大学院生こそ、いま求められる人材──マーケットのパイオニアが考える最新就活事情

大学院生・研究者・エンジニアに特化した就職情報サイト「アカリクWEB」などを手がける株式会社アカリク。代表取締役社長である林信長は、採用市場の“エアポケット”だった大学院生に着目し、いかに事業を成長させてきたのか。大学院生人材が今求められる理由とは……? 創業ヒストリーを追いながら、今後の展望を伝えます。
  • eight

大学院生はなぜ「就職する気がなさそう」に見えるのか?

8ca0bf9a17664684729260c07f75afd6c87129f8
▲代表取締役社長 林信長

博士課程在学時の2002年にWEB制作・デザイン会社を起業した林信長は、フリーペーパーや会社案内、飲食店のメニューに至るまで、さまざまな案件を手がけていました。

事業は順調に続いて4年を過ぎようかという頃、林は「30歳を機に、もっと社会のためになる事業をやりたい」と考え、人材採用に行き当たりました。きっかけは、林の会社の大きな戦力になっていた美術大学に通う学生たちです。

林 「コミュニケーション能力はあまりないけれど、効率的に仕事を進められる美大の学生たちを目の当たりにしました。一般的に求められる能力は足りなくても、仕事に関しては優秀な彼らを見て、『人材としては大学院生のほうが面白いんじゃないか』と思いまして。

翻って考えれば僕も理系の大学に進んで、大学院からは哲学を修めましたが、まわりはそもそも就職する気がなさそうでした。でも、僕の記憶では非常に優秀な人たちではあったんですよね」

大学院生の就職状況において、本人たちに研究志向が根強いほかに、「大学外の情報に触れる機会がない」ことを林は問題視しました。一方で、学部生たちは先輩や同窓生、大学の就職課などから半ば強制的に「社会」の情報を得られるので採用市場に乗りやすいと考えたのです。

林は自らの体験からも、大学院生の多くはキャリアプランを模索せず、教員や講師、知り合いのツテをたどって働くという実情も知っていました。そして、採用市場の時流も学部生に傾いている。そこで林は2006年、「大学院生、研究者に特化したキャリア支援」を事業としてスタートさせたのです。

iPhoneの登場がすべてを変えた!情報処理能力こそが必須スキルに

9ae8c43950a164f6d810c122e6439c207c97763f
▲大学院生(修士/博士)・ポスドクの就職、エンジニアの転職情報サイト「アカリク WEB」

林に事業化を決意させたのは、テクノロジーの変化も追い風になりました。

就職支援をスタートした2006年頃は、ウェブサイトやフィーチャフォンサイトの制作に携われるITエンジニア採用のニーズが高まっていました。そこで求められるのは「独自の発想があることよりは、プログラム言語を深く知り、着実な作業量や均一的な質を担保できる人材だ」と林は予見していました。

その状況が一変したのはiPhoneの登場。スマートフォンサイトやアプリでは、動的な仕組みが増え、使用言語の選択やサーバー構成といった要件でサービスの質が大きく変わります。プログラム言語の精通よりも、独自の発想で要件を構成できる能力が求められるようになるという、まさに転換点でした。

林 「プログラムを道具としていかに使いこなせるかを、より問われるようになりました。そこで必要なのは応用力が高く、情報処理能力の高い人材です。つまり、大学院生の『物を大量に読み、理解して、アウトプットする』という日常的な行いで培った情報処理能力のニーズが高まると直感的に思いました。文系理系を問わず、すべての大学院生に必須のスキルですからね」

ただ、大学院生には「社会への興味」が圧倒的に足りませんでした。自分の好きな分野で研究を深めてきたからこそ、企業内の仕事を振られてもベクトルが向かずに力が発揮できないのです。林は彼らのそのような特徴をつかみ、企業の情報を伝え、興味が持てる企業とマッチングさせる必要性を強く感じました。

自身の出身大学でもある京都大学の学生を紹介してもらうことから始め、東京大学など、徐々に全国から優秀な大学院生が集まるようになってきました。

しかし、順風満帆というわけにはいきません。時流は学部生の採用に傾いたままで、大学院生は「情報処理能力があるのはわかるが仕事では使いにくい」というイメージが先行していたのです。今でこそアカリクからの連絡に応えてくれる企業は増えましたが、当初は「1万件電話したってほとんど相手にされなかった」と林は思い返します。

さらに、リーマンショックにより企業の採用人数が絞られるようになり、林たちも賃料がより安価になる地下のオフィスへ引っ越しを余儀なくされるといった苦しい状況も経験します。それでも可能性を信じ、情報のマッチングだけでなく、面接のレクチャーなどのサポートを続け、ベンチャー企業を中心に採用が実りはじめました。

その後、林たちが送り出した人材が勤務するベンチャー企業の幾つかが急成長して上場を果たすようになり、クチコミで社名が広まりアカリクの状況も次第に安定していきます。

林 「まぁ、そこまで来るのに10年かかりましたけどね」

「100メートルを10秒で走れる人材」を活かしきれていない

7a18ef16ec811eb7711eadae7ae64f548e154e41
▲2017年現在の林と創業当時からのメンバーである取締役 井上

アカリクが軌道に乗っていくまでの10年間で、大学院生たちの就職活動も次第に変化を見せるようになり、現在では学部生と近いほど活動に励む人も現れてきました。企業情報に触れるきっかけが増えただけではなく、教授陣をはじめとした大学のサポートも整いはじめています。

林 「トップレベルの学部生よりも、さらに良い就職ができるようになりました。数年前では考えられなかったけれど、博士課程の学生やポストドクターの中には年収1,000万近くのプレーヤーが出てきています。彼らの能力が高く、専門分野を切り口にもできていることに加えて、経営環境のIT化に伴い企業側に高度知的人材への需要が年々高まってることも要因です。」

2017年最近の事例では、バイオサイエンスの研究を進めていた大学院生が、論文を書く際に大量のデータを分析している経験からデータサイエンティストとして就職しました。10年前に比べ、研究環境のインフラも無料化やクラウド化で向上したことで分析スキルも上がり、企業が求めるレベルに応えられる人材となっているのです。

バイオサイエンスであれば、植物を扱う企業に進みたいというルートを考えがちですが、企業の研究者は狭き門。そこでアカリクは「バイオ関連ならばデータ分析を日常的にしている。あなたが気づいていないだけで、その能力を活かせる場所がある」と紹介し、この大学院生はデータサイエンティストとしての興味を深めていきました。

ほかにも、「TOEICで850点のスコアを持っていて英語の論文も読める。しかし、本人は論文を読むためには英語を使うのが当たり前だから強みになるとは思っていなかった」といったケースもよくあります。

林は彼らの姿を見て、「研究対象を抽象化するのは得意でも、自分の能力を抽象化するのが苦手。就職活動でよくやる『自己分析』が不得手」だと感じています。だからこそ、アカリクはそのサポートをすることで、大学院生たちが自分の強みに気づくきっかけも与えているのです。

林 「アカデミーは競争社会です。アカデミーを100メートル走に例えるなら、ウサイン・ボルトの自己ベストが9秒58ですから、金メダルを狙うような人は最低でも9秒台で走らなくてはいけないでしょう。ただ、一般人からすれば金メダルに届かなくとも、10秒フラットなら相当に足が速いわけです。アカデミーはトップレベルにたどり着けないと職はありませんが、別の仕事ならその能力を活かせるかもしれない」

この実感と実績を胸に事業を推し進めてきましたが、林が「安定するまで10年かかった」と言うように、アカリクはまだ道半ば。最近ではアカリクの成功例をもとに同じ領域に参入する企業も増えてはいます。しかし、アカデミーが抱えている課題を理解しながら、10年以上をかけて培った「アカリクだからこその信頼」は、ほかの企業にはありません。

大学院生が企業に興味を持ちそうなイベントを仕掛けたり、一人ずつの強みを発掘したりと、適するマッチングを進める日々ですが、林はこの現状にはまだまだ満足していません。創業時から変わらない原点にある「知恵の流通の最適化」には達せていないと感じるからです。

アカリクが最も大切にする“信頼”を胸に、ミッションを成し遂げる

Aaa67c2803117041e1be02d6bf29bf6630bb538d
▲2016年4月1日に発布した「Acaric Quality」と呼ぶ4つの行動指針

林はアカリクを「インフラ」にしたいと考えています。たとえば、林はソフトバンクの創業者である孫正義さんを引き合いに出します。仮に孫正義さんが社長を辞したり、あるいは引退したりしても、「電話が通じなくなる」といったことはありません。

同じように、アカリクがつくる大学院生のサポートが、仮に林や社員の誰もがいなくなったとしても、仕組みが循環し続けるようにしなくてはなりません。それこそがインフラであるゆえんだからです。

アカリクだけが株式上場をして富を得るような結果だけでなく、すべての大学や大学院の中にある知恵(人材、知識、技術)を社会に還元していく仕組みを作りたいのです。言い換えれば、アカデミーから優秀な人材が社会で価値を生んでいき、それによってこれからを担う人材がアカデミーを志すような文化そのものといえます。この還流こそが「知恵の流通の最適化」です。

その一環として、アカリクは人材事業だけでなく、研究・教育の領域や学生スタートアップの支援も行っています。研究者や学生が資料や論文を作成するツールとして愛用されている「LaTeX」を簡便かつ便利に使える「Cloud LaTeX」の提供や、『京大マップ』を手がける株式会社Unimapへの出資なども通じて、インフラ化を加速していきます。

林 「直接的に就職とは関係なく、すぐにマネタイズとならなくとも、研究者から見れば価値のあること、ひいてはアカリクのミッション達成に近づくものを地道にやっていくつもりです。結局、僕らの強みは『研究者のことをわかっており、優秀な研究者が信頼してくれる』ことにある。クライアントから信頼され、学生からも相対的でいいから信頼されるようにならなければと思っています」

アカリクは“信頼“に大きな価値を置いています。その考えを尊重し、2016年4月1日に発布したのが「Acaric Quality」と呼ぶ4つの行動指針です。

1.Self-Responsibility(自分が答えをだす)を貫徹する。
2.Fair and Just(公平と公正)を貫徹する。
3.Confidentiality(秘密保持)を貫徹する。
4.Open-mind Communication

「貫徹すべき3つのこと」と「心がける1つのこと」が、アカリクとしての“信頼”を積み上げるためには必要です。これらを体現することによって、クライアント、社員、そして大学や大学院生に対しての姿勢としても表れていきます。

林 「新卒採用の市場であれば22歳前後の人と相対するのがほとんどですが、僕らのパートナーである大学院生は25歳から35歳ぐらいまでの幅がある。価値観はバラバラで、見た目も違う。そのためにはできるだけ多様な価値観で、物が見えるようにしないといけない。だからこそ社内は自由に、とにかくシンプルにしたかったんです。要は、ルールブックを見て行動を決めてはダメだよ、と。六法全書を常に片手にして仕事をする弁護士がいないように」

林は、アカリクが進んでいる方向性を「絶対に正しい」と信じて疑いません。新卒一括採用として学歴や少ない経験で人を選ぶばかりで、情報処理能力のある大学院生が活躍できないのは「知恵の流通の最適化」からはほど遠いといえます。

林 「今の企業はネットワーク化されているので、点と点をつなげることで、生産力を飛躍的に高める新しい仕組みを作ることも可能です。

たとえば、社内ネットワークを使って、ちょっとしたことに気づき、大きな効果を生み出せるよう“組み換えるーー”。そういった情報処理能力の高い人材が、これからの企業活動にとって必要になっていくでしょうね」

世界の情勢は確実に変わりつつあり、日本にもその波が必ず押し寄せます。それをベンチャー企業ならではのスピード感でさらに引き寄せ、巻き起こし、「知恵の流通の最適化」をインフラとして整備する。それこそが、アカリクの大きなミッションなのです。

関連ストーリー

注目ストーリー