青森から “勇気の連鎖”を 〜元体育教師が目指す、誰もが学び、選択できる社会〜

2017年4月に、青森県弘前市にオープンしたコ・ラーニングスペース「Heart Lighting Station弘前」。その管理人である株式会社BOLBOPの辻正太は、元体育教員。彼はいま、学校とは違う形の教育に携わりながら自ら新しい働き方を実践し、地元の学生たちに選択肢を示し続けています。
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「学校の外の世界を知らないままでいいのか?」体育教師からの転身を決断

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▲辻(左)と、BOLBOP代表取締役社長CEDの茂木崇史(右)

辻正太は、子どものころから自分の意思で自らが進む道を選び取ってきました。

ひそかに思い描いていた「体育の先生になる」という夢。それを実現するため、彼は周りの反対を押し切って地元・奈良県の高校から東大へ進学します。

辻 「奈良なので京大に行きなさいという流れがありましたが、京大では体育の教員免許は取れない。それに先輩や知り合いがたくさんいるところで、しがらみに縛られたくないというのもあって地元を離れることにしました」

大学で体育教員免許を取得し卒業後、埼玉県にある私立の進学校で念願の体育教員としての生活をスタート。しかし教員生活も5、6年が経過したころ「東大選抜クラス」などの担任をしていた辻は、学校の中で行う教育に違和感を覚えはじめました。

辻 「生徒を東大に行かせようと思ったら、自分がやってきたことを伝えればいい。でも僕は、中学から大学まで学校に通い、教師としてすぐに学校に戻ったので社会経験が浅く、外のことを知らなかった。それが怖くて。

世の中がどんどん変わっていく中で、今の社会のことを何も知らないのに、これからを生きる子どもたちを育てることはできないと思いました」

辻が当時読んでいた本に『21世紀を生き抜く3+1の力』(佐々木裕子著)があります。彼はこの本で「2011年に小学校に入学した子どもたちの65パーセントが今はない仕事に就く」などの将来予測を目の当たりに。そしてこれから「教育」というもののあり方が変わってくることを予感しました。

辻 「社会で活躍したり、いろんな世界を見たりしている人が学校に関わらないと、子どもたちが社会に出たときに困ってしまう。だから先生だけじゃなく、大人たちがいろんな関わりの中で、子どもを育てる方法はないか。そう考えて一度、学校の外に出てみることにしました」

こうして彼は一般企業への転職を決意し、人材教育分野などに絞って新たな職場を探しはじめました。

尊敬する大学の先輩の熱意に押され、BOLBOPに入社

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▲BOLBOPでともに働く茂木と辻は、大学時代、サッカー部の先輩・後輩という関係だった

転職を決意した辻がなぜBOLBOPに行きついたのか。その理由は、辻とBOLBOPの創業者である茂木崇史が大学時代の先輩後輩関係だったことにあります。

辻が1年生のときに、サッカー部で主務を務めていた4年生が茂木でした。 茂木は大学サッカー部時代にプレーヤーとして活躍していたにもかかわらず、4年時にはチームのマネジメントに徹するようになっていました。

そうした茂木の潔さや、サッカーへの姿勢に辻は心酔。茂木から多くのことを吸収しお互いに大学を卒業したあとも、節目節目には相談に行くという間柄になったのです。 そして辻は、転職の相談を茂木に持ちかけます。

辻 「一緒に食事をしていたときに、『奈良に帰らなくてもいいの?』と聞かれました。実はそれ以前に、母校から戻ってこいと言われていたこともあって。でも、あえて戻ってまで取り組まなければいけない“課題”の存在を、奈良には感じなかった。そのときにポロッと、『奈良より、今なら青森ですかね』という言葉が自分の中から出てきたんです」

このとき辻の頭に浮かんでいたのは、青森は平均寿命がワースト1だという事実(※1)。体育教員だった彼は保健の授業で、毎年必ずそのことを生徒に教えていました。そのため、「青森で何かできることはないか」と考えていたのです。

BOLBOPではちょうどその頃、地方創生事業を展開していこうとしていました。そしてさらに、茂木の生まれも青森。そんなつながりから、茂木に「一緒に青森で事業をやろう」と、BOLBOPへの入社を打診されます。

辻 「僕はもともと、人材育成などに携われる企業に行きたいと思っていました。それに、いきなりベンチャー企業でやっていける自信もなかったんです。ですが茂木に『他の会社でつけられる力は、うちでもつけられる』と熱弁されて(笑)。それならばということで入社を決めました」

青森では学校が廃校になったり、若者が仕事を求めて都会に出て行ったりと過疎化が進む現状がありました。地域がなくならないためには仕事があること以外に「子どもたちが安心して学べる場所」がある。そのことこそが重要と考えた辻はBOLBOPの一員として青森の地で新たな一歩を踏み出すことになりました。

※1 出典:厚生労働省「平成22年都道府県別生命表の概況」

多くの学生が「公務員」を目指す町で、新しい選択肢を示していく

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▲2017年4月、「Heart Lighting Station弘前」が無事にオープン

青森での活動をはじめた辻はまず、弘前に拠点を置くことを決めました。弘前を選んだ理由は、国立の弘前大学をはじめ学校が多いこと。人口約17万人のうち5%ほどが学生という弘前市なら、若者を中心としたムーブメントが起こせるのではないかと感じていたのです。

しかし実際に学生に会って話をしてみると、地元のエリートが集まる弘前大の学生の多くが公務員を志望。「何かを成し遂げたい」というチャレンジングなマインドを持つよりも、大半が「安定した仕事に就きたい」と考える傾向がありました。

辻 「これからの時代、自分で仕事をつくるとか得意なことで生きていく選択肢もありますよね。でも学生の周りの大人たちは、ついついみんな『公務員になれ』という。でも、他にももっと可能性があるはずだと思うんです」

BOLBOPが取り組んでいる「地域エコシステムクリエイション」では、地域が国や大企業に頼ることなく、自立して経済をまわせる仕組みをつくることをめざしています。そのためには、いろいろな職業やいろいろな働き方があることを学生や地域の方々に知ってもらい、自分たちでもできるのだと思ってもらうこと。

2016年7月に移住した辻は、弘前での事業を模索していきました。

辻 「最初は知り合いの紹介から、少しずつ人脈を広げていきました。対話を重ねる中で、いろんな活動をしている人はいるけど、その人たち同士が有機的につながっていない。活動が目に見える場が少ないという意見が地元の人から出てきたんです」

そこで彼が作ることを決めたのが、「コラーニングスペース」。学生が放課後などに利用でき、大人は働く場所として活用できる。さらにイベントやセミナー等を開くことも可能な、フレキシブルな空間です。

こうして2017年1月に設立が決定した「Heart Lighting Station弘前(以下、HLS弘前)」は、全国と弘前とのハブになっていけるようにと願いを込めて弘前の街のど真ん中の物件を押さえ、4月29日にオープンしました。

学び続けるための場所を拠点に、「共創」を生み出していく

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▲地元・弘前のみなさんとともに、さまざまなイベントなどを開催している

「HLS弘前」では、セミナーや勉強会から高校生のライブなどまで、自分の得意なことで対価をもらう感覚を得る経験も提供します。

そういった活動は、本人だけでなく見ている人にも勇気を与えるもの。そこで“勇気の連鎖”が起きたとき、ムーブメントになると辻は考えています。

辻 「イベントをするにしても、根っこには『教育』があるので何かしら学びにつながることをやっていきます。仕事をはじめて何年かたつと、学ぶチャンスが少なくなりがちですよね。でも学び続けることは大事だ、というマインドを刺激できたらいいなと思っています」

今、弘前の街を引っ張っているのは、Uターンで戻ってきた起業家の人たち。一度県外に出て、いろいろなものを見てきているため、街づくりに関してさまざまな考えや危機感を持っています。そうした新たな交流をきっかけとして、自ら一歩を踏み出す地元の人たちも増えてきました。

HLS弘前で開催した講演会に参加したことをきっかけに、街づくりを本格的に学びはじめた学生。場に集い、お互いがゆるやかに語り合うイベントをはじめた主婦の方。失敗を恐れず、小さなイベントをいくつも、いくつも企画しはじめた若者たち……。

はじめは「青森の課題を解決しよう」と意気込んでいた辻でしたが、地元の人たちと関わっていくうち、その考えは変わっていきました。

辻 「外から見た“課題”は、当事者の視点ではないんですよね。そこで暮らしている人にとって、必ずしも切実なものばかりではないことに気が付きました。だから課題の解決を目指すのではなく、地元のみなさんと支え合いながら、共に弘前の未来を創っていきたい。今はそう思うようになったんです」

そう、HLS弘前のキーワードは「共創」。

辻は、得意なことを持っている個人同士をつなげて、もっと大きなものができる機会をつくっていきたいと考えています。そしてそれは、今までの常識にとらわれない働き方をする人を増やすことでもあるのです。

彼自身も教員時代とは180度違う働き方を経験し、その意義や楽しさを感じているからこそ、より多くの人の選択肢を広げる活動に力をいれています。

辻 「働く時間、場所など、すべて自由で、自分で選択しなさいというのは僕もはじめは戸惑いました。でもその試み自体が、BOLBOPがつくろうとしている社会につながっているので、まずは自分が実践しようと。今では、定時勤務には戻れないですね。家族もBOLBOPも、信頼して任せてくれています」

都会であれ地方であれ、よく考えていけば働き方の選択肢はたくさん出てくるものです。そのときに重要なのが「学ぶ」ということ。学びの場をつくりながら辻とBOLBOPは今後も、自分で自分の人生を「選択」できる人を増やし続けていきます。

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