「部活動も就職活動も、妥協はしたくない」――サッカー少年の迷いと決断

大学生活を部活動に尽力する学生にとって、就職活動と部活動の両立は難しいとされています。2019年4月入社の藤井慎之輔は学生時代、サッカー部の中心選手としてプレーするなか、就職活動行っていたひとりです。自分自身が夢中になったことから就職活動を考えた藤井の進路選択に迫ります。
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“サッカーの人”になっていった少年時代

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サッカーが好きな父親の影響で、物心ついたころからボールを蹴っていた藤井。小学校1年生から地元・北海道のサッカーチームに所属し、徐々に頭角を現していきます。

藤井 「クラブチームは遠征が多く、中学校や高校では登校できない日も多かったんです。そのうえ、クラス内では大人しい性格だったので、 “なぜかわからないけどいない人 ”って思われていたみたいです(笑)」 

コンサドーレ札幌ユースに所属していた藤井。高校1年時には第20回Jリーグユース選手権大会に出場、主要メンバーとしてチームの日本一に貢献します。北海道のサッカーチーム史上初の日本一という快挙を成し遂げ、地元紙が一面でこれを取り上げました。 

 そこから藤井は、一躍スポットライトが当たる存在になっていきます。 

藤井 「地元紙の一面に使われた写真に自分も大きく写っていて、突然注目を受けるようになりました。 “なぜかわからないけどいない人 ”だったのが、突如 “サッカーの人 ”になってしまいました。それなのに、当時から僕は目立つのが苦手でして(笑)。 
今振り返れば、そのときの周りからの称賛は、自分が『多くの人に支えられてサッカーをやってきた』ということを強く感じるできごとのひとつになっていて、頑張ってきた理由にも繋がっていますが、そのときはただただ恥ずかしかったんですよね」 

高校生活もサッカー一筋だった藤井は、高校卒業を機に北海道を離れ、Jリーガーも輩出する関東の大学へ進学をしました。 

仕事をサッカーに置き換え、見えてきた自分のモノサシ

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▲22年間の人生の中で20年くらいサッカーをやっていたのではないかと振り返る藤井(中央)

大学卒業後の進路として競技者としての道も選択肢にあった藤井。しかし大学で3年目のシーズンを終えたころ、就職活動という言葉が頭をよぎります。

藤井 「プロに挑戦をしたいという想いもあって大学でプレーをしていたのですが、次第に自分にとってのプロ挑戦は、あくまで選択肢のひとつだと思うようになっていました。一方で就職活動は春から盛んになり、サッカー部の大会シーズンと重なります。 
体育会学生のために就職支援をしてくれるサービスもありますが、僕は企業探しも決断も自分自身でしたかったんですよね。それがひとつの選択肢であっても妥協をせず、あとから言い訳をしないためにも、自分で決断をしたかったんです」 

企業への就職を選択すれば、競技者としてサッカーをできるのは4年生のシーズンが最後になる。責任感も強く、自身が就職活動をすることでチームに与える影響は最小限にしたいと考えていました。 

そのため藤井は、冬のオフシーズンの期間でひとつでも多くの企業を訪問し、選考に進める企業は進んでいくことにします。そこで、はじめに藤井が行なったのは就職活動の“モノサシ”を決めることでした。 

藤井 「オフシーズンといっても練習があり、アルバイトもしなくてはいけないので時間は限られていました。そのため、訪問する企業を探す段階から、ある程度自分に合った企業を絞っていこうと思ったんです。 
多くの人に相談をしましたが、部活の先輩に言われた 『サッカー好きなんだから、仕事もサッカーに置き換えればいいんじゃない ?』という言葉が決め手になりました。
その先輩はサッカーの指導者として進路が決まっていて、それこそ就職活動経験はなく、なんとなく言ったひと言だと思います。なので僕も考えすぎはしなかったのですが、これがすごく腑に落ちたんですよね(笑)」 

企業を選ぶ“モノサシ”をサッカーに置き換え、サッカーのように夢中になれる環境を探そうと考えた藤井。そこから見えてきた自身が求める環境は、「挑戦的な風土」でした。

藤井 「 “働く環境 ”をサッカーチームに置き換えたときに、個人とチームが一緒に成長していこうというマインドを持った環境は、夢中になれると思ったんです。
『これをしていれば安泰』という考えではなく、常に新しい道を切り拓いていきたいんです。そういう環境は、負荷が少なからず自分にかかるとは思いますが、精神力や反骨精神には自信がありました」 

藤井は短時間でも参加できるインターンシップに参加をしていきました。シティクリエイションホールディングス(以下シティクリエイション)との出会いも、“ピザ”を食べながら、学生が社員へさまざまな角度から質問できる、座談会形式のインターンシッププログラムでした。 

そこで「挑戦的な風土」を目の当たりにした藤井はシティクリエイションの選考に進み、“プロへの挑戦も考えている”という条件のもとで内々定を獲得しました。 

「どうにかなる」とは限らない。体育会学生には早く行動してほしい

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藤井自身が想定していた通り、大会シーズンが始まってからの就職活動は3~4社しか選考を進めることができなかったと言います。部活の合間を縫って組んでいく選考スケジュールは、他の学生よりも遅くなり、内々定の返答期限を過ぎて内定が取り消しになるケースもありました。

そんな藤井は自身の就職活動を振り返り、後輩の体育会学生には「なるべく早く行動に移してほしい」と言います。その理由はスケジュール感だけではありません。 

藤井 「体育会学生にはよくも悪くも『どうにかなる』というマインドがあると思います。売手市場ともいわれていますし、自分にもそれは少なからずありました(笑)。
ただ、実際に就職活動を経験して思うのは“そう簡単ではない”ということですね。長期インターンシップや実践的なアルバイト経験をしている学生に比べて、体育会学生は社会人の視点が弱いのではないかと思っています」

社会人の視点が弱ければ、面接の内容は必然的に薄くなる。例として藤井は、企業が求める人物像とは何なのか、どんな長所を聞きたいのかといった、相手の気持ちがわからなくなることを挙げる。 

藤井 「僕は、早い段階で圧迫面接に出会い撃沈しました(笑)。そういったプライドを折られる経験をして、焦ることができたのがよかったと思っています」 

自分に足りない情報や観点を補うために、藤井は積極的に情報交換をしていました。体育会のコミュニティには自身と同じような環境を目指す人が少なかったため、アルバイト先など別のコミュニティの横のつながりを活用していたといいます。 

藤井 「面接で何回かの失敗を経験してからは、会社説明会で話される求める人物像や、面接で聞かれる自分の長所も、経験したことのない “仕事 ”や “会社 ”のイメージを空想上で一生懸命つくるのではなく、 “サッカーに ”置き換えることにしました」 

チーム内での自分の強みや、キャリアをどのように積み上げてきたのかをありのまま話すようにしていった藤井。面接官からの質問も、答えやすくなったといいます。

サッカーと同じような影響力を、今度は仕事で与えたい

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4年生として最後のシーズンを全力でプレーした藤井が最終的に出した決断は、サッカーを辞めることでした。

藤井 「多くのひとにサッカーを続けてほしいと応援していただき、僕を歓迎してくれるチームも紹介していただきました。両親からも “好きなことをしてほしい ”と言ってもらっていたのですが、最終的にサッカーを続けない決断をしました。
自分のなかに『プロにならなくてはいけない』という重圧が強くあることに気付き、心から好きだと思ってサッカーをやっていたころを思い出したら、 “ここまでなのかな ”と思ったんです。目の前の短期的な目標よりも、将来を見据えて新しい自分を探しに行ける環境に、ワクワクしている自分がいました」 

新たなスタートを切る決断をした藤井は、そのフィールドにベンチャー企業を選びました。2019年5月現在、既に営業として第一線に立ち始めています。 

藤井 「この会社でこれから身につけていく能力に、これまでサッカーから得てきたことを掛け合わせて、社会に対して何かしらの影響を与える存在になりたいと思っています。 
それを成し遂げたときに、今まで応援してくれたひとたちが『あれやっているの、藤井らしいよ』『サッカー辞めちゃったけど、頑張っているんだな』と、思ってもらえたらいいなと思います。それがここまで支えてくれた人々への恩返しになると思っているからです。
すごく抽象的なのですが、まだ具体的なことはわからなくていいかなと思っています。サッカーも目標は決めずに好奇心で始めて夢中になっていったので、具体的な目標はこれから探していこうと思います」 

社会人としてのキャリアは0から築いていくという意識のもと、またサッカーと同じような影響力を与えられる存在になるために、藤井の挑戦が始まります。 

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