カンファレンスを成功し、PR Tableの“エピソード1”を終えた──創業4期目

「ポスト2020の日本社会にハートのある技術をインストールする」を掲げるPR Table社。2018年には大規模PRカンファレンスを成功させ、次なる道を歩む中、代表取締役の大堀航/大堀海兄弟、最初期メンバーで取締役の菅原弘暁が軌跡を振り返ります。3期までの成長痛を糧に、4期から進化を遂げた未来とは。
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カオス組織で「楽しい!」を追い求めたら空気が変わった

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▲価値観の浸透を図るため、この頃は毎晩のように飲み会が催されていた

第3期に残された課題でも、人材は大きな争点となります。

また、無料会員を廃止し、サービスの月額利用制を敷くなど、セールス面でも変化がありました。一方で、それを浸透させるマーケティング施策はうまく回らず、その一因には入社したばかりのメンバーに課した目標数字の高さが影響しています。数字を意識するあまり全体の動きに淀みが生じ、商談数や受注数などが転落。マーケティング機能が働いていない状況に、経営陣は“組織の解体”を考えはじめます。

菅原 「とにかく人数の規模的にも、まだ組織化するほどではなかったんです。目先の数字をしっかり大事にクリアしていくべきだったし、航がピラミッドの頂点で踏ん反り返っている場合でもなかった。そこで段階的に 6月から組織を解体して、あらためて全員を航の指揮下におくようなカオス体制に戻すことにしたんです」

その段階策のひとつとして、5月末からは航と社員で1on1を実施。PR Tableとしてなすべきこと、そこで求められる人間性、評価についての考え方など、あらためて会社としての“純度”を高めるための時間でした。

菅原 「マネジメント論っぽく言うと、兄弟である航と海でもそれぞれに得意不得意がある。海が得意なのは無駄を排した分業マネジメントです。だから、 1.5倍がんばったら 1.5倍以上に伸びないと意味がないという考え方。でも、航の場合は 1.5倍頑張っても 1.1倍しか伸びないようなマネジメントをする。なぜなら、無駄なことまでやらせてしまうからです。どちらが楽しいかというと、たぶん航のほうが楽しいんです。それが必要な時期もある」

これは実情に照らし合わせても必要なことでした。PR Tableの事業が伸び悩む時期にも、社員の平均残業時間は20時間程度。40時間までをみなし残業として加味した契約にも関わらず、また社員の早期帰宅を促しているわけでもありませんでした。つまり、「やるべきことがない」ので帰宅する状態だったのです。そこで、航が改めて手綱を取り、マネジメントのスタイルを変えていきました。

航 「楽しくしていく空気をつくりたかったんです。それこそ、在籍する社員とも『このまま本当に PR Tableで仕事をし続けていくのか』と膝を突き合わせたのもこの頃です。結果的に、去っていく選択をした人もいる。ただ、それを経ると、社内の空気が明らかに変わってきたのを感じました」

2018年6月には、第3期で“暗黒時代”とも称された六本木オフィスをあとにし、渋谷道玄坂の新オフィスへ移転。着実に増えてきた人員にも背中を押されるかたちでしたが、やはり本当の理由は「空気を変えたかったから」でした。

渋谷オフィスが始動。カンファレンスの「鶏と卵」に悩む

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▲新オフィスでの初営業日に、3Qのキックオフが行われた

2018年に与えられたミッションである「PRカンファレンス」の開催へ動く中で、PR Tableの動向に期待を寄せる人がいました。2月にカンファレンスの発表をすると、航に対して「胸熱です!」とメッセージを送ってきた久保圭太(同年9月に入社)もそのひとりです。

航 「もともとマザーズ上場のインターネット広告企業で新卒から 10年仕事をしてきて、次なるチャレンジがしたいという話も聞いていたんです。カンファレンスやファイナンスでレベルを一段上げるから、久保さんと働けたら嬉しいと声をかけていたら、彼は真剣に考えてくれた。実際に入社したのは 9月ですが、それ以前からコミュニケーションをとるようになったんです」

営業、人事、マーケティング、PRと様々な領域で経験を持つ久保のような社員を獲得できたのも「カンファレンス効果のひとつ」と菅原は言います。PR業界の未経験者であっても、多様な業界で経験を積んだ社員とコンタクトできるなど、たしかに人材面でも流れが変わりつつありました。

そして、このカンファレンス全体の指揮をとる任務を受けたのは菅原です。しかしながら、企画や実行も未経験だけでに、待っていたのは戸惑いばかり。

菅原 「数千万規模の投資をする、 1,000人は集客したい、彼らを満足させるコンテンツを考えろ……そういったことを全部ひとりで考えなければいけなかった。どこから手をつけたらいいかがわからなかったんです。しかも、登壇者の候補と話をすれば『何人ぐらい集客できるの?」と聞かれ、スポンサーに会えば『登壇者は誰?』と。全部が鶏と卵でしたね」

ただ、苦難を感じる一方で、たしかな手応えも感じていました。航と共にPR関係者へ挨拶をするほどに、多くの人から励ましを得られたのです。しかし、具体的な取り組みについては迷いも多いまま。混乱した菅原に救いの一言をかけてくれたのは海でした。

海 「僕のなかでは投資金額がすべて赤字になることが最大のバッドケースだと思っていました。でも、たとえそれでも受け入れられるくらいのチャンスを与えてもらっているとも考えていたんです。極論を言えば、今後も資金調達を考えていたわけだから、とにかく『死にはしない』くらいの気持ちで、最高に良いものにしようと整理しました」

「このカンファレンスに来なくてもいい人」を考えた

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▲心労の末、菅原は居酒屋で意識を失うこともしばしばあった(写真左)。 一方、大堀兄弟は、顧問の指導のもとオープニングスピーチの練習に明け暮れていた(写真右)

カンファレンスに先駆けて、2017年末から取り組んだのがオウンドメディア「PR Table Community」の開設でした。PRについて各界から多角的に思考を深めるほか、カンファレンス登壇者とのつながりをつくるのも目的のひとつでした。

2018年の縁起が良い日を調べ、2月1日に発表のタイミングを合わせ、カンファレンスを告知。会場である虎ノ門ヒルズの予約も済ませ、常に進行せざるを得ない状況に菅原は自らを追い込んでいきます。

菅原 「オウンドメディアに合わせて小規模のオフラインイベントも連続して開催してみることにしました。初回は 40人ほどにご参加いただき、たしかに本番に比べればずっと人数は少ないけれど、僕としてはちょっとした熱狂を感じられたんですよね。そこから欲をかきはじめて、 80人、 120人と拡大していくほうが目的に早く近づける考えました」

これは菅原にとっても大切な気づきにつながり、「もし120人集めるとしたらどんな内容だろう?」と思考できるようになりました。後々の企画で役に立っただけでなく、見切り発車で始めたボランティアスタッフの募集にも多くの挙手があがり、一層の後押しとなっていきます。

菅原 「中規模イベントを打っていった夏ぐらいからですが、僕の中で『今回のカンファレンスに来なくてもいい人』というイメージが浮かんだのも大きかったです。僕らがカンファレンスで扱うのは “PR3.0 ”という答えのわからないものでした。そこへノウハウやティップスを求めにくる人は合わないのが明確です。たしかに人を集めるならセミナー形式のほうがわかりやすく、スポンサーもつきやすい。でも、僕としては『今のままじゃダメだ!』と思ってる人たちに爽やかな汗をかいて帰ってもらいたくなったんです」

この考えに至ってからの菅原の姿を見て、海は「7月くらいからは菅原の吹っ切れ感がすごかった。あそこからのエンジンは掛かり方が半端じゃなかった」と振り返ります。自らがやるべきことに対峙し、メインコンテンツを策定できたことは、結果的にはスポンサーの獲得にもつながっていきました。

第4期でエピソード1が終わった。仕込みを終えたPR Table

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▲PR3.0 Conference 当日、オープニング前に撮影した集合写真。実はこのうちの多くがボランティアスタッフ

エンジンのかかった菅原は、PR Tableの事業に対しても、長期的な目線を含めた意見をはっきりと伝えるようになりました。

サービスの打ち出しひとつとっても「共感という言葉をやめよう!」と言ったり、会社のミッションやロゴを変えることを提案したり。それは自らがオウンドメディアの取材を通じた知見も重なっての意見でした。実際にこの頃から、会社としてのPR Tableにも変化の兆しが訪れます。

顕著な例が、採用候補者に対するスタンスです。スキルや経歴が要素に挙がるのはもちろん、PR Table“だからこそ”活躍できる人材に対象を絞りました。

菅原 「恋愛に例えるなら、この人だったら幸せにできる!と自信を持てる人とだけ付き合おうって決めたんです。だから、 PR Table社の性格が良いところも、悪いところも、全部伝えました。あとは相手の好き嫌いにまかせて選んでもらいました」

11月25日にはコーポレートやサービスロゴを変更、さらに26日には複数ファンドを引受先とする総額約4億2千万円の第三者割当増資を実施。そして、27日には『PR3.0 Conference』を開催しました。様々な領域のトップランナー55名の登壇者と、19のプログラムで構成され、約1,300名の来場者を集めることに成功。経営陣のみならず、誰もが高い熱量を感じとりました。

航 「将来の状態を想像して戦略を立てることの大切さを学びました。たとえば第 4期が事業だけだったとして、それがある程度伸びたとしても、周りの企業からどのように見られ、どういった価値を発揮できていたか。将来を想像するほどにカンファレンスに投資する戦略は非常に良かったと思いますね」

第3期までの失敗を生かし、第4期ではオウンドメディアやカンファレンスといった新施策も重なり、さらに大型の資金調達も経た2018年。年度末に海は「これまではプロダクトアウトのサービスを展開していたけれど、今後はよりマーケットに寄せていく展開をしていくべきだ」と考えるようになりました。

海 「プロダクト自体は変わらないけれど、世の中に対する見せ方を、ちゃんとセグメントごとに見せてあげないと伸びなくなるかもしれないと思うんです。ただ、社内には向かっている先は変わっていないことを伝えなければいけませんし、それは社外にも広報していく必要がありますね」
菅原 「 10年や 20年単位で見れば、この第 4期の終わりこそが、 STAR WARSでいうエピソード 1のピリオドなんだと思います。 CIの変更、大型調達、カンファレンスは、まさにステージが変わったという感覚です。 4年かけて、ようやく仕込みを終えたんです」

これまでの振り返りから、仕込みに4年掛かったことに、経営陣の3人は「時間は掛かり過ぎた」と口を揃えます。しかし、キャッシュアウトや人材の危機も経験しながら、PR TableはこのPR領域にたしかな新風を吹かせました。

第5期の早々には、サービスのシンボルロゴを開発。そこには“WORK IS LOVE”の文字が並びます。企業とステークホルダーをつなぐ架け橋であるPR Tableは、手軽に表せる“LIKE”では足りない、覚悟のある“LOVE”でもって、この領域の価値をさらに拡大していきます。

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