PRを語り合える仲間と共に、ストーリーで「パブリック・リレーションズ」を体現する

ストーリーテリング・サービスを展開する株式会社PR Table。PRコンサルタント兼編集者である志賀祥子(しが・しょうこ)は、金融機関から事業会社へと転職し広報のキャリアを積みます。そして「PR」を極めたいという想いが強くなり2016年8月に当社にジョインしました。そんな彼女がPR Tableを活躍の場として選んだ理由とは……?
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安定したレールに乗らず、若いうちに高い壁を選ぶことを決意

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3歳のころ自宅にて

「10歳まではひとりっ子だったんです」――PR TableでPRコンサルタント兼編集者として働きはじめた志賀祥子(しが・しょうこ)が自分で人生を選びはじめたきっかけは、可愛い妹の誕生でした。

それまではずっと、両親の愛情を一身に受けて育ってきました。しかし妹が生まれ「お姉ちゃん」となり、甘える立場から突然卒業することになります。

志賀 「妹が生まれてからは、“自分のことは、自分でやらないと”って子どもながらに思ったんですよね」

小学4年生で急に大人になることを望まれた彼女は、幼いなりにも「お姉ちゃん」であろうとし、自然とものごとを自分で選択するクセを身につけていきました。

志賀 「進学先も就職先もぜんぶ自分で決めました。親に相談すると、『あなたが決めたことなら応援するから頑張りなさい』といつも尊重してくれましたね。今もやりたいことに向かって迷わず踏み出せるのは、そのおかげかもしれません」

その力がのちにPRパーソンとしての自身のキャリアをつくり、PR Tableとの出会いに導くことになるとは、その頃本人はまったく知る由もありません。

志賀 「社会に出たばかりの頃は、キャリアなんてまるで考えていませんでした。2~3年働いたら結婚して専業主婦になるのかな、という漠然としたイメージしか持っていなかったんです」

ところが実際には、新卒で入社した大手都市銀行を1年半で退職するのを皮切りに、キャリアに対する考え方が変化していきます。きっかけは、外国為替業務の担当として銀行で働くなかで募らせた「もっとやりがいを感じる仕事をしたい」という自身の想いでした。

長期的に働くには申し分のない環境が整っていましたが、一方でルーティーン業務を繰り返す毎日に志賀は窮屈さを感じるようになります。

志賀 「振り返ると、もっと自分で頭を使って考えたり、提案できる仕事がしたかったんでしょうね。実際に社会に出て働いてみて、『自分にしかできない仕事がしたい』っていう気持ちが強いことに気づいたんです。それからすぐに転職を決断し、行動に移しました」

理想とする未来があるのなら、そこに向かって人生を自分で選んでいくーー。彼女のPRパーソンとしての長いキャリア、ここからはじまりました。

社長秘書から念願の広報の道を掴み、PRのキャリアを構築

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2013年8月に挙式。披露宴直前の様子

転職を検討する際に志賀が真っ先に思い出したのは、学生時代のアルバイトで知った「企業広報」という職種でした。

志賀 「外資系ブランドの新作発表会などを手がけるイベントをお手伝いしていたんですけど、そのときに自社ブランドをどう見せるかコンセプトから自分たちで考えて形にしていくのって楽しいな、と感じていました」

広報の仕事がしたい。

しかし、転職活動をはじめたものの、当時は広報職での未経験採用がほぼ皆無だった時代……。

そこで彼女は一計を案じます。すぐに広報の仕事ができないのであれば、まずは社会経験を積むために経営者の近くで働こうと考え、22歳で大手企業の社長秘書として転職をしました。

志賀 「一般的に想像する秘書とは違い、良い意味でかなりアクティブに働く秘書だったと思います(笑)。国内外に拠点がある企業だったので、日本全国や海外に飛び回って、事業会社の組織構造やビジネスの知見をたくさん学びましたね。そうしていくうちに、運の良いことに広報を兼任で任されることになったんです」

ついに念願の広報を兼任。その後、新規事業の立ち上げメンバーにも選ばれ、周囲からの信頼も厚くなってきたころ。PRパーソンとして順調に経験を積んでいた志賀ですが、3年目に入るころに今後の自分のキャリアを見つめ直すことになります。

志賀 「努力して実績を出して評価をされても、進むキャリアのレールが決まっていました。学歴や年齢、社歴で評価基準が決まっていくレールに違和感を覚えたんです。そこで若いうちに、ベンチャー企業でフラットな環境に身を置き、自分自身を試してみたいと思いました」

思ったらすぐ行動。ベンチャー企業へ転職を決意し、自ら厳しい環境でキャリアを積んでいきます。

志賀 「担当した企画がテレビで取り上げられたことで、以前より営業活動がスムーズになったんです。それに、それを見た社員やその家族が喜んだり……。今まで広報は『会社をメディアに出す』という外向けの仕事だと思っていましたが、営業活動の後押しやインナーコミュニケーションにも効果がある。社内外ともに効果的なことがわかったんです。このことがきっかけで、PRの仕事を極めていきたいと思いました」

ベンチャー業界にありがちなのは、SNSなどの発信による“業界内”での盛り上がり。その業界で認知があるとしても、広い世間に出たらまったく知名度がないこともあります。しかし本当に伝えたい相手が一般消費者であれば、それは伝わってないも同然です。

だからこそ、あらゆるステークホルダーに向けて伝えていくことが重要なことを実感。大手企業だけでなく、ベンチャー企業も経験したからこそ、客観的な視点で冷静に観察できるようになっていくのです。

そして、やりがいを感じるベンチャー業界でがむしゃらに働くかたわら、26歳で結婚。人生の節目を迎えた志賀は、そのタイミングで生活のバランスが取れるよう仕事をセーブしようと考えはじめます。しかし……。

PRへの想いを共感しあえる仲間との出会いーー新たなキャリアの幕開け

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2016年8月時点のメンバー5名
志賀 「結婚をしたら家庭優先になるんだろうって勝手に思っていました。今となっては固定観念に囚われていたなと思うのですが(笑)でも、気づけばいつもどおり働いてる自分がいてーー。夫が仕事への理解があることも大きかったですが、結婚生活もキャリアも両立できると実感したときは、自分の可能性がまだまだ広げられると思い、ワクワクしましたね」

学生時代は漠然と専業主婦になるイメージを抱いていた彼女が、いつのまにかやりがいを求めて転職し、キャリア思考に目覚めたのです。

志賀 「大手企業では、受け身のPRでも取材依頼が後を絶たないことも経験しました。一方で、創業間もないベンチャー企業は、待っていても取材はこない。そのため、泥臭く営業さながらにメディアリレーションを開拓していったんです。この経験が広報キャリアのターニングポイントになりました」

ゼロから自分自身のアクションによって創業間もない企業・事業に影響を与え、形になっていくPRの醍醐味を味わうことで、PRに対する考え方を自分なりに整理するようになります。

そんなある日、PR Table代表取締役社長の大堀航から「会社の想いを言語化して、発信し伝えていくストーリーテリング・サービスを作ろうと思っている」という話を聞き、志賀はとても共感しました。それは、自身が抱えていたPRの考え方やジレンマと大堀の考え方が、合致していたのです。

当時、上場ベンチャー企業の広報担当だった志賀は、PR Tableのサービスを利用することで、さらにサービスに共感。それと同じタイミングでPR Tableの共同創業者である菅原弘暁から一緒に働かないかとオファーを受けました。まだ、今すぐには動けないなと思っていた矢先、勤務先の大幅な組織変更が発生……。そこで志賀は、独立を決意します。

志賀 「正直驚きましたが、嬉しかったです。もともと会社のビジョンや考え方、サービスに共感していましたし、PRの話をよくしていた仲間でしたので。フリーのPRパーソンとして自分がどれだけできるか挑戦したい、両立できたらいいなと考えていたのですが、そこも加味して声をかけてくれたので、ふたつ返事で『いいよ』と(笑)」

退職後は、個人事業として独立。すぐにPR Tableを手伝いながら事業を深く理解していったのち、2016年8月からPR Tableに正式にジョインしました。

2017年1月現在は、ストーリーを作成するPRコンサルタント兼編集者として、またPRのノウハウをオープンソースするメディア「PR Table Labo」の所長を担っています。そして変わらず、個人でも数社のPRコンサルタントとしても活動しているのです。

志賀 「創業間もないPR Tableにフルコミットしながら、個人で企業のお手伝いをするのはもちろん容易くはないです。でも、仕事として好きなことが実現できているので今までのキャリア人生で一番楽しいですね。PR Tableでは時間を有意義に使えるので、仕事と生活のバランスもやっと理想の形になってきています」

今までの経験をシェアすることで、PRの本来の意義を伝えていきたい

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PR Table Laboとして、PR業界のキーマンに取材も行なっている

価値観が一緒の仲間に出会ったことで、よりPRの仕事を追求しはじめた志賀は、PRに加えて新たに「ストーリーテリング」という新たな分野に挑戦しています。

志賀 「現在、ストーリー作成の前段階のPRコンサルティングを担当しています。ここでは、企業の課題に沿って、どんなストーリーにするべきかをお話する。思った以上に今までの経験が活かせている部分がたくさんありますね。それに大企業からスタートアップ企業まで、さまざまなフェーズの企業の“本音”を聞くことができるので、日々新たな知見を得られています」

PR Tableの提供するストーリーテリングは、アメリカでは主流になってきていますが、日本ではまだまだ認知されていません。そこで志賀は、もっとストーリーテリングを広めていきたいと考えています。

志賀 「会社の課題を解決するためのストーリーを作ることで、それが採用広報だったとしても社内や顧客にも伝えることができる。あらゆるステークホルダーへ届けることができるストーリーテリングは、単発のプロモーションと違って今はまだ効果測定はできないけれど、発信し続けることで広範囲に想いを伝えることができるんです」


そして、PRのノウハウをもっとオープンにしていくことで、世の中の広報担当者の地位向上に寄与したいと考えています。常に社外の人と関わり合う広報の仕事は、一見華やかだと思われがち。しかし実際は、会社の課題を解決する黒子のような存在です。

志賀 「PRについてきちんと理解している人って、広報担当者も含めて想像以上に少ない。それに、経営者が広報視点を持てたら強い企業になるのは間違いないです。PRは経営に紐づくので、ここの理解が深まればもっと多くの企業にとって良い方向にいく。だからこそ、PR経験者が集まる私たちだからこそできるPR Table Laboで、ノウハウをオープンソース化しています」

さまざまな企業でキャリアを培ってきたなかで確信した、ストーリーの価値。そして広報の地位向上のために少しでも影響を与えたいという想いーー。志賀は、パブリック・リレーションの意義をこれからも発信しづづけ、世の中のPRの考え方が本質的になるように、挑戦を続けてきます。

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