もう一度、エースとしての輝きを放つ。その決意を胸に、青年は仕事に向き合う

「成長したい」。多くの若手ビジネスパーソンが、それを望んでいるのではないでしょうか。2018年11月にPR Tableへ入社した粂井良太もまた、成長環境を求め続けてきました。しかし、人生とは順風満帆とはいかないもの。中学時代、彼はある挫折を経験していました。

厳しい環境から逃げ出してしまった中学時代

▲野球に没頭していた小学校時代の粂井

東京都内でも自然あふれる東村山に住んでいた幼少期。体を動かすのが好きだった粂井は、小学校に上がった頃から地元の野球チームに入ります。当時は、本気でプロ野球選手を目指し、全力で打ち込んでいました。

粂井「チームの中では始めた時期も早く、小学校ではエースでしたね。その上、地域では負けなしの強豪チームだったので、当時は『自分は他の環境でも絶対に通用する』と天狗になってましたね(笑)」

ピッチャーとして活躍していた粂井。「もっと上手くなりたい」という思いから、中学では学校の部活ではなく、あえて外部のクラブチームで続けることに。しかし……。

粂井「いざクラブチームに入ると、上には上がいて、自分の実力が通用しなかったんです。練習も厳しかったし、グラウンドに行くのが憂鬱でしたね」

野球は大好きだし、続けたい。でも、その環境に抵抗感を抱くように。

そのような中で、小学生時代から痛めていた肘が悪化して故障してしまいます。思うように練習ができなくなった彼はさらに追い詰められてしまいます。

粂井「一方で、中学の野球部は、小学校から知ってる友達がたくさんいたんです。だからきっと、自分にとってもゆるい環境だっただろうけど、すごく楽しそうに見えたんですよね。それを横目に見ながら、クラブチームに通ってたので、羨ましかったし、余計嫌になってしまったんです」

こうして1年間続けたクラブチームを辞めて、中学校の野球部に入部。そこでは野球を思いっきり楽しむことができました。

しかし、同時にプロ野球選手になる夢を諦めてしまうのです。

野球からビジネスへ。成長できる環境を探し求める

▲学生時代に所属していた学生団体の引退式にて

野球のように熱中できる「何か」との出会いを期待して進学した大学。しかし、その前向きな思いとは裏腹に、キャンパスライフは退屈なものでした。


粂井「大学入学当初は、学内のサークルとかにも入ったんですけど、なんだかつまらなくて、すぐ辞めてしまいました。

このまま4年間、ダラダラとした大学生活にハマってしまったら、この先がないなって。だから、もう外部の環境で何かしよう思いました。大学以外でも、いろんな友達つくって、いろんな世界を見たいな、という気持ち芽生えましたね」

そんな中、軽い気持ちで入ったインカレのイベントサークルで、彼の人生に影響を与える出会いがありました。

それは、サークルのメンバーのひとりで学生団体を立ち上げた同級生。そこに粂井も参加することになったのですが、その同級生には当時から独立志向がありました。

将来や仕事、ビジネスについて意識を高く持って行動に移しているその同級生に感化され、徐々に粂井も「ビジネスをつくりたい」と考えるようになるのです。

粂井「プロ野球選手になる夢を諦めて、厳しい環境からフェードアウトしてしまったことが、自分の中でしこりとして残っていたんですよね……。だから今回こそ、厳しい環境に身を置いて、自分を成長させたいと思いました」

こうして就職活動を開始。最初に希望していたITベンチャーには進めなかったものの、大手総合コンサルティング会社に就職します。

粂井「コンサルティング会社の商品は“人”です。自分の仕事ぶりや人柄に価値がある、完全実力主義な業界でもあるんですよね。だから、これからの自分の成長に結びつくと思い、入社することに決めました」

必死に仕事に打ち込むも、同世代との実力差を痛感する

▲新卒一年目、高校時代の友人と飲み会後の一枚

晴れて就職したコンサルティング会社。最初の主な仕事は、クライアント先に常駐しながら、社内システムの導入や運用支援を行うITコンサルティング業務でした。

粂井「早く一人前にならなければ!という思いで、必死に仕事に打ち込みました。お客さんと密にコミュニケーションをとることが多かったので、信頼されるための関係構築力は身に付けることができたと思います。
ですが、参画するプロジェクトを選べるほど、圧倒的な成果を出せていたわけでもなければ、他より秀でるようなスキルがあったわけでもなくて。徐々に、経験に偏りが出ていることを感じていました」

自分はこのままでいいのだろうかーー。粂井の脳裏に「転職」の二文字がちらつき始めます。

粂井「ある時、ベンチャーで働く同世代の友人とあった際に、実力差を感じてしまったんです。自分なりに、成長できる環境を選んだはずだったのですが……」

そして、約2年勤めた会社を退職することに……。

粂井「就活時代もそうでしたが、転職でもかなりの数の会社を受けました。あんまり要領がよくないんですよね(笑)。その中で、内定をもらった会社もありました。でも、自分が納得して、ここぞと思える会社に出会うまで続けようと決めていたんです」

約100社の人に会い、50社ほどの選考を受けた転職活動ーー。終盤に差し掛かった頃、自ら情報を探していく中で、彼はPR Tableと出会います。

「スター選手」になるために、山ほどある仕事に向き合い続ける

▲2019年現在の粂井

エントリーするまでは、PR Tableを知らなかった粂井。

当然、志望度が高かったわけではありません。強いて言えば、人数が少ないから幅広く専門性が身につきそうだ、という期待があった程度でした。

しかし、それらの印象とは異なる魅力を、最初の1次面接で感じることになります。

粂井「自分たちの手でPR業界の変革を起こそうという姿勢や、事業に対する想いをすごく熱く語ってくれて、そこが最大の魅力でしたね。

あとは、『成長できないやつは置き去りにする』といった強者の論理で固められた文化が、自分の成長環境としてぴったりだと思ったんです。自らが情報を取りにいけば、会社や事業の全てのことを把握できるというのも、前職では考えられないことでした」

面接を重ねるにつれ、PR Tableに惹かれていく粂井。「ここでなら、より大きく成長できそうだ」という自分の直感にも自信がありました。

がむしゃらに頑張ってくれそうだ、という会社側からの評価も勝ち得て、2018年11月8日に内定が決まります。彼は即承諾。「もう仕事辞めてるんでしょ? じゃあすぐ来てよ」といったスピード感で物事が進み、翌週から早速働きはじめました。

2019年現在は、マーケティングを担当。前職のコンサルティングとは全く異なる業務領域に対し、不器用ながらも日々奮闘しています。そして、PR Tableで時間を過ごすうちに、このような未来を描きはじめています。

粂井「ビジネスをつくる力をつけたいという思いが、より強くなりました。もちろん、何かひとつのことで成果をあげるのは前提だけど、事業全体を見ることができる、オールラウンドプレイヤーになりたい。
僕の目には、外にいるエースたちが眩しく映っています。早くそこに追いつきたい。そのためにもPR Tableの事業を大きくしないといけない。じゃないと自分の実力を証明できないですから」

しかし、まだまだ成長過程。いつか大舞台に上がるためには、目の前に積まれた、山ほどある仕事をこなさなければなりません。それを成長の糧に変えれるのか、それとも、またゆるい環境に逃げてしまうのかーー決めるのは、彼自身です。

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