「超満足できる環境にしかいたくない」――アカデミックとクリエイティブ、ふたつの柱

統計学を専門とする数のスペシャリストでありながら、Webディレクターを務める滝田潤。当社1人目の社員である彼は、アカデミックとクリエイティブのふたつの視点を持つ人物です。「専門家としての誇りもあったが、クリエイターへの憧れの方が強かった」という滝田の歩みと、やりがいを探ります。

クリエイターへの憧れ

▲クリエイターズネクスト1人目の社員として活躍する滝田

Webサイトのアクセス解析&改善レポートを自動生成してくれるツール「KOBIT(コビット)」。

“月末の徹夜からはもうおさらば。”というキャッチフレーズで、レポートづくりに追われる担当者に時間的な価値を提供し、より良いアイデアが生まれやすい環境を創造するというミッションを担う同システムは、現在急速に成長中。

海外展開に向けて本格的な準備段階に入っています。

この「KOBIT」のプロトタイプを制作したのが、当時東京工業大学4年生だった滝田潤でした。

出身は福島県郡山市。現在はクリエイターズネクストのWebディレクターとして、会社と人をつなぎ、それぞれの個性を活かした記事を送り出しています。

そんな滝田のクリエイターとしての原体験は、中学3年の頃まで遡ります。

滝田 「もともと文章を書くことをはじめたのは小学 4年生の頃でした。ゲームやマンガの二次創作として文章を書いていましたが、こだわりが強く泣き虫だったので、よく理想通りに仕上がらないと不甲斐なさや悔しさで泣いていましたね」

転機となったのは中学3年の時。滝田は、『久米賞』という、郡山市在住の中学3年生のみが応募できる文学賞に応募しました。

滝田 「その頃まで相変わらず文章を書き続けていました。久米賞というのは、中学 3年生しか応募できないというものだったので、ほとんど記念のようなつもりで僕が執筆し、父が編集者になって応募してみることにしました。
1カ月ほどかけて書き上げると、その作品が久米賞を受賞。これが僕にとって、初めて自分の作品が人に認めてもらえた原体験です。凄く嬉しかったです。ここでクリエイターへの憧れが生まれました」

兄と父の影響もあり、マンガとゲームが大好き。幼い頃から、「モノづくりを通して、人に何かを伝えられる人」に対する憧れを強く持っていたのが、滝田潤という人物です。

知識欲を満たす場として選んだWebの世界

▲当時大学4年だった滝田が作成したKOBITの設計案

真面目で“超”成績優良な学生だった滝田の学業は安定。大学院進学の準備も順調に進んでいました。

そんな滝田は他の学生が進路に悩み始める大学3年の春休みに、「学業以外に何か新しいことをしたい」とアルバイトを考えはじめます。

滝田 「『ほぼ日』のサイトが大好きだったんです。最初は何気なく読んでいましたが、次第に毎日もの凄く深いことが書いてあることに気づき、そこからはもう本当にファンになりました。
加えて、『ほぼ日』のコンテンツが現場連動型であることにも魅力を感じていました。
また、当時学生だった僕は『ポリタス』というインタビューベースの政治メディアもよく読んでいました」

こうしたコンテンツを通して、Webを身近に感じていた滝田は、「Web関係の仕事をしようかな」と考えはじめます。それなら裁量を出せる「ディレクター職」がいい、と探す中、ここで代表の窪田望と出会います。

滝田 「面接というよりも面談という雰囲気でしたね。窪田さんは、僕の研究分野や僕という人間にも興味を持ってくれ、いろいろと話をしました。
その面談の中で特に印象に残っているのが『自分をラッキーだと思うか』という問いです。僕は『はい』と答えました」

こうして滝田は、大学4年時に窪田の元でインターンを開始し、さっそく自身の専門分野の知識をフルに使える大きなミッションを受けます。それが「KOBIT」のシステムの仕様を書くというものだったのです。

刺激的な業務と同じくらいかそれ以上に滝田の心を掴んだのが、窪田の仕事へのスタンスとマネジメントでした。

滝田 「『この人はムリをしない人だ』と思ったんです。自分がムリをしないということは、他人にもムリをさせないということ。
窪田さんのWeb解析士としての実績や知識はもちろん、そのスタンスにものすごく好感を覚えました。『あ、クリネクは人の得意や好きを伸ばす会社なんだ』と確信を持ちましたね」

それから大学院に進学する一方で、インターンも引き続き継続。そして卒業後、滝田は同社に入社しますが、このまま専門分野を究めるのか、自分のやりたいことに挑戦するのかーー今後の自身のキャリアを考え、悩んだ時期もありました。

滝田 「アカデミックの世界にも、もちろんやりがいを感じていましたし、専門家としての誇りのようなものも持っていました。
けれど、自分が『やるべきことがどれだけあるのか』と考えたときに、クリエイティブの分野での方が自分の力を発揮できるのではないかと思いました。あと、クリエイター気質への憧れというものも抱き続けていましたしね」

自分ひとりの力はとてつもなく小さい

▲クリエイティブ局長として業務について話す滝田

クリエイターとしての滝田はふたつの相反する欲望を胸に秘めています。

ひとつは「自分の手で自分にしかつくれないモノをつくり、人を驚かせたい」というもの。もうひとつは、「他者の力を借りて、マッチングによる化学変化でベストなクリエイティブを発揮すること」だそう。

滝田 「やるからにはめちゃくちゃいいモノしかつくりたくないし、自分自身も超満足できる環境にしかいたくないんです。
僕は入社前に、少し悩む時間をもらいましたが、自分を求めてくれる環境はやっぱり居心地がいいもの。そういう場にいられること自体にも価値を感じられています。
僕が担う Webディレクターというのは、いわば Hubの役割。お客様の話を聞いて、どういう人が動けば価値になるかと考える。そして、お客様や案件ごとに最も良いライティングができる人などパートナーさんを見つけて会社と人をつなぎます。
まるっきし自分のクリエイティブではなくなるのかもしれませんが、オーダーメイドだからこそ発揮できる個性は間違いなくオンリーワンのクリエイティブにつながると思うんです。そこに自分が介在しているということは大きなやりがいですよ」

滝田のこの思想にはかつて愛読していた「ファミ通」のコラムの文にあった「自分ひとりの力はとても小さい」という1文が影響しているといいます。

滝田 「動いていくと『これは奇跡?』というマッチングや作品に出会うんです。そういうのも、とても面白いですね」

5年後もこの会社で、より大きな仕事を。

▲4半期に1度のビジョン共有会で、業務に込めている自分の想いを語る様子

25歳の滝田は、これからのライフプランを次に語ります。

滝田 「 5年後も僕自身この会社で活躍し、会社自体はもっと大きくなっていてほしいですし、もっと大きくしたいと考えています」

“つなぎの無い組織”と滝田。その意味は、社内のどんなメンバーの組み合わせでも、新たな化学変化が起こると言います。

お客様の魅力を伝えるために、Webやコンテンツを制作。「人生をかけて仕事に向き合っている会社に対して、発信し切れていない魅力をすくい上げて、広く伝える」というのは、もちろん決して簡単ではありません。

滝田 「本質を探るためには、とことん人と向き合うこと。それこそがクリネクの武器であり、スタンスであり、僕が最も価値を感じている部分です。この辺りが、深いクリエイティブの理由にもつながっているんじゃないかな。
僕自身は専門知識をもっと活用したいですね。そして、良いクリエイティブに導くディレクターと、専門知識をフルに使ったマーケターとしての役割を両立して両方できるヤツになりたいですね」

クリエイターズネクストの快進撃はまだまだここから。根拠となる数値を淡々と導く滝田の知識とスキル、そしてディレクターとしての嗅覚……。私たちは、つくって楽しい、公開して(制作して)喜ばれるクリエイティブをこれからも生み続けていきます。

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