私は秘書になりたい。でも会社が小さすぎてそのポジションを用意してくれない

コーポレート担当としてPR Tableを支える、塩飽未来(しおわくみく)。強く、ブレない彼女の性格を形づくったのは、子どもの頃に体験したある出来事でした。そんな彼女が、前線に立つのではなく「支える」ことを選んだ理由とは?
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男子を殴り飛ばして、強い気持ちを手に入れる

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▲幼少期は毎日セーラームーンを意識した髪型だった

広島県で生まれ育った幼少期。塩飽は、常にニコニコしている元気な女の子でした。

物心がつく前に両親の転勤によって東京へ。入園した保育園では、方言を珍しがられ、少し内気な性格になってしまいます。

しかし、小学校へ上がると今の性格を形づくることにも繋がる、ある出来事が起こります。

塩飽 「小学校1、2年生の時もまだ内向的な性格だったんですけど、いつも叩いてくる男の子がいて。あるとき、一度だけ抵抗したんです。そしたら殴り合いの喧嘩になったのですが、勝っちゃったんですよね(笑)。
それで、嫌なことがあったら自分が強く出ればいいんだ、ということに気づいてしまって……。とても気が強くなり、性格も活発になりました。その出来事がなければ、おしとやかな大和撫子の様な人になっていたかもしれないですね」

長女だった塩飽は、大人とのコニュニケーションが上手く、学校には仲の良い先生が何人もいました。彼女が慕い、築いてきた先生との関係性は、人生のところどころで良いアドバイスを生み出してくれることになります。

塩飽 「塾に通っていることで、私を煙たがる先生もいました。でも、当時から気が強かったので別の面で自分がちゃんと出来ているんだからいいでしょ?って思っていたし、先生とも良い関係性が築けていた自信があったので、嫌な先生に何か言われても全く気ならない小学生でしたね」

学校外では、水泳や書道などの習い事にも通っていました。学校と習い事。彼女は異なる環境によって、人とのコミュニケーションにメリハリをつけていく術を身につけます。それが、塩飽なりの「判断基準」になっていくのです。

塩飽 「習い事はやりたくてやっていたので、通っている間はペチャクチャ話すものでもないなと思い、そういう場ではあまり友達はつくりませんでした。ちょっとドライなのかもしれないですけど、学校には友達がいましたし、一人でいるのは、まったく苦ではなかったんですよね」

落ちこぼれ女子、学園祭で「支える」ことの楽しさを知る

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▲3年間真面目につとめた大学祭実行委員会(真ん中)

中学校を受験して、私立の進学校へ入学した塩飽。学業面で想定外の事態に陥ります。

塩飽 「受験勉強をはじめる前は元々偏差値が40ぐらいだったんですが、受験勉強をしてグングン上がって、そこからちゃんと進学校に入れました。
そこからが想定外で、全国テストでも上位だったのに、中学に入ってみたら順位は真ん中くらいだったんです。それで気持ちが萎えちゃって、落ちこぼれていきましたね」

補習の常連。学校からはちょっとした“問題児”とされながらも、中学3年生からは剣道部へ入部し、高校卒業まで部活動にも勤しみました。高校では、学園祭実行委員になります。ここで、100人のシフトを作成するなど、裏方として「支える」ことの楽しさを覚えました。

その楽しさに味をしめた塩飽は、大学でも学園祭実行委員で運営に携わります。ここでも、決定権のあるトップではなく、支える側のポジションにつきました。塩飽が考えた計画によって予算を増やすことができ、メンバーに感謝されます。

塩飽 「自分が裏方として支えたことで、文化祭がうまくいったことはもちろん嬉しかったです。でも、何より嬉しかったのは、関係性が深くて、自分に近いところにいる人に感謝されたこと。私は、多くの外の人たちに感謝されるより、そっちの方が嬉しいんですよね」

ところが、決して順風満帆ではありませんでした。

本人曰く、「アルバイトを頑張り過ぎた」結果、1年生を2度も経験することになってしまいます。しかし結果として、友達づくりの要となる1年生を人より多く経験できたことで友好関係も広がりました。

塩飽  「一見近寄りにくそうなタイプの人とか、変わってると言われるような人にも、あえて近づいて、仲良くなることをしてました。いわゆる個性の強い人を見ると、面白いなと思って近づきたくなるんですよね。きっと、個性が強い=自分の意思が強いので、共感するんだと思うんです。
今でも仲がいい友人は、当時のまま自分の意思が強く、お互いの違いを受け入れ合える子が多い気がします。それに、前職(銀行員)ではたくさんの方々と接してきましたし、PR Tableでも社員全員と関わるのですが、多様な価値観に接するのは全く苦にならず楽しめています」

恥ずかしくない社会人になるために、私は銀行員になった

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▲銀行員として働き始めた社会人1年目(左)

楽しい大学生活も、気がつけば就活の時期にーー。当時の塩飽は就職に対し、こんな思いを持っていました。

塩飽 「中学や高校で私は、落ちこぼれの問題児だったんですけど、それでも友達は離れていきませんでした。そんな経験もあったので、ちゃんと就職して、その頃の友達に会った時に恥ずかしくないような社会人になりたいと思ってました」

いざ就活が始まると、塩飽は自分なりの楽しさを見出します。

塩飽 「のちのち結婚をすることも考慮して、誰もが知っている会社、男性ウケのよい職業に就きたいなと思うようになりました。だから、銀行員一本に絞っていましたね。
就活は楽しかったですよ。自分を追い込まずに余裕を持つことを意識していたのが良かったのかも。常に100%の状態で動いていると、コケたときのフォローも大変。
でも、20-30%ぐらい余裕を残しておくと、自分自身で心のフォローもできる。だから、人の100%が自分にとっての70-80%っていう状態が理想なんです」

心に余裕を持ち、計画を立てて就活した結果、見事第一志望群の大手銀行への就職が決まります。

最初に担当したのは窓口業務。お金を中心とした世の中の仕組みや、人が生まれて死ぬまでの各ステージで何を考えるべきかなど、さまざまななことを学びました。

ところがその後、個人資産の営業に異動したことがきっかけで、彼女の人生は大きく動きはじめます。ステップアップしたものの、徐々に業務内容や働き方に違和感を覚えはじめるのです。

塩飽 「周りの人には、営業に向いてるね!と言われてたんですけど、自分自身が前線に出て数字を獲りに行く、という仕事では納得感や達成感を得られなかったんですよね。お客さまからの感謝のお言葉も嬉しかったのですが、やっぱり近しい人たちの役に立って感謝される方が、より嬉しいなと思いました。一度そういう立場を離れてみて、再確認できました」

そして、その違和感がつのり、3年働いた銀行の退職を決意します。「身近な人たちの役に立って感謝される仕事」を探して、転職活動を行うことになります。

顔の見えない銀行頭取には、「感謝」はしてもらえない

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▲2019年現在の塩飽

そして、転職活動を始めて1社目で受けたのが、業界や規模も全く違うPR Tableでした。

塩飽 「創業メンバー3名の写真をみて、『イケイケな感じでなんだかチャラそう』という印象で、受ける前はあまり自分には合わなそうな会社だなと思っていました。
でも、いざ面談で話を聞いてみたら、経営陣全員が事業に対して、ものすごい熱量を持って働いていて。経営陣との距離が近く、直接顔を合わせられるところも魅力的でした。銀行員だと、頭取と直接顔を合わせられることなんてほぼ不可能ですからね(笑)。この人達と一緒に働きたい!とただそれだけで入社することに決めました」

大胆なキャリアチェンジにも関わらず、入社に対する迷いはありませんでした。

その後、塩飽はコーポレートとして採用から社内の仕組みづくりまで、幅広い業務を行うことになります。そのなかで、自分が本来求めていた”楽しさ”を改めて実感することに。

塩飽 「当時はまだなかった慶弔休暇と、徒歩通勤の社員のための補助制度をつくりました。すると社員のひとりが『嬉しい!』って言ってくれたんです。大学の時の文化祭実行委員会と同じ感覚になって、自分の中でも嬉しかったし、やりがいを感じましたね。
それに、慶弔休暇をつくる時は、『他の制度も考えていいよ』と経営陣が言ってくれたんです。営業じゃなくても、ちゃんと信頼されているんだなという自信がつきました。
やっぱり、前線に出て営業をバリバリやるよりも、社内制度や仕組みをつくったりで会社や社員を支える仕事が私には向いている。そっちの方が楽しいんです」

とはいえ、もともと気が強い性格の塩飽。決して「おしとやか」に支える側に徹しているわけではありません。

塩飽 「しっかりと家庭のことも出来て、かつ会社からも『居てくれてよかった』と思われる存在でありたいんです。私は、何か大きいことを為すとかではなくとも、関係性が深くて、身近な人に感謝されたい。そうじゃないと私の気持ちが満たされないから。お給料だけじゃなくて、感情報酬もほしいんです」

そんな塩飽は、しばしば「ホントは秘書になりたかったのに」と小言をつぶやいてます。しかし残念ながら、まだまだ秘書が必要なフェーズはやってくる気配はありません。

塩飽「だから、自分に出来ることはなんでもやって、早く会社を大きくするしかないですね」

欲しいものを手に入れるため、塩飽は今日もしたたかに、みんなを支える仕事に励んでいます。

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