トップダウンの体制やタスクの分断がもたらした停滞

▲今回の取り組みを経て作成された事業戦略冊子

エーピーコミュニケーションズ(以下、APC)は、『日本のSI業界を活気に満ちたおもしろい業界にすること』を目指すマルチエンジニア集団として、インフラストラクチャーの構築やシステム開発などに従事しています。

2017年までは社外取締役と代表取締役を軸とし、数名の執行役員で経営方針をつくっていたAPCですが、企業全体に関わる課題がいくつか浮き彫りになりつつありました。現取締役副社長の永江耕治は、当時の体制の問題点を振り返ります。

永江 「社外取締役は内部の詳細な状況までは把握することができません。執行役員はそれぞれの責任範囲を徹底するだけでお互いに関与し合わず、部分最適になっていました。つまり、会社全体を見ることができる人がいなかったのです。
うまくいっている部署は良いのですが、そうではない部署に対する組織的なサポートが十分できていませんでした。そういった部署では利益の減少や会社への帰属意識の低下、離職率増加などが顕著になってきたり、クライアントとのトラブルが発生したりするケースが出てきて、抜本的な対策の必要性を痛感しました」

こうした背景から、2018年4月より執行役員のうち数名が取締役となり、チーム体制で経営に挑む布陣をつくりました。企業全体の方針を相互で意識しようという機運が高まる中、中期経営計画で描く3カ年が新たに始まろうとしていました。

永江 「 2018年までの中期経営計画は抽象的で、たった 2ページの簡易なものでした。一部の部署の事業計画は冊子化するほど充実していたのですが、あくまでそれは部署内のことしか描かれていません。
この中期経営計画については、『会社としてどこを目指しているのかわかりづらい』という意見がありました。そこで、社員全員が当事者意識を持てる中期経営計画づくりを始めたんです」

今までトップが定め、抽象的な内容を伝えるにとどまっていた中期経営計画。その内容を刷新するために採用された考え方が、アジャイルです。

未完成のまま社員全員に公開した、アジャイル型の中長期経営計画

▲社員総会ではグループワークを実施し、β版に対する疑問や意見を出し合いました

アジャイルとは開発手法におけるひとつの考え方です。ひとつのシステムを開発するすべての手順をあらかじめ明確に定め、緻密なスケジュールを組んでプロジェクトを進行していくウォーターフォール型開発とは対極にあるものです。

具体的にはひとつの大きなシステムを小さな単位に区切り、それぞれ実装とテストを繰り返し、途中で発生する変更にも柔軟に対応しながらすばやく開発を進めていく開発手法を指します。

永江 「システム開発の現場でもウォーターフォールからアジャイルに移行するトレンドがあり、柔軟かつ俊敏な開発への関心は高まっていました。社内改革が進んでいた直近 2年は、業務内でも取り組みが進んでいたという背景があります。
その中で、中期経営計画の策定もアジャイル的に進めようという話が生まれました。役員だけでなく社員にも好感触で、新しいことに挑戦する高揚感がありましたね」

α版策定まで、まずは役員メンバー同士で約3カ月の議論を重ねました。その進捗は永江副社長が毎週配信していたWeekly Reportで共有され、徐々に社内の関心は強まっていきました。そして2018年9月、α版が社員に公開されたのです。

永江 「 α版は、あえて社長が話す言葉をそのまま書きました。私たちの狙いは、コミュニケーションや議論を呼び起こすことです」

Googleフォームを利用した実名制のフィードバックをはじめ、幹部合宿や個別説明会などでの意見も含めると、α版への意見は延べ121件集まりました。そして、役員は社員全員が見守る中で、そのすべてに返答していったのです。

永江 「今回公開された場で意見を求めたことで、普段は説明されない企業方針への細かな疑問点を解決する機会をつくれたことが最大のポイントです。中には辛辣な意見を述べる社員もいましたが、その方が意見への返答に対する関心も高い印象でした。
意見を出さなかった社員も、関心を持ってそのやりとりを見ていました。企業全体の方針を自分事として考えてもらえるようになったと思います」

批判を恐れず、粗削りの中期経営計画を全社員に公開したことで、全体を巻き込むコミュニケーションを生むことに成功したAPC。寄せられた意見に対して真摯に応えた役員の姿勢は、多くの社員の納得感を育んでいきました。

社員全員が当事者意識を持つための合理的な方法がアジャイルだった

▲企業理念は社員の意見を受け、思想はそのままに文言がブラッシュアップされました

グループワークなどの場も設けながら、できる限り多くの意見を集めたα版。その反響をもとにつくられたβ版、1.0版は、徐々にフィードバック数が減りました。最終的な中期経営計画ができるまでの期間は、約半年間です。

永江 「社員の納得度が増していくことを肌で感じられる半年間でした。主軸となる考え方や基本的な方針は変えていませんが、社員の意見を通じて私たちが気づかされる点もありました。
たとえば、 α版で用いていた『エンジニアファースト』という言葉は、エンジニア集団である私たちが社員を大切にする姿勢を表現したものでしたが、これに対して意外な反対がありました。エンジニア以外の立場の人々に目は向けていないのか?という声が強く上がったんです。そうした意見を受けて、最終的には『エンジニアを軸に考える』という言葉を採用しています。
考え方や表現の正しさは、時代や個々の立場によって変わりゆくものです。現状でお互いが理解し合うための最適解を、都度確認していくことの重要性を感じました」

もっとも意見が多かったのは、企業理念に関するものです。それは、シンプルにそぎ落とされた答えに対して、疑問を抱いている社員が多いことの裏返しとも捉えられるかもしれません。

永江 「取締役が理念を編み出すプロセスでどんな葛藤や発見をしたかは、社員一人ひとりに説明される機会がありません。そうした疑問点に答えることは、企業としての熱意や誠実さを社員に伝えることにもなりますし、相互理解にもつながります」

企業規模が大きくなればなるほど、企業方針の決定に関わらない社員の人数は増えます。心的距離が遠のいていく社員たちに働きかける方法として、中期経営計画は最適なものだったのでしょう。

永江 「管理職の人々がつくった目標をチームに伝える形の組織づくりをしてしまうと、社員一人ひとりの当事者意識は薄れます。一方で、方針を提示しなければ企業がどこを目指しているのか個々の社員は理解できません。
そのジレンマを解決するためには、役員メンバーが考えた粗削りな企業方針を見せ、社員全員と合意に向けたコミュニケーションを取っていく手段がもっとも合理的でした。半年間というコミュニケーションコストは、妥当だと思います」

主体的に意見を言い合う企業文化が、しなやかで強い企業を育む

▲金曜日の夜に開催される「内田Bar」では、いろいろなことを直接社長に質問できます

中期経営計画完成後の社内アンケートでは、計画策定のプロセスを高く評価する声が上がりました。また、社内コミュニケーションも、以前に増してスムーズになりつつあります。

永江 「今回の中期経営計画策定プロジェクトのほかに、同時進行でコミュニケーションを円滑にするための取り組みが進んでいました。
たとえば、毎週金曜夜に社内のカフェカウンターに社長が立ってお酒をふるまう『内田 Bar』は、酒を酌み交わしながら社長と社員、社員同士がコミュニケーションをする場として設けられています。 Slackなどのコミュニケーションツールでも、取締役と社員が直接やりとりできるチャンネルがあるんです」

しかし、どんなに制度や環境を整えたとしても、コミュニケーションに対する意識は個々で差があります。意見を自ら発することに抵抗のある社員が一定層いるのも事実です。あるイベントでは、普段意見を言わない社員に鑑みた匿名性のアンケートも実施しました。

永江 「最終的には全社員が意見を言い合える企業文化を育み、柔軟かつ俊敏な対応ができることが目標です。個々の多様性を生かした主体的な思考と行動が社内に浸透すれば、 APCは時代の変化に強い企業になるでしょう。
もちろん、それは数カ月で達成できる目標ではありません。一歩ずつ段階を踏み、相互に理解し合いながら、企業としての力を強めていきたいです」

コミュニケーションによって企業としての強さとしなやかさを手に入れようとするAPC。その姿勢を象徴する中期経営計画は、社員と役員が幾度となく意見を交わすことで生まれた未来への道筋です。これからもAPCは、その道筋の先に見える姿を目指して、社員一同進み続けます。