18歳で起業をしたイケイケの大学生がベンチャー企業に入社して地域創生を志すまで

「何を目標として働くのか」──その問いに対して「会社経営」と「地域創生」を掲げる営業マンがいます。2012年6月入社の永森 貴博です。18歳で起業を経験した永森が、小さなベンチャー企業に入社をし、「地域創生」を志すまでの7年間を振り返ります。
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起業をしたのはアルバイトより“稼ぎたかった”から

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▲学生イベントのサークル運営もしていた永森(前列左から2番目)

地元・富山県の県代表でキャプテンを務めるほど、バレーボールに熱心な学生時代を過ごしていた永森貴博。大学でも強豪校に進学をしますが、その後バレーボール部を退部します。その理由は起業でした。

永森 「大学生は自由な時間をつくれても、お金がないので満足のいくように遊べないと感じたんですね。そこで、普通のアルバイトをするよりも何か稼げることをしたいと思ったのが、起業をしたきっかけです。『やってみないか?』とイベント関連事業の話をいただき、友人とふたりで始めました。当時は経済も経営もまったくわからず、ただ自分や家族のために “目先の収入 ”をとろうというのが目的でしたね」

こうしてイベントの設営や撤去、警備、グッズ販売などを請け負う事業を展開していった永森。スタッフの確保にオンラインコミュニティを使用し、安定的に案件を受注できるプラットフォームをつくりました。

しかし、順調な事業運営を行っていた永森でしたが、卒業後はその事業を続けずに就職をするという決断をします。

永森 「事業は安定していましたが、 10年後や 20年後の将来を考えたときの不安がありました。『経営者になる』というひとつの夢に関してはかなえていましたが、中長期的にみて事業を継続していける自信は一切持てず、逆に自分の未熟さを感じていたんですね。
就職活動は順調で、地元の大手企業からも内定をいただきUターン就職も考えました。ですが、若いうちからとにかく実践的な経験をしたいと思ったところから、新規事業の提案が可能なベンチャー企業に入社しようと決めました」

知人の紹介からシティクリエイションホールディングスグループ(以下、シティクリエイション)に出会った永森。事業の多角化をビジョンに掲げる環境で、若くして管理職に就くことと社内起業をすることを目標として、入社を決意しました。

挫折から学んだ「チームで働く」ということ

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▲自他共に認める永森の武器「屈強な精神」は、バレーボールの強豪校でつくられた

2012年6月、永森は株式会社グッドスタッフ名古屋営業所の人材開発を担う採用部門に参画します。しかし、永森を待っていたのは半年間の“伸び悩み”でした。

永森 「当時の名古屋営業所は古い小さなビルに入っていて、業務のスキームやノウハウもまったく決まっていませんでした。そのため、新人でありながら『小さな会社だなぁ』という印象をもっていましたね(笑)。
さらに『自分はできる』とたかをくくっていた部分があったので、結果につながらないことがあると、会社のせいや上司のせいにしていました。そのため、自分に原因のある問題点に対して、なかなか受け入れることができていませんでした」

この半年間を“最大の挫折”と話す永森。日々、全力で取り組んでいくものの、思うような結果を出せずに空回りをする日々が続きました。

永森 「半年経ったころ、さすがにこのままではまずいと思いました。そして、これ以上後がなくなったというときに、やっと自分を客観的に見ることができたんですね。そこから、自分の物事に対する捉え方と、上司の捉え方の違いにも気付くことができ、自分自身を変える努力をしようと思うことができました。

また、 『自分の発言が変われば、周りの動きや結果も変わる』ということにも気付きました。 “チームで働く ”ということが、どういうことかを知ることができましたし、自分が何をするべきかがわかりましたね。そこに気付けたのは当時の自分を見放さず、ひたすら向き合い続けてくれた上司の存在があったからで間違いありません」

永森の努力は徐々に形になり始め、チームにも相乗効果をもたらしました。その後、永森は名古屋の採用部門でリーダーを務めた後、中部地方での新たな事業拠点の立ち上げをきっかけに営業部へ移動。現場の第一線で営業活動を行いながら、その基盤をつくるため、ゼロからの仕組みづくりに日々、取り組んでいきました。

リーダーという立場を離れ、再びイチからの挑戦へ

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▲単調になりやすい業務を苦手と話す永森。日々“ゲーム感覚”を持つことを意識して目標に進んでいた

2017年8月、入社5年目になった永森は中途採用部に戻り、課長として中核を担っていましたが、そこで新たな決断をします。同グループで通信・インフラ業界の商材を扱う株式会社JSコミュニケーションズの、名古屋拠点の立ち上げに志願をします。

永森 「リーダーという責任のある立場でやりがいを感じて働いていましたが、 ゼロから拠点を立ち上げるということが、自分の経験にとってもキャリアにとってもチャンスだと考え、迷わず手を挙げました」

通信インフラの商材を扱うことも、アウトバンドテレマーケティングという仕事も未経験だった永森。1週間後には東京の拠点へ行き、イチから現場での研修プログラムを受けることになります。

永森 「またイチから現場に入ることに驚かれることもありますが、私の中で特に抵抗はありませんでしたね。 5年間従業員という立場で働いて、現場経験の大切さは強く感じていました。特に、リーダーとしては経験がないと話せないことや共感ができないことは数多くありますから、その経験はマストだと思っています。
また物事のネガティブな側面に目を向けるよりも、自分にとってポジティブなことに着目するようにしています。そして、決断する際には取捨選択を意識しています。この会社を選んでいるということは、この環境で学べることを全力で学ぶべきで、このチャンスを掴もうと決断したということは、断つものはスパっと断つべきだと思うんです」

通常2カ月スパンで覚えることを1週間でやるという目標を立てて習得していった永森は、2018年1月に名古屋営業所の立ち上げを行います。そして2018年3月には部署拡大に伴い、オフィスを移転。現在、約30名のチームになっています。

永森 「再び起業をしないのかと聞かれることもありますが、まだまだ自分には学ばなくてはいけないことがたくさんあると思っています。特に重要だと思うのは、 “仕事の進め方 ”です。シティクリエイショングループは年齢や勤続年数に関係なく、実力で責任のある立場を任せていく環境で、若くして経営者層に加わっている人も多くいます。その仕事を目の前で見て、アドバイスをもらって思うのは、個々の “尖り ”を発揮して活躍している人が多いということです。
事業統括本部長の『仕事の繊細さ』や取締役の『目標に対しての進め方』など、一緒に働く人から日々学ばせていただいています。それを自分のものにしていこうと、今は努力をしています」

立場が上がっていくことで、徐々に変わっていく観点や仕事の進め方を自分に取り入れていく永森。現在の目標であるJSコミュニケーションズの執行役員を目指して、最短・最速ルートを選択していきます。

“稼ぎたい”から始まったキャリアは、大きな使命感へ

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▲名古屋拠点の仲間と

2019年7月現在、名古屋拠点の管理だけでなく、新サービスやパートナー企業の新規開拓営業も行っている永森。“稼ぎたい”という想いから始まったそのキャリアですが、現在は「事業拡大」と「地域創生」が大きな使命になっています。

永森 「 JSコミュニケーションズの通信・インフラ事業は、客観的に見ればグループ内ではまだまだ新しい事業で、これまでの約 5年間はゼロから営業ノウハウを構築してきたという状態です。私はこの拠点拡大をひとつの転機と捉えていて、ここから次のステップへ進んでいきたいと考えています。
具体的には、この営業ノウハウを生かしつつ、さまざまな業界やサービスへ展開を広げていくことで、会社としての可能性を広げていけると考えています」

永森はさまざまな交流会やイベントを通して企業との接点をつくり、そこからパートナー企業との提携をつくっていきました。また、学生時代に培ったノウハウも生かし、自身で交流会イベントの企画も行っています。

永森 「中部地域の経営者の方と話す機会をたくさんいただき、さまざまな “想い ”を知ることができています。その想いと、自分の富山出身で大学から今まで愛知に住んでいるというルーツも重なりました。そこから地域創生に重きを置きたいという想いが強くなりました。

単にお金や雇用をつくるといった地域創生だけではなく、当社の事業の強みを生かして、パートナー企業の課題解決やその業界の活性化、そこからの地域創生という大きな連鎖をつくっていきたいと思っています。それが可能になるのが、今後の当社だと思っています」

「さまざまな自己実現をかなえられる環境で、自分が先陣を切って成功例をつくっていく」──自分と同じような夢を持つ後輩社員の目標となるべく、永森は進み続けます。

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