「PRってなんだろう?」答えを追い求めた青年が、自ら会社を立ち上げるまで

大学生になるまで、「ゆるく楽しい日々」をすごしてきたひとりの青年。しかしPRに出会い、彼の人生は大きく動き出します。これはPRに憧れ、その世界に飛び込んだ起業家が、ブログでの情報発信やコミュニティ運営、そして模索続きの日々を経て、2015年10月、ある事業にたどり着くまでの記録です。
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ロンドン留学を経た、在学6年目。「PR」との出会いは突然に

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▲学生時代の大堀航(中央)と友人のトーマス(右)

株式会社PR Tableの代表取締役社長、大堀航は、1984年、リゾート地らしいゆったりとした雰囲気が流れる神奈川県逗子市で生まれました。

小学校から高校3年生まではバスケ部に所属し、中学校では部員50人のキャプテンに。しかし統率力は全くなく、辛くても身になる練習より、みんながやりたい楽な練習を優先してしまうゆるいキャプテンでした。

大学時代は勉強よりもアルバイト中心の生活。他の人とは違うことに興味を持ってはいろんなアルバイトを転々としていました。大学4年生のときには、「なんかカッコイイから」という理由で、1年半ロンドンへ留学。現地で仲良くなったスイス人のトーマスと生活し、相変わらずろくに勉強もせず、ただ楽しく過ごしていくだけの日々……。

しかし、このルームメイトとの出会いが、PR Table創業のきっかけになろうとは、当時の大堀青年は知る由もありませんでした。

留学から帰国後、持ち前のゆるさが仇となり、大学に6年間通うことになった大堀。進路が決まっていないにもかかわらず、トーマスに誘われるがまま、とあるアートイベントに出展することになります。

彼の役割は、日本とスイス、共同デザインプロジェクトの取りまとめ役。そこで大堀は集客方法のヒントを求めて、本屋で参考になりそうな本を手に取ります。

そのうちの一冊がPR会社の時代』(著者:矢島尚)。この本を読んだとき、大堀青年は「この世で起きる出来事の裏側には、PR会社がいる。ニュースを作るスキルがあるなんて……PRってすごい!」と、衝撃を受けたのです。

大堀は早速、在学中からPR会社でアルバイトをはじめました。それは、卒業後の進路を何も考えていなかった青年が、未来を見つめはじめた瞬間でもありました。

「PRってなんだろう?」と考え続ける日々へ

大堀はそのまま、2009年、アルバイトをしていた株式会社オズマピーアールに新卒で入社。本で読んでいたような、企業とメディアとの良い関係を作るメディア・リレーションズのノウハウを得ることはできましたが、その一方でモヤモヤした気持ちもありました。

大堀 「メディアとだけではなく、従業員、取引先、ユーザー、地域、投資家などのステークホルダーとも良い関係を作る本当のPR(パブリック・リレーションズ)を追求したいと思ったんです」

大堀の「PRってなんだろう?」という思考は、月日が流れても止まることはなく、いつしかPR会社にはない別の視点を求めるようにーー。そして2013年2月にオズマピーアールを退職し、PR活動がほぼゼロベースだった株式会社レアジョブに入社することになります。

これまでの経験を駆使し、メディア・リレーションズの構築を行ないつつ、有識者や業界の著名人、ユーザーなどのステークホルダーとのつながりを求めて、オウンドメディアを開設。

社内では常に、PRパーソンとして「第三者的な目線」を求められました。上場を目指すためのビジョンやミッションを、社内外にどう伝えるべきか。それら一つひとつのことを経営トップと共に考え、実行していったのです。

結果的に、レアジョブは見事に東証マザーズに上場。PRパーソンとして一筋の手応えを得た大堀は、新たなステージを求めます。彼は2014年12月にレアジョブを退職し、株式会社PR Tableを創業することにしたのです。

趣味ではじめたブログが、PR業界やベンチャー界隈で評判に

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実はPR Tableの活動は、創業する1年前からはじまっていました。

それは2013年12月に趣味で開設したPRパーソン向けのブログ。ベンチャー企業の広報から「PRって何からやればいいのかわからない」という悩みの声をよく聞いていた大堀は、自身がもつPRノウハウを、趣味ではじめたブログで情報発信していました。

そのときブログを一緒に執筆していたのは、フリーランスでPR業を営んでいた弟の大堀海、オズマピーアール時代の後輩で、当時は事業会社に勤めていた菅原のふたり。

現場で汗をかくPRパーソン自身が、上から目線で教えるのではなく、「それぞれ異なる立場で、膝を突き合わせてPRについて考えよう」というコンセプトで運営するーー。

内容はとてもニッチなものでしたが、それだけに有識者から支持を受け、徐々にPR業界やベンチャー界隈で話題になっていきます。

ブログ運営を通じて大堀は「PRパーソンに求められるスキル」、「PRパーソンの働き方」が非常に多様化してきているということを強く感じはじめます。そこで、100名近いフリーランスひとりひとりに会って、それぞれの仕事感やスタイル、目指していることについて聞いて回ることにしたのです。

大堀 「十分な実績とハイレベルなスキルを持つフリーランスの方々に共通していたのが『仲間がほしい』、『チームでもっといい仕事をしたい』ということ。この願いをとにかく叶えたいと思い、PR業界でコンサルタント、編集者、ライターとして活躍するフリーランスが集まるオンラインコミュニティを開設しようと思いました。そこで意見交換やスキル開示、パートナー募集や求人情報などをざっくばらんに行える場所を用意しよう、と」

そしてこのコミュニティこそが、のちに誕生する新たなサービスの基盤となっていくのです。

PRで一番大事なものは「いつまでも色褪せないストーリー」

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▲PR Table創業のきっかけを作ってくれた、スイス人の友人トーマス(左)と、のちに取締役となる菅原(右上)

2015年10月、PR Tableは新たなサービスの提供をスタートします。ストーリーテリングサービス「PR Table」。企業が、社内に埋もれているさまざまなストーリーを掘り起こし、オンライン上にコンテンツとして蓄積していくことができるサービスです。

企業価値の向上のため、採用のミスマッチを防ぐため、メディアに注目されるため、PR活動には「ストーリー」が大切だと、大堀は自身の経験を通して確信しています。

大堀 「プレスリリースの情報は速報的で消費されていくことがほとんどですが、ストーリーは会社の資産として貯まり、永久保存されるイメージ。古くなっても廃れない、いつまでも色褪せないストーリーこそがPR活動の原点になり、顧客、社員、求職者、株主をはじめとするステークホールダーの共感を得て、愛される会社になっていくために大切なものだと思っています」

ここにたどり着くまでには、ビジネスに悩んだ時期もありました。

大堀は当初、構築したコミュニティを軸に、ベンチャー企業とフリーランスで働くPRパーソンとのマッチングサービスを展開しようと考えていました。しかし、それでは結局「中抜きビジネス」になってしまい、大堀が目指した世界は実現できないと思うようになったのです。マネタイズもうまくいかず、資本金が1桁万円まで減ったことも……。

大堀 「多くの会社のPR活動をサポートするには、仕組みやスケールできるサービスが必要。『PRってなんだろう』と365日ずっと考えて、考えて、考え抜いて、ストーリーテリングサービスに辿りつきました。
嫁や弟に生活の面倒を見てもらって、辛い時期もありましたが、ブログを見てくれたり、PR Tableが主催するイベントに来てくれる方からの応援の声や、立ち上げメンバーの前向きなサポートに何度も救われてきた。みんなの期待に応えたい!という気持ちがあったから、いまもこうして楽しく働くことができているんだと思います」

今後は、ユーザーである「企業・団体」、ストーリーを掘り起こす「PRパーソン」、そして「PR Table」のみんなの幸せをどう実現していくかが大切になります。関わってくれている皆様に、誠実なサービス提供し続けて、PR Tableを100年続く企業へーー。

大堀 「会社という存在が好きなんです。歴史のある大企業も、時代にあったサービスを生み出すベンチャー企業も、優れた技術や意匠を持つ地方の中小企業も、NPOやNGOといった非営利団体も、みんな必ず良いストーリーを持っている。
僕はPR Tableの事業を通じて会社のストーリーをたくさん生まれ、それぞれのステークホルダーに伝わる、そんな仕組みを構築していきたいんです」

ゆるいキャプテンだった大堀青年は、PRへの憧れを持ってその世界に飛び込み、いつしかひとりの会社経営者となりました。昔から変わらぬPRへの夢と、経営者としての責任感。その両方の想いを胸に抱いた大堀航とPR Tableの挑戦は、まだはじまったばかりです。

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