地元愛からはじめた新しい農業。異業種だからこそ挑戦できた理想の環境づくり

どんな産業にも課題はつきもの。「農業」もまた、例外ではありません。収益性、人的負担、生産過剰ーー日々課題と向き合い、試行錯誤し続ける毎日。そんな農家の方々に、アグリクラスターは「IoTと地中熱の融合」というイノベーションを提案しています。今回紹介するのは、ちょっと“異色”のキクラゲ農家の物語です。

なぜ土木建設会社の社長が「キクラゲづくり」をはじめたのか

▲神奈川県横須賀市でシロキクラゲを栽培する内藤義和さん

後継者不足や耕作放棄地の増加。地域の農業が抱える課題を、解決していきたいーーそんな思いを胸に、農業に取り組む男性がいます。神奈川県横須賀市で「げんき農場」を営む内藤義和さん。日本では珍しい「シロキクラゲ」を専門に栽培しています。

実は、内藤さんの本業は土木建設会社の代表取締役。十数年に渡って趣味で野菜を育てていたものの、決して農業の「プロ」というわけではありませんでした。

そんな内藤さんが農業をはじめたきっかけは、仕事を通じて出会った知人の存在です。

内藤さん「その知人は、ひとりで農業を営んでいたんですが、売上が芳しいものではなかったんです。さらには後継者もいなかったんでしょう。彼のご子息から、『親父が亡くなってしまったら、約1600坪の農地がすべて耕作放棄地になってしまう』と相談を受けました。それならこの土地を活用して、もっと利益が出る方法を編み出すことができないかと考えたんです」

また、地域の農業が抱える課題も内藤さんの心を動かしました。

内藤さん 「2018年現在、多くの農家では一坪あたりの売上がせいぜい700円ほどといわれています。二毛作をやっても、そんなに収益を上げられないのが現状です。すると後継者不足にもつながるという悪循環が生まれる。
もし一坪あたりの収益が2000円、3000円となれば継承する人も増えていくでしょう。だからこそ、小さい面積でも収益性の高い商品をつくることで、現状を変えていきたいと感じたんです」

こうして「どの作物が最も適しているのか」を模索する日々がはじまりました。シイタケや野菜の水耕栽培も検討したものの、コスト面や手間を考えると、現実的ではないーー

そんなとき、内藤さんは「キクラゲ」の存在を知ることになります。

内藤さん 「環境を整えるための膨大な初期コストも必要ない。その点に惹かれました。キクラゲは他のきのこ類に比べても、栽培をはじめた後の負担が少ないんです。さらに、一坪の面積に四段、五段と棚をつければ土地を効率よく活用できるので、収益面も期待ができます。あ、これだ!と思いましたね」

ところが、ここで内藤さんが選んだのは、私たちが普段目にする黒いキクラゲ(アラゲキクラゲ)ではなく、決してメジャーとはいえない「シロキクラゲ」。

実は、シロキクラゲには、“ある可能性”が秘められていたのです。

生産地を地道に回る日々。そこで見つけたキクラゲづくりのヒント

▲内藤さんが生産しているシロキクラゲ。美容効果が高いといわれているうえ、幅広く使える

内藤さんがシロキクラゲを知ったのは、きのこ栽培を行なう福岡県の会社を訪れたときのことです。

内藤さん「現地のスタッフさんが『シロキクラゲがいい』と話しているのを耳にしたんです。楊貴妃も愛したほどに、美容効果が高いといわれているものだと。
栽培の現場で実物を見たときに『別格だ』と感じました。スイーツやサラダにも利用でき、可能性を秘めた商品だと確信したんです」

とはいえ、国内では手がける農家がまだ少ないこともあり、良質なシロキクラゲを育てるノウハウは一般に出回っていません。

そこで内藤さんは、山口や新潟、静岡といった国内の生産工場へ地道に足を運びました。その過程において、ある“ヒント”を手に入れたのです。

内藤さん「通年24度前後の温度と100%の湿度を維持すること、そして何より『風のない環境がベスト』ということを知りました。風がシロキクラゲにあたってしまうと、形にムラができて扇型にならず、商品価値が落ちてしまうんです」

高品質のシロキクラゲをつくるためには、「風のない生育環境」が必要だーー すぐに内藤さんは複数の空調メーカーに声をかけはじめましたが、そこで思わぬ壁に直面します。

内藤さん「『空気の流れがない空調設備にしたい』『ハウス内を冷房した場合も、棚の上と下で温度差のないコンデションをつくりたい』と依頼したところ、前例のない技術だったため『できません』と軒並み断られてしまったんです」

そこで電気工事店に話をしてみたものの、「毎月25〜30万円のコストが必要」という答えが……。そこまでコストがかかってしまうと、経営を圧迫してしまいます。

コストを抑えつつも、理想の環境を実現するのは不可能なのか。内藤さんは日々頭を悩ませ続けていました。

ようやく手に入れた武器。「地中熱」が理想の環境を実現する

▲内藤さんのハウスの全景。「きのこ類高度化生産支援システム」の導入で、理想の環境を整えられた

そんなとき、以前相談を持ちかけた住宅設備メーカーの紹介で、内藤さんは、私たちアグリクラスターに出会います。

私たちは、地中熱を活用した空調システムの開発だけでなく、そうした設備を活用して「人や農作物にとっていかに快適な環境を生み出せるか」という、“空間そのものの設計”をしてきました。

これまで培ってきたノウハウを応用すれば、内藤さんの希望する環境を整えることもできるはずーー
そこで私たちが提案したのが、「きのこ類高度化生産支援システム」。井戸水を活用した燃費のよい地中熱暖房機器や、ネットワークカメラ、温度センサーなどを取り入れたものです。

全自動運転で、温度や湿度、二酸化炭素濃度を生育に最も適した環境にすることができるうえ、生産者の好みや地域性、栽培するきのこの種類に合わせて、機能を自由にカスタマイズすることができます。さらに、生育状況をパソコンやスマートフォンからも確認できるのです。

内藤さん「施設を見て、私が望んでいた設備を実現してくれた!と、とても嬉しかったです。ボイラー設備などではなく床暖房を使っているので、キクラゲに風があたりません。寒い時期でも最低で21度を維持でき、品質にもよい影響を与えています。
さらに、懸念していた毎月のコストも、6〜7万円ほど。地中熱を活用すると、コストを4分の1にも圧縮できるんだとーーまさに理想通りの設備です」

シロキクラゲは人間に似て、非常に繊細な作物。風に弱いだけでなく、温度や湿度の変化にも敏感です。だからこそ、ベストな環境をつくることが重要なのです。

内藤さんがシステムと出会い、農場に導入したのは2017年の8月。その約1年前、2016年の9月から、内藤さんはコンテナハウスでの試験栽培をはじめ、オイルヒーターなどを活用して自前で環境を構築していました。

しかし、空き時間にハウスを頻繁に訪れ、気温や湿度の調整など試行錯誤を続けるのは、大きな負担になっていたのです。

内藤さん「そこで、システムを活用した高度化や見える化が重要です。自前のコンテナハウスで栽培していたときには、毎日現地に行って確認しないといけませんでした。でも、今はどこにいても、カメラで室内の生育状況が把握できます。負担の軽減という意味でも、本当に助かっていますね」

理想の農業を追求したい。その思いを、“次世代農業”が叶える

▲スマートフォンやパソコンで、場所を問わずハウスの状況を確認できる

こうして、2017年11月。げんき農場ではシロキクラゲの本格栽培をはじめました。開始からはまだ2ヶ月ほどですが(2018年1月現在)、システムを導入したことで「いいものをつくれているという自負がある」と内藤さんは話します。

システムの活用は、地域や日本の農業を前進させるための有効な手段のひとつになるーー内藤さんはそう考えています。

内藤さん「横須賀地区でも青物やいちごを栽培している農家はありますが、栽培期間は10月から翌年3月頃までの農家が多いんです。夏場はハウスが40度から50度と高温になるため、約半年も農作物をつくることができない。
たとえばここに一定の温度を維持できるシステムを入れたらどうなるか。せっかく建てたハウスを通年生かすことができます。温度を調整できれば、生産過剰をさけることだってできるんです」

内藤さんは、今後は栽培面積を増やしながら、化粧品やサプリメントの開発にも取り組んでいきたいと目を輝かせます。

目標に向かって今後もチャレンジし続けるのは、私たちアグリクラスターも同じです。

たとえば、センサーから蓄積したデータを解析し、システムを制御するためのアルゴリズムを反映させれば、どんな人でも生育環境を整え、農作物の生産量を最大化させることができる。また、一部の作業を自動化することで、余った時間を新たなチャレンジに充てることができる。

このように、今よりももっと付加価値の高い農業モデルを実現することは、決して不可能なことではありません。

「次世代農業」の実現に向かって、私たちアグリクラスターの挑戦は、はじまったばかりです。

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