故郷と夢のためにーー “井の中の蛙”が大海を渡って手に入れた「寿司」という夢と志

2015年3月、大分県佐伯市にオープンした寿司屋「NARUMI」。店主を務めるのは佐伯出身の料理人・鳴海定臣です。今でこそ佐伯と寿司への情熱に溢れていますが、そこに至るまでには数々の劣等感と闘ってきました。小さな漁師町で育ち、流れ着くままに寿司屋となった彼が、世界を目指す料理人になるまでの物語をご覧ください。
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漁師町生まれ、民宿育ち。周囲への劣等感を募らせた少年時代

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1983年、大分県に生まれた鳴海は、同級生がたった10人しかいない漁師町で育ちました。体は小さく、運動も出来ない。小さな街で育った“井の中の蛙”は物心がついた時から劣等感を抱いていました。

鳴海「とにかく完璧主義だった。たとえば数学の問題を解く際、正解に至るまでの道筋ひとつ間違うのさえ許せない。高校は佐伯一の進学校に入学したのですが、そこで上には上がいることを知って……。次第に取り残されていくような感覚に陥り、どんどん勉強が嫌いになっていきました」
同級生が当たり前のように学生生活を送る中、高校を中退した鳴海少年。その後、様々なアルバイトを経験し、18歳のときに紹介された寿司屋で働くこととなります。

実家が民宿を営んでいたこともあり、“料理”は身近な存在。しかし、当時はあくまで働き口なだけで、寿司職人になるとは考えてもいませんでした。それどころか、“料理”という仕事に対して、どこか斜に構えている部分すらあったといいます。

鳴海「自分の中では「仕事」そのものへの不信感がありました。というのも、実家の仕事、民宿業はお客様ありきで生活をしなければならず、自分の部屋は客室よりも小さく、ご飯もお客様の後。夜遅くにならないと食べられない。運動会の時には、手作り弁当ではなくお惣菜で済ませたり……。寿司職人も1日12時間労働が当たり前の世界。一生懸命に熱中できる仕事ではなかったけれど、勉強するよりはましだ……と、なんとなく4年半、寿司屋で働いていました」
そんな彼に転機が訪れたのは、大阪に拠点を移したときでした。

更なる“大海”を求めて。地元を飛び出し味わった挫折と、救いの一言

「当時はまだ、“料理”にハマれていなかった」という鳴海。環境の変化、そして新しい世界を求め、フグ料理や京料理に興味を持ちはじめます。

しかし、寿司屋の師匠が出したアドバイスは真逆のものでした。「お前は格式高い料理より大衆料理が向いているから、大阪へ行け」こうして鳴海は大阪の寿司屋で働くこととなります。

新しい環境は、“井の中の蛙”に再び大海を教えてくれました。はじめてライバルができたのです。それは、同じ寿司屋で働く年下の青年。自分より若く給与も低いのに、自分の何倍も仕事ができる……。劣等感の塊だった鳴海は、寿司職人になって初の挫折を経験することになります。

「やっぱり自分は、寿司職人は向いていない」 一時は辞める覚悟までしていたといいます。それでも、鳴海が続けてこられたのは先輩のある言葉に救われたからでした。

「そんなことない。お前は仕事できるよ」

もがき苦しんでいた日々に、一筋の光が差し込んだ瞬間でした。それからは、ライバルだった青年は自分を高めてくれる貴重な存在に。同志と切磋琢磨しているうちに、「より良いものを作りたい」と思える“料理”という仕事の素晴らしさに気づいた鳴海は、すっかり仕事にのめり込んでいきました。

31歳のとき、鳴海に3度目の転機が訪れました。バンクーバーにある寿司屋から海外向け寿司職人転職サイトを通じてのオファー。日本を飛び出した鳴海の前に新たな壁が立ちはだかり、日本とは違う価値観の中で“井の中の蛙”は様々な経験を積んでいきます。

佐伯のまちを元気にしたい。成り行きで始めた「寿司職人」が故郷を盛り上げる「 夢と志 」に

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帰国後、自分の店を構えようとするも、周囲から反対されてしまいます。人口が減り、どんなお店を出そうともお客さんを取り合う厳しい状況だったからです。

それでも、彼の背中を後押ししてくれたのは、佐伯という土地で頑張る同世代の存在でした。

鳴海「誰かが変えない限り佐伯は変わらない。劣等感ばかりの自分でも、頑張っている佐伯の同世代のみんなと対等に話したい。そんな思いから、佐伯で寿司屋をやろうと決めました。いま佐伯に必要なのは、外から観光客を呼び寄せること。寿司だったらそれができるはず」
こうして、2015年3月15日に寿司屋「NARUMI」がオープン。お店のロゴは“鳴海”という字からインスパイアを受けたという青い折り鶴です。佐伯市が掲げる『世界一・佐伯寿司』に合わせ、店名もグローバルを意識したローマ字にしました。もちろん料理にも強いこだわりをもっています。

鳴海「佐伯の魚を使うこと、型より美味しさを追求することがモットー。海外でカリフォルニアロールが定着しているように、型にはめず佐伯という風土に合った寿司を提供しています。和食は、引き算の美学。無駄なものを削ぎ落とした先に、本当の美味しさが生まれるんです。なので、佐伯の魚そのものの味を最も楽しんでもらえる調理法にこだわっています」
佐伯の魚を、もっと多くの人に楽しんでほしいーー鳴海の手から生まれる料理には、そんな想いが込められています。

目指すは、お客さんにとって“最初”と“最後”の料理人

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2016年4月現在、NARUMIがオープンして1年が経ちました。お店の評判は口コミで広まり、ファンも定着しはじめています。

自分の店を持つという料理人としての夢を実現し、佐伯の活性化のために日々勤しむ鳴海。両親の仕事に不信感を抱いていた少年の姿は、もう彼の中にはありません。そして鳴海には、目指すべき料理人の姿があります。

鳴海「感動を作れる料理人を目指しています。昔、師匠にこんなことを教わりました。“美味しくない料理は、美味しくできない料理人が作ったものだ”と……。食べることは生きることと同じです。その中で、多くの感動に出会える場所がNARUMIであってほしい。自分の料理が、お客さんにとっての、“最初”と“最後”の料理でありたいんです。死ぬときに『あなたの料理が食べたい』と言われたい。それが、一番の目標です」
佐伯市のために、そして自身の夢のためにーー鳴海は今日も、美味しい寿司を握り続けます。

お近くにお寄りの際は、お気軽にお立ち寄りください。
■店舗URL:http://sadaominarumi.com/

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