日本人の”会社ギライ”は治せる? 「エモいストーリー」の価値を信じる男

突然ですが、みなさんは「会社」が好きですか?——おそらく日本では大半の方が、「NO」と答えるでしょう。なんとも悲しい現実です。PR Table創業メンバーのひとりである菅原弘暁は、その現状を変えるために奔走しています。しかし彼自身も、はじめから「会社が好き」だったわけではありませんでした。
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入社後、たった1年で会社を退職。ノープランな社会人デビューの結末

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▲弘暁の「弘」は、当時父親が弘報(広報の同義語)の仕事をしていたことに由来します
日本人はどうやら、世界でいちばん「自分が働く会社を信用していない」国民らしい。アメリカの大手PR会社の調査(※)によれば、ランクは世界28カ国中、最下位。

そんな状態、なんだかアホみたいじゃないか——。菅原は、いつからかそう感じるようになりました。

菅原 「誰しも、どういう形であれ”会社”と関わらなければ生きていけないワケじゃないですか。一生のうち大半の時間を、会社ですごす人も多いはず。なのに基本的に、企業は社員から信頼されてない。というかむしろ、存在自体が嫌われちゃってる。それってなんだかなあ、と思いませんか?」

この、日本特有ともいえる”病気”。それをどうにか解消するため、菅原はある領域にひとすじの可能性を見出します。それこそが、PR(パブリック・リレーションズ)の世界でした。

……と、2017年になった今でこそ、壮大なテーマに挑み、3期目を迎えた自社の経営に夢中になっている菅原。

しかしかつては彼自身も、「仕事なんて、どうせ死ぬまでのヒマつぶし」といってはばからない、“意識低め”なワカモノだったのです。

なりたい職業も、業界へのこだわりもとくにない。とにかく1秒でも早くリクルートスーツを脱ぎ捨てたい。とりあえず、最初に内定をもらった会社に就職しておこう——。

大学を卒業し、そんな甘い考えで入った会社。当然ながら、仕事が楽しめるわけがありませんでした。

菅原 「正直なにも考えてなかったけど、それなりにやっていけるだろうと思ってたんですよね。でも、申し訳ないことにすぐ飽きちゃった。ほんの少しだけ、ちゃんとキャリアについて考えてこなかったことを後悔しました」

結局、最初に勤めた会社はわずか1年で退職。ひとまず何かいいアルバイトはないかと、菅原は友人に相談することに。

その相手が、のちにPR Tableを共同創業することになる、大堀兄弟でした。

「がんばった分だけ、成果につながるところが好き」PRの仕事との運命の出会い

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▲オズマピーアール在籍当時、社内コンペで優勝したときの写真
大堀航(現 PR Table代表取締役社長)と海(同 代表取締役)は、菅原と同郷で旧知の仲。そして2011年当時、航はPR会社であるオズマピーアールに勤務していました。

菅原からアルバイト先の相談を受けた航は、何の気もなしに「うちにくれば?」とひとこと。

PR業界のことは何ひとつ知らず、とくに興味があったわけでもありませんでした。しかし彼はどういうわけか、”狭き門”といわれるオズマピーアールから、ちゃっかり正社員として内定をもらいます。

この「PR」の仕事との偶然の出会いが、菅原のその後のキャリアを大きく変えることになるのですが、それはもう少し先の話。

菅原 「一応、1年の社会人経験はあったので、自分が何をすればいいかはすぐ掴みました。いわゆる”新人の役目”ですよね。同じフロアにいる40名超の内線番号を暗記し、とにかくオフィスにかかってきた電話は真っ先に自分が取る、メディアプロモートの電話を何百件も片っ端からかける……。

がんばった分だけほめられて、その分またがんばろうと思える。今思えば、完全に会社と上司の術中にハマっていただけなんですけど(笑) 少しは仕事を楽しいと思えるようになっていたかな」

前のめりな姿勢が次第に周囲にも認められ、菅原は少しずつ大きな仕事を任されるようになります。がんばった分だけ、成果につながる。そのためにもひたすら先輩たちからノウハウを吸収し、がむしゃらに働く日々——。

しかし入社して3年ほど経った頃、菅原は些細なことで、仕事に対する疑問や違和感を抱くようになります。

菅原 「そもそも自分は、社会やビジネスの仕組みを何も知らないな、と。そう考えるとなんだか、業界を切り拓いてきた先輩たちが敷いてくれたレールに、ただ便乗しているだけのような気がしてきちゃったんですよね。それなのにたくさん給料をもらっている自分が、恥ずかしくて」

何も考えずにはじめたPRの仕事でしたが、いつの間にか誰よりも真面目に考え、もっと深く知りたくなっている。そんな気持ちが日に日に大きくなるのを、菅原は止めることができませんでした。

「自分も当事者になりたい!」イチPRパーソンから、スタートアップ創業へ

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▲2016年、イベント登壇時の写真
PR会社側にいる以上、どこまでいっても”当事者”にはなれない。それは菅原が強く感じていたジレンマでした。自分で組織や事業を作る人たちの立場を知り、PRが果たすべき責任の重さを理解したい、と。

そこで菅原は2015年、4年間勤めたオズマピーアールを退職し、当事者としてPRの仕事に取り組むため、とあるベンチャー企業に参画することにしました。

ちなみに、先にオズマピーアールを去っていた大堀航が、PR Tableを法人化したのもちょうど同時期のことです。

ただ、当時PR TableがやろうとしていたのはPRパーソンのコミュニティ事業。それに対して菅原は、「それって結局、マージン商売でしょ? 今までと何が違うの?」と、正直懐疑的な見方をしていました。

しかし、それから数ヶ月。菅原が事業会社側の立場でひと通りの経験を得ている間に、航は地道にさまざまなPRパーソンに声をかけ続け、その一人ひとりに直接会いにいき、コミュニティの基盤をつくっていました。

結果としてそれはビジネスにはなりませんでしたが、そこで生まれた“場所”を軸として、新たな事業構想にたどり着くことになります。それこそが、PR Tableのメイン事業となっていくストーリーテリングのサービスでした。

その構想を聞いて、はじめて菅原の気持ちが動きます。

菅原 「パブリシティや、メディア・リレーションズだけに留まらないPR。企業の姿勢やあり方をストーリーとして伝える手法は、もしかするとパブリック・リレーションズの本質に近いんじゃないかと思ったんです。社会的な意義もありそうな気がして」

しかしその当時、航が悪戦苦闘して作っていた荒削りなコンテンツは、まだとても「ストーリー」と呼べるものではありませんでした。

思わず「ぜんっぜん面白くないし、エモーショナルさが足りない!」と本気でダメ出しをした菅原に対し、航はうれしそうに告げたのです。「じゃあ、作ってよ」。

菅原 「航は、イケてる構想やビジョンらしきものを描くのは得意だけど、それを言語化するのはまるでダメで。よく考えたら、オズマピーアールで一緒に仕事をしていたときから、彼のモヤッとした考えを整理して、僕が言葉や形にすることが多かったんですよね。通訳みたいな感じ」

そのとき菅原は、共同創業者のひとりとして、PRのためのストーリーを製作する編集者として、PR Tableに参画することを決意します。2015年9月のことでした。

”当事者”は、想像以上に辛い。でも、だからこそ最高に楽しい

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2015年10月、PR Tableは、企業の中に眠る”ちょっといい話”を発信するためのストーリーテリング事業をスタート。菅原は期せずして、その中心的な役割を担っていくことになりました。

あらゆる企業の経営者や社員の方々と、取材を通じて対話を重ね続けること丸2年。2017年9月時点で、彼が製作に携わったストーリーは500本以上にも及びます。

「当事者の立場を理解したい」と、PR会社から事業会社へ、そして経営者へと転身してきた菅原でしたが、2年間、なかなかどうして生々しい学びを重ねてきました。

菅原 「当事者って、こんなに辛いものなのかと思い知らされるばかりで(苦笑) 取材で経営者の方からさんざん聞いてきたにも関わらず、同じような失敗をたくさんしてきましたね。『これがあのとき教わったやつかああ!』と」

とはいえ、彼は決してひとりではありませんでした。共同創業者である大堀兄弟。次第に増えていった、編集者やライターなどを含めた外部のメンバー。まだ未完成なサービスにも関わらず、応援してくれるクライアントや関係者のみなさん——。

「会社として応援してもらえること」がどんなにありがたく、力になるのか。それを菅原自身が身を以て実感したからこそ、ストーリーテリング事業の方針が明確になったともいえます。

菅原 「企業として、あらゆるステークホルダーのみなさんから応援してもらえるようになること。大事なことはそれにつきますよね。だからそのためのストーリーを作って、発信していこう、と」

2017年春ごろからは、ストーリーを紡ぐ編集者や、それをクライアントに届ける営業のメンバーが続々と入社。ようやく「チーム」が形になり、PR Tableの事業は、次のステージへと歩みを進めつつあります。

“編集長”としてストーリー製作にどっぷりつかってきた菅原も、事業そのものから離れ、取締役として新たなミッションを追うようになりました。

菅原 「エモいストーリーの発信によって、日本人の極度な”会社ギライ”を、少しでも緩和できたら。不信感をもって仕事するより、その方が断然イイですよね。そういう会社を増やしたいし、自分たちもそういう会社でありたい。PRには、それを前進させられる可能性があると思うんですよ」

人間にとって、仕事は確かに“ヒマつぶし”にすぎないのかもしれない。でもどうせなら、夢中になれるテーマを追いかけながら、少しでも社会の役に立てたほうがいいじゃないか――PR Tableという舞台を得て、菅原は今、そんなことを考えています。

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※出典:「2016 エデルマン・トラストバロメーター」日本調査結果,エデルマン・ジャパン株式会社 より

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