山あり谷ありの学生生活

中学受験経験者、高校は中退。最終学歴は美大卒。

この一行で一筋縄ではいかなかった米谷の人生が、垣間見えるのではないでしょうか。

米谷 「中学受験を経験していると『優等生だったんだね』と言われることがあります。でも、私自身は優等生とはほど遠い学生生活でした。バランスよくできるタイプではなく、だからといって何かに秀でているわけでもない。

中学校は進学校に進んだものの、内申点が低すぎて、そのまま附属高校に進学できないことがわかり外部受験。猛勉強して有名大学までエスカレーター式に進学できる高校に入学できたにも関わらず、課外活動を楽しみすぎて『行きたい学部に行く』という選択肢がなくなってしまったんです」

行きたい学部に行けないなら、この高校にいる意味がないと感じた米谷は、2年生を2回経験した時点で高校を中退。1年ほどはいわゆる“引きこもり”。

米谷 「高校を中退したものの、いずれ勉強したくなるだろうなという感覚や、おぼろげではあるものの工学やデザインに興味があることは感じていました。それをどこで学ぶかと考えていたときに、偶然、多摩美術大学に新しい学部ができることを聞いて、大検を経て受験することを決めたんです」

当時、インターネットが普及し始めて、報道や個人間のコミュニケーションの在り方が大きく変化していくのではないかと考えていました。新しい形で人と人をつなぐテクノロジーに、デザインの力が必要なのではないかと思っていたところに、情報デザイン学部というぴったりな学部に出会った、と米谷は話します。

米谷 「大学の授業は、今でいうPBL(Project Based Learning)が中心でした。

授業を通じてみんなでつくりたいものを完成させるのに、何が必要なのか、自分には何ができるのか、を考える思考回路が身につきました。また、チームで何かを解決することってすごく楽しいなと感じたんです。それが今のキャリアにつながっていると思います。

今振り返ると、周りはグラフィックなどのデザインが得意な人が多かったので、結果的に自分はプログラミングを担当することが多かったですね」

Classiとの出会いは偶然、PdMへの道は自分で引き寄せた

当時デザイン系の花形の就職先は広告や家電メーカーでしたが、米谷は、受託を中心としたWeb制作会社に入社しました。

米谷 「新卒で就職した制作会社では新規事業系のプランナーを1年半、その後約1年はフリーランスのUIデザイナーを経験しました。いろいろな経験をした上で、あらためて自分が何をやりたいことを考えてみると『エンジニアと一緒に働きたい』という考えにたどり着きました。それにプラスして、日常的に使える身近なサービスをやりたい、と」

そのタイミングで、ある企業のエンジニアである社長が、デザイナーを募集しているとブログに書いていたのを発見。米谷はそれを見て『エンジニアと働けるチャンスだ!』と思ってすぐに応募し、採用されました。

米谷 「そこでも受託系の仕事をしていましたが、『Google Maps』に活用されたことで話題になった『Ajax』という手法の知見があることで注目されて、大手企業の新規事業立ち上げを手伝うようになりました。

ターニングポイントとなったのは、当時話題となった共同購入型のクーポンサイトを1カ月半で立ち上げたことだと思います。私自身サービスを素早く立ち上げるのは得意ですが、大手企業からしたら、びっくりすることの連続だったようでした。そこをスタートとして、その企業に業務委託として関わらせていただきながら、UX系の部署の立ち上げや人材育成も手伝っていました」

ひとつの会社に属しながらも、業務委託としてさまざまな企業に関わっていた米谷は、2016年ごろからClassiにも業務委託として関わっていました。

米谷 「仕事で関わったエンジニアから声が掛かり、UXデザインのアドバイザーとして、週1くらいでClassiに来るようになりました。そのときには、UXデザイン部の立ち上げが終われば私の出番もおしまいかなと考えていました。

ところが、ここで大きな転機がありまして。私が『インスパイアド』というプロダクトマネジメントに関する本を読んで、その感想をSNSに書き込んだら、それをClassi の代表の加藤が読んで、Classi初のPdMをやらないかと声を掛けてくれたんです。

私に足りないものというのは『自分の強い想いを入れ込めるか』という点だと自分で考えていて。それまでClassiを見てきた中で、保護者に関するサービスも大事なんじゃないかという想いもあったし、自分が保護者になって、学校と保護者間の課題感はわかっている。

自分が実現させたい世界観を立ち上げられると思えたことが後押しとなって、ClassiでPdMにチャレンジすることを決めました」

PdMとして考えていること

2018年にClassi初のPdMとして、教育業界に携わることになった米谷は、その可能性をこう考えています。

米谷 「たとえば、今、私が関わっている『Classi欠席連絡機能』でいうと、学校と保護者をつなぐ連絡網は驚くほどIT化されていません。なぜ私が子どものころからほとんど変わっていないのか、それを変えていきたいし、学校の課題と寄り添うClassiなら突破できるんじゃないかと思っています」

また、ClassiのPdMはハブ的な存在で、チームにいる各分野のスペシャリストを先導しながら、他部署やユーザーとの橋渡しをして意思決定をするのが仕事だと米谷は言います。

米谷 「PdMとして大事にしていきたいことは、『やるべきことをやる』『いろいろな情報を咀嚼して、解像度の高い世界を描く』ことでしょうか。PdMとして、物事の優先順位のつけ方は、今足りないものや今やるべきことは何か、それを考えて判断していきたいし、目指しているゴールに対して、あらゆる手段を取っていけるかが大事だと思います」

さらに、教育業界でPdMとして働く葛藤や、若手のPdMに求めるものついて米谷はこう語ります。

米谷 「業界の特性として、ビジネススピードはゆっくりかもしれません。簡単に変えることができない業界で、何かを変えるには、壁にぶち当たるのが当たり前です。その壁を乗り越えて環境を変える前提で行動するしかありません。計画通りにはいかない、だからこそ軌道修正できるPdMが必要なんです。

PdMとしてビジョンを見せることも大事だけど、知らないことを楽しめる方が良いと私は思います。スキルより、マインドセットが大切な職種なんです。私は、エンジニアやデザイナー、ユーザーとの会話を楽しめたり、自分が持ってないものを持っていたりする人と仕事をするのが好きです。そうやって会話をすることで自分自身の引き出しも増えてくるような気がします」

教育の今後──米谷がかなえたい世界とは

端から見ると、「学校」というコミュニティ以外で自分のやりたいことを見つけた米谷が、なぜ教育業界を働く場所として選んだのでしょうか。

米谷 「私が『得手、不得手が極端』なように、いろいろな子がいます。その中で、画一的な価値観や学校にフィットしない子たちを救いたいという想いがあるんです。具体的には、『良い大学に行くことがすべてではない』という価値観を浸透させたり、『たとえ、学校をドロップアウトしても大丈夫。自分次第で這い上がれる』と思えるようにしたりしていきたいんです。

私自身は、遠回りをしたけど、自分で学びたいことを見つけて、今やりたいことだけしていたら、天職を見つけられました。他の人とは違う道を選ぶ中で、諦めるのとは違って、自分自身を知って、生きる場所を自分で見つけ出すことができたのも、私が身につけたスキルかもしれません」

子どもの可能性は無限に思える一方で、今の世の中には、実は選択肢が少ないと話す米谷。そんな状況を変えていきたいと思っています。

米谷 「子どもは親を選べないし、学校や先生も選べないことが多いんです。そんな環境をどうやったら変えられるのか考えていました。

実は、自分が保護者になって、意外に学校という存在は近いようで遠いと感じたんです。保護者がICTを活用して、学校とのつながりが深くなれば、学校での子どもの状況だったり、先生たちの想いや取り組みだったり、いろいろな情報にアクセスできるようになります。その連鎖によって、子どもがさまざまな選択肢を選べる環境にしていきたいです。

私は、子ども自身を変えたいとはまったく思いません。大人・子どもを問わず、人を変えることはできないし、それは強制になってしまうので。だからこそ、子どもの取り巻く環境を変えることで、選択肢を増やし、視野を広げてほしいと思います。『教育』を変えたいというよりも、『教育の環境』を変えていきたい。そのために、今自分が成すべきことを成す。それだけです」

やるべきことを見据えて成すべきことを成す。その先に自分がかなえたい世界がある。

そんな想いをもった米谷が担当するサービス「Classi欠席連絡機能」が、ついに4月から提供スタートします。彼が、今後どのようなプロダクトを生み出すのか、PdMとしてのチャレンジは、まだまだ続きます。