農業はコントロールできるーーとあるイチゴ農家の挑戦

“自然環境”が農業のカギを握るーー。そんな常識が覆されつつあります。アグリクラスターは、地中熱エネルギーを活用した空調と環境制御システムを通して、天候や季節に左右されない安定した農業経営の実現を目指しています。今回紹介するのは、このシステムを通じて次世代の農業に挑んでいるイチゴ農家の物語です。
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元サラリーマンのイチゴ農家がはじめた、次世代農業への挑戦

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▲いちごファームKumagayaの茂木富之さん

一般的な製造業やサービス業に比べて、自然環境の変化を相手にしなければならないのが農業の特徴です。そのためどうしても気温や天候によって事業が大きく左右されるというイメージを持つ方が多いのではないでしょうか?

とはいえ次々と画期的な技術やシステムが登場している昨今、自然環境による影響を最小限に止め、農産物を安定して育てられるような仕組みが生まれつつあります。

埼玉県熊谷市にある観光イチゴ農園「いちごファームKumagaya」も、そうしたシステムを上手く活用して新たな農業にチャレンジしている農園のひとつ。2015年に井戸水の未利用熱エネルギーを活用した空調システム「ヒートクラスター」を導入し、イチゴの品質や収穫量、収穫時期をコントロールしています。

いちごファームKumagaya は、2008年に茂木富之さんが脱サラしてはじめた観光農園で、毎年12月から5月末までにかけてがイチゴの直売とイチゴ狩りのシーズンです。多いときには1日に200人以上のお客さんがイチゴ狩りに訪れ、2017年のシーズンの来訪者は、5500人ほど。前年よりも約500人増えました。

その背景にあるのが、ヒートクラスターの導入によってイチゴの成長をコントロールできるようになったこと。特に高温になる春先に成長をコントロールすることで、収穫時期が延び、イチゴの大きさや量に変化が生まれました。

ですが常に順風満帆だったかといえば、決してそんなわけではありません。実は2014年にあるアクシデントが発生していたのです。

気温が上がってもイチゴの品質を維持したいーーカギは“冷却”にあった

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▲2014年の大雪により、ハウスが倒壊

2008年にイチゴ作りをはじめてから、着実に事業を成長させていった茂木さん。ところが5年が経った2014年の2月、埼玉県を例年にない大雪が襲いました。

当時、茂木さんが運営していたハウスは全部で3棟。ところが、雪の影響でそのうち2棟がつぶれてしまい、残ったのは熊谷ドームそばにあった1棟のみ。前年に台風で屋根が破損したことはあったものの、ハウスが丸ごとつぶれてしまうほどのアクシデントは、はじめてのことでした。

残ったハウスを今よりもっと良いものにしていきたいーー。そう考えた茂木さんの頭に浮かんだのは、2010年ごろから各地の大学で研究されていた「クラウン冷却」の技術。「クラウン」とは、イチゴの茎の根元部分です。新たな細胞を作る成長点があるため、クラウンを冷却することで花芽の分化を促進し、イチゴの成長をコントロールすることができるのです。

茂木さんがこの技術に注目した背景には、ある“課題”がありました。

茂木さん「私たちは、例年5月下旬に開催される熊谷B級グルメ大会の時期までの営業を目標にしています。

ところが、その際に課題となっていたのが、気温の高くなる3月以降にイチゴの品質が低下してしまうこと。気温が高くなることで、冬に比べてイチゴの色づきが早まることから、サイズの小さなイチゴができてしまうんです。

当時からイチゴの根の部分を暖めることでイチゴの成長を助けることは行なっていましたが、冷やすことはできていませんでした。そこで、クラウン冷却ができるようになれば、春でもイチゴの大きさや品質を維持できるのではないかと考えたんです」

できることなら、クラウン冷却を導入したいーー。しかし、茂木さんにはコスト面での懸念がありました。そんなとき、埼玉県の環境部から「コストを抑えながら、クラウン冷却を実現できるものがある」という話を聞いたのです。

春の時期に、こぶし大のイチゴが楽しめるように

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▲チューブにヒートクラスターで冷やした水を流し、イチゴのクラウンを冷却する

そのときに茂木さんが出会ったのが、ヒートクラスターでした。

ヒートクラスターは、既存の井戸から未利用の熱エネルギーを取り出し、ヒートポンプで冷暖房に利用しています。そのため井戸を新設する必要がなく、導入コストを抑えられることに加え、ランニングコストも安くすみます。

実は以前からハウス全体や土壌を暖める際にかかる「燃料コスト」を気にしていたという茂木さん。助成金がでることもあり、2015年の3月からヒートクラスターを導入。クラウン冷却への活用をはじめました。

その結果、苗の定植時期にあたる「秋口」と、気温が上がりイチゴの成長サイクルが変わる「3月以降」にクラウンを冷やすことで、イチゴの品質や収穫量のアップに繋がったのです。

茂木さん「イチゴは何もしないと、苗だけが成長してしまい、花芽が出ず果実が実らないことがあるんです。ところが、秋口にクラウンを冷やすことで、花芽の分化が促進され花芽が出なくなることがほとんどなくなりました。その結果、収穫量が増えたんです。さらに春先にクラウンを冷却することで、以前の同じ時期に比べ春先にワンサイズ大きいものが収穫できるようになりました」

その利点は、品質や収穫量だけにとどまりません。

茂木さん「これまで定植時に花芽が出ないと、手作業で株の植え替えをしていたんです。その作業が頻繁に発生していて……。でも導入後は花芽が出ないことがなくなったので、今までかかっていた費用や負担の軽減にもつながりましたね」

農業にかかる労働とエネルギーを削減した、次世代農業の実現へ

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▲クラウン冷却をはじめてから、イチゴ狩りが長く楽しめるように

ヒートクラスターを導入してから、いちごファームKumagayaへの来園者数は毎年増えています。もちろんすべてがヒートクラスターの効果とは断定できませんが、収穫量や品質がアップし、5月末までイチゴ狩りを楽しめるようになったことで、より多くのお客さんが集まったと茂木さんは考えています。

とはいえ、決して現状に満足することはありません。

茂木さんはすでに新たな取り組みをはじめています。そのひとつが「データやシステムのさらなる活用」。すでに埼玉県の農業技術研究センターと協力して、草丈や果実の花芽の進み具合のデータを収集しています。

茂木さん「データをとり時期ごとにイチゴの生育状況を確認していくことが、今後大切になると思っています。自分の感覚だけでなくデータに残すことで、誰がやっても同じようにできる可能性がでてくるんです」

近年は農場のICT化・IoT化も進み、農業の概念も少しずつ変化してきました。茂木さんも今後は農場のモニタリングや遠隔操作など「次世代農業」へ取り組むことを目指しています。実は今回ヒートクラスターを活用したことで、「農業をコントロールできる可能性」をあらためて感じました。

茂木さん「農業は製造業と違って、需要に対して柔軟に供給をコントロールすることが難しいですよね。ただヒートクラスターと出会ったことで、多少なりともコントロールできるんだと感じました。統合環境制御システムによって天候や生育状況に応じた最適な処置をコンピューター上で管理できれば、農業の負担もかなり減るのではと思うんです」

自然環境の変化や燃料費の高騰に生産量が左右されてしまうということは、現代の農業が抱える大きな課題です。その課題を解決するため、気候変動の影響を受けにくい仕組みや品種の開発など、さまざまな取り組みが行なわれています。

しかし、一つひとつ手作業で対応していては、負担が大きく安定した農業からは遠ざかってしまうのです。そこで、私たちが目指しているのは「地中熱ヒートポンプを活用した空調と環境制御」システムを通じて、農業にかかる労働の負担と化石燃料などのエネルギー消費量を減らしていくこと。また、年間を通じて高度で安定した生育環境を提供することで、収益性の高い農業経営環境を作るお手伝いをしていきたいと考えています。

これからの時代に合った「攻めの農業」の実現へ。――私たちは今後も挑戦し続けます。

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