資金ショート目前……会社が危機を迎えたそのとき、コーポレート担当は涙を流した

会計事務所からスタートアップであるPR Tableへ、初のコーポレート担当として入社した金子峻司。キャリアだけを考えると少し無謀な挑戦のようですが、彼自身はそう感じてはいませんでした。そこには、会社への期待と秘めたる想いがあったのです。

応援したいと思っていた会社からの突然のオファー

▲タイトルは「Dear 金子さん」ーー居酒屋でのオファー後、改めてもらったオファーシート

「うち来てよ」

2016年10月のとある夜、渋谷の居酒屋で代表の大堀海(以下、海)から金子峻司へとその言葉は掛けられました。

金子が会計事務所で働いていた頃に、知り合ったふたり。定期的に連絡を取り、たまに飲みに行く仲でした。

金子 「久しぶりに飲もうという話になって、話が弾んできたころですね。文脈は覚えてないのですが、『うち来てよ』って急に言われました(笑)。はじめは、『え?』って思わず驚きました。でも、これまで海や PR Tableのことはずっと応援していましたし、僕の力で事業成長に貢献できればうれしいと、その瞬間に思い、オファーを即諾したのを覚えています」

当時の社員数は役員も含め5人。セールス体制が十分ではない中、もっとも営業成績のよかった海の時間をより効率的に使えないか、という話が社内でされていました。というのも、彼は日々の営業数値の管理からコーポレート業務まで行っており、営業に注力するには業務が集中しすぎていたからです。

海 「ちょうど VCから資金を調達したころで、さらに事業を成長させたい時期だったんです。金子には、まだ PR Tableがメンバーを採用する余裕がないころから、半分冗談で『いつかうち来てよ』って言ってて。


実は、その気持ちはずっと変わってなかった。飲んでいるとき、今がそのときだ!と感じたんですよ。兄で共同創業者の大堀航(以下、航)と菅原弘暁には相談せずにオファーを出してしまいましたが、金子の仕事ぶりは知っていたので、きっと活躍してくれると思ったんですよね」


それに対して金子も、PR Tableのビジョンや、社会を変えていこうとする姿勢に共感し、それを支えていきたいと感じ、その場で意気投合。6人目の社員として入社することが決定しました。

失うものはなにもなかったーー夢中になって駆け抜けた会計事務所での3年の月日

▲会計事務所時代。海と会っているところを、航が撮影

山形に生まれ育った金子。商業高校を卒業し、単身上京。会計事務所からキャリアをスタートさせます。

金子 「 19歳のときの僕は、辛うじて簿記の知識はあるものの、高卒でもちろん職務経験もありませんでした。そもそも “社会 ”も “働く ”ということも、知らない。そんな中でキャリアをスタートさせるには、多くの業種や、さまざまな事業規模の会社を知ることができる東京の会計事務所で実績を積みあげ、能力を上げることが必要であると考えたんです」

会計事務所では、サポートではなくフロント担当に。ひとりで約25社を一手に任されました。能力も実績もない、それにはじめて経験する社会人生活に、会計事務所での仕事。「失うものなんて何もなかったから、ハードだったけど、この環境に好きなだけ集中することができた」と金子は振り返ります。

とにかく目の前の仕事を一生懸命に取り組むことで、任されることは増えていったものの、その場所に居続けることに限界も感じはじめました。

金子 「終電で帰ることも珍しくありませんでしたが、何もできなかった頃から 3年間ほど続けました。通勤時間が惜しかったことから近くに引っ越しをして、仕事が忙しいながら勉強もしてと頑張った結果、そこそこのことはできるようになったと思います」

入社したときから「いずれ退職しよう」と考えていた金子は、3年ほど働き退職。退職後は、時間ができたことから税理士試験の勉強をし、並行してキャリアを考え直す日々を過ごしていました。

金子 「もともと、ひとりである程度できるようになれば、退職し、キャリアアップのできる転職を考えていました。経理の年収は個人の能力よりも、どの会社にいるかに大きく左右されることが多いんです。営業利益率が高い会社であれば管理部門の給料も良いし、大企業、それも上場企業のほうが、多様な実務経験も積める。それに多様な経験を積んだ結果、個人の能力も上がります」

「次はどうしようか」と考えていた頃、まったく予想もしていなかった海からのオファーを境に、金子の人生は新たな道へと進んでいくのです。

資金ショートが迫る日々。入社から数カ月で訪れた危機

▲入社後、はじめての朝礼。左から2番目が金子。

PR Tableにはじめてのコーポレート部門のメンバーとして入社し、まずはエンジェル税制の対応からはじまりました。

金子 「入社してすぐの仕事が、エンジェル税制の対応だったのは今も忘れません。また税務か……と(笑)。その対応後は会計税務のみならず、徐々に管理業務の全般を預かっていくことになり、会社が円滑にまわっていくために必要とされている仕事を積極的に取りに行くというスタイルで、いろんな業務を行っていましたね」

入社から数カ月が経ちPR Tableでの業務も慣れてきたころ、会社の数字は予測通りにいかず、社内は少しずつ焦りが見えはじめていました。日に日にキャッシュが減っていき、底がつくリミットがすぐそこに迫っていました。

金子 「資金調達をした直後の期です。事業として何か実績をつくっておかないと、次の調達もままならない状況でした。資金ショートになる日付も見えてましたから、正直焦りもありましたね。だからこそ、自分ができることであれば何でもしないと!という、違う焦りの気持ちもありました」

そんな想いとは裏腹に、なかなか思うように業績が安定しない。そんなもどかしい気持ちを抱え続けていたある日、海と金子は仕事の話からちょっと踏み込んだ話をすることになります。

金子 「そのときの僕は、他の社員とのギャップに悩んでいた時期でした。価値を生まないと会社がつぶれてしまうのに、給与をもらいながら何も成果を出さない状態で平然といる他社員がずっと疑問で……。資金ショートへの焦りも相まってだと思いますが。

どう考えているのか気になって、普段話さないことまで、話したんです。『彼らは何を考えて仕事をしているのですか?』、『海さんがオファーのときに語ってくれた理想の会社とは、今の状態ですか?』と。話し合っているといろいろな感情がこみあげてきて、がらにもなく泣いてしまうほどでした……」

当時のPR Tableは、社員みんながパフォーマンスをあげているとは言えない状態でした。若いながらもコーポレートという立場で会社を守っている金子からすると、「必死でないメンバーがいる」ということがスタートアップとしてあるまじき事態だったのです。

そのようなメンバーはのちに会社を去ることになりますが、ギリギリの状態ながら、数字を積み上げる日々がしばらく続きます。

そして、営業数字が安定してきたことや地道にプロダクトを磨き上げてきたことが評価され、無事に2017年8月に2度目の資金調達が決定。金子はまた管理業務を行うことに集中することになりました。

「支えたい」から「支える」自分になるために

▲2019年現在の金子

会計事務所からスタートアップへの転職。なぜ金子は、まだまだ規模の小さいPR Tableにいるのでしょうか。

金子 「僕は、これから成長していくだろうと思う企業に投資している感覚でいるんですよね。規模が小さな会社ですが、僕たちが新しい市場を開拓している最中だと思っています。

自分のキャリアに関しても、初期のころから管理業務を一手に引き受け、最終的には経理としても上場まで導いたとなると、実務経験としては悪くない。スタートアップならではの仕組みをつくっていく体験は、僕の経験につながっていくと思うんですよね」

PR Tableにいる理由を淡々と語る金子でしたが、本音はもう少し感情的なところにありました……。

金子 「リスクとリターンのような考え方も大事ですが、本当の転職理由は『海さんと仕事をしてみたい』と思ったから。そして、外からの応援にとどまらず、僕の力も合わせて PR Tableを企業として成長させたいと思ったから。

それっぽい転職理由とかは、僕の行動は間違ってなかったと思いたいがための後付けな気がしています。だって、勢いでもらった採用オファーをその場で即諾したんですから(笑)」

会社の成長を願い、実現することと共に、自分の成長についても考えます。

金子 「経理って業務外でも、自己成長しやすい職種なんですよね。僕がやっている税理士試験の受験勉強もそう。会計事務所時代に受験していたという理由でこれまで惰性で勉強を続けていましたが、今はまた新たな気持ちでしっかりと向き合ってみようと思ってます」

陰ながら応援する立場から、自らも当事者となり会社を支える存在にーーPR Tableが社会を変える会社になるためにも、自分の成長のためにも金子は挑戦し続けます。

関連ストーリー

注目ストーリー