービスを提供したいという思いからつけた社名です。

エンジニアのつながりで当時のPiece of cake社のCTOからオファーをいただき、スリーシェイク社の事業はスタートしました。スリーシェイクの主力事業である「Sreak(スリーク)」の源流となるシステムインフラのコンサルティングです。

複数の企業をお手伝いしている中で、気がついたことがあります。

多くの企業は膨大な費用とリソースを投入し、データ活用基盤を立ち上げているものの、仕組みや機能に差がないのです。

であれば、「共通基盤を提供できれば企業向けのサービスとして成立するのではないか?」

Sreak」で培ったインフラの技術を使えば、膨大なデータ量にも対応できるのではないか?」この着想が現在の「Reckoner」へとつながっていきます。

早速メンバーをアサインし開発を進めることにしました。

ただ「Reckoner」も最初からうまくいったわけではありません。

デジタルマーケティングに必要なシステム開発ができる基盤の提供や、顧客のマーケティング業務を巻き取ることに主眼を置いた開発を進めていましたが、ニーズとのズレから顧客からはクレームが上がり続け、日々その対応に追われることになります。

来る日も来る日もトラブルやクレーム対応。先の見えないトンネルを走っているような毎日でした。私はサービスをピボットし、顧客のニーズを見直した「Reckoner」を0からつくり直す決断をしました。

メンバーはこの決断をとても前向きに受け止めてくれました。
「新しくつくりましょう。これまでたくさん失敗してきた分ノウハウがあるじゃないですか!」

エンジニアの先にいる経営者やマーケターにフォーカスすること。

顧客の仕事を巻き取るのではなくマーケティングに必要な「プラットフォーム」を提供することを目指すことに。インフラを提供したい、というスリーシェイクの思想もこの辺りからはっきりとしてきたように思います。

顧客ニーズを見直し、新生「Reckoner」を立ち上げた直後、大手メディア様から受注をいただき、アドテク事業も大きく前に進みはじめることになりました。

目指したいのは、プロフェッショナルが集まる自走型の組織

▲自走型の組織を目指して

メンバーには常々プロフェッショナルとしての尊厳と敬意を持って働いて欲しいと伝えています。以前は私が細かい指示をすべて行なっていましたが、今では、メンバー同士が製品の方向性について議論をぶつけ合いながら開発を進めることができています。

創業3年目の2018年だからこそ、任せることのリスクも含めたくさん失敗をして強い組織をつくりたいと考えています。ブロックチェーン関連のサービス開発に挑戦したのもそんな背景からです。

今のスリーシェイクには挑戦できることが無限にあります。だからこそ自分の目的ややりたいことを明確に持った人たちに来て欲しいと思っています。志望動機はそれが本当にスリーシェイクでやりたいことならば何だって歓迎です。

エグジットして起業資金を貯めることが目的でも良いし、純粋に面白いプロダクトづくりに挑戦したいという目的でも構わない。自分の仕事に誇りを持った人間がたくさんいて、それぞれの想いを原動力に個人も会社も進化していく。そんな自走型の組織をつくって行きたいと思います。それを支援できる仕事や環境は、いくらでも提供できる会社です。

自走型の組織をつくった先に私たちが見据えているのは、実績を積んで世の中の人に幅広くサービスを使ってもらうこと。

Sreak」に関しては、私たちだからこそできるプロフェッショナルなサービスであるという自負があります。 これからもっと「Sreak」を世の中に広めていきたいです。「実はあのサービス、俺たちが支えてるんだよ」早くそんな自慢話ができるようになりたいですね。

「Reckoner」に関しても同様です。クラウドのように使っていただけるサービスへと磨き込み、幅広い顧客にデジタルマーケティングの基盤を提供していきたいと思います。クラウドといえばAWSと言われるのと同じように、アドテク・デジタルマーケティングといえば「Reckoner」と言われるようなサービスへ育て上げるのが目標です。

日本を代表する、メガベンチャー企業に私たちはなります。その仲間との出会いを、今心待ちにしています。

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