珈琲のチカラを信じて。大好きな場所で、これからのカフェ文化を担う発信基地となる

2015年10月。ネルドリップ珈琲の専門店「coffee 5」は、大分県佐伯市でオープンしました。佐伯市は大分県の南東端に位置し、海や里山のゆたかな資源に恵まれた土地です。地方で「全国から人が集まる場をつくる」ことを目指して生まれたカフェの、ちいさくて大きな「はじまりの物語」をお届けします。      
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「生み出す楽しみと、伝える楽しさ」を味わいながら生きていきたい

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「coffee 5」店主、内田豪は佐伯育ち。祖父の田んぼだった土地で、“昔ながらの喫茶店”のような「入りにくそうだけど、扉を開ければほっとできる」心地のいい空間を提供しています。

サーブする珈琲の仕入れ、選別、焙煎、抽出までの全工程を、内田がすべてひとりで行なっています。 それぞれの工程は、大手コーヒーチェーンでは決してマネできない繊細さに支えられています。

例えば、選別は、生豆のときと焙煎後に2度行い、焙煎は豆の品種、状態に合わせて、フルシティからフレンチまで、20分ほどかけて深煎りに……。

抽出は手製の枠に手縫いで成形したネル生地をかぶせて、じっくりと淹れていきます。 選別で「渋み」を除き、焙煎で「香り」を引き出し、そして抽出では「口当たり」を整える。

そうして仕上がった一杯を、佐伯の自然を眺めながらゆったりと味わえる。そんな体験ができるのが「coffee 5」の魅力です。

内田がはじめて珈琲と出会ったのは小学生時代。佐伯には、今年で40周年を迎える「カフェ・ド・ランブル(以下、ランブル)」という老舗の喫茶店があります。父親に連れられよく通っていた「ランブル」で、マスターが珈琲をドリップする姿を、内田はいつもカウンター越しに眺めていました。

その記憶が原点となって生まれたのが「coffee 5」です。ここは、内田がこれまでの人生で体験してきた「おいしさ」「たのしさ」「なつかしさ」のドットをつなげて生まれた味わいを、一杯の珈琲を通じて表現する場所です。

内田「小学生のときから珈琲が好きだった、というわけではないんです。むしろ大人になってからも、珈琲にはそれほど興味はなくて……」
高校時代に音楽と出会いバンドをはじめ、仲間と上京したのが24歳のとき。東京では、駄菓子の小売会社で働きながら、夜はバンド活動を続けるパラレルキャリアの道を歩みます。

内田 「バンドも仕事も本当に楽しかったですね。『いったい何がそんなに楽しかったの?』と聞かれたら、自分の心が感じたものを、生み出す楽しみと、生まれたものを表現する楽しさでしょうか。 駄菓子屋の仕事でも、集客のために、オリジナルのお菓子の袋詰めを作ったり、金魚すくいを企画したり、自ら店頭に立ちました。すると、子どもが僕の顔を見に来てくれるようになったりして。 誰かひとりでも自分が表現したものを『いいな』と共感を持ってくれるなら、それはやりがいになるでしょう。そして、それは自分の中の楽しさに合っている。そこに気づけた時間だったと思います」
そんな内田が珈琲に興味を持ったのは、バンドのメンバーが凝りだした姿に感化されたから。ちょうどバンドも仕事もうまくいっていた時期でした。見ているうちに、自分でも淹れるようになったそう。

転機が訪れたのは27歳のとき。そろそろバンドを解散し、それぞれが自分の道を探そうかというタイミングでした。

自分でドリップするようになったとき、不意に、内田は佐伯「ランブル」のマスターの姿を思い出します。一杯の珈琲に対して真摯に向き合いドリップする、雰囲気のいい佇まい。幼い頃に見ていた「ランブル」の風景と再会し、これから何十年かの自分の人生において、何かひとつ取り組むなら、珈琲を学びたいと考えるようになりました。

実は「ランブル」の本店は銀座にあります。102歳のマスターがいらっしゃる、珈琲だけのお店です。ちょうどこの時期、内田は銀座「ランブル」へと足を運びます。そこで注文したカフェ・オ・レの味わいに、心をつよく揺さぶられたといいます。

内田「ストレートの珈琲はもちろん美味しいのですが、カフェ・オ・レでこんなに感動したのは初めてで、メニュー表記を見てさらに運命を感じました。メニューにはナンバーが振られていて、カフェ・オ・レはNO.5だったんですね。私の名前が”ゴウ”なので、昔からよく使う数字だったのもあって。見た瞬間、自分のお店のイメージがぱっと浮かんだんです。そこがスタートでしたね、自分で喫茶店をやろうと思ったのは」

「好きだから」以上に、強い動機は見当たらないと教えてもらった

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故郷の佐伯に戻って「coffee 5」を始める決断をするまでに、3人の先駆者との対話がありました。佐伯「ランブル」のマスターである河原和雄さんと、埼玉県川口市にある「Senkiya」の店主である高橋秀之さん、そして栃木県那須塩原市で「1988 CAFÉ SHOZO」を営む菊池省三さんです。

20代の半ばから「いつか佐伯に帰るだろう」とは思ってはいたものの、今すぐ生活できるかというと、そのときは難しかったという内田。

一度都会に出た人にとって、田舎に戻るのはなかなか勇気のいる決断かもしれません。

内田「戻ろうと思えた理由のひとつは、珈琲に興味を持ち始めたときに、改めて佐伯「ランブル」の珈琲を飲んだこと。こんなに美味しい珈琲が地元にあるなら、佐伯に帰ってきて勉強したほうが自分の人生を賭けられると思いました。あと、祖父から譲り受けた土地も見に行って、小学生の頃の面影が失われていて衝撃を受けました。この先、何十年か後に帰りたいと思ったとき、自分の好きな居場所がなくなっていたら怖いなと……。同世代にもいつかは佐伯に帰りたい、と同じような思いを抱く人がいて、だったら僕がみんなを迎える場をつくって、待っててあげられたらいいなって思ったんです」
その思いを後押ししてくれたのが「Senkiya」の高橋さんでした。川口で生まれ育った高橋さんは、家業の植木屋だった一軒家をリノベーションしてカフェをはじめた人。高橋さんが「なぜ佐伯でお店をやりたいの? 」と内田に問いかけました。

内田「″なぜ?″ そこには理由が必要だったんですね(笑)。黙りこんでしまったんですけど、考えれば考えるほど、シンプルな答えしか出てこなくて、『ここの場所が好きだから』と答えたら、高橋さんに『それなら大丈夫だよ』と言ってもらえたのがすごく印象に残っています。単純に佐伯が好きで、あの場所に帰りたいし、あの場所でお店をしたいのだなと確認できた瞬間でしたね」

これからのカフェ文化を引っ張っていくために「自分の味」をつくる

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その後高橋さんの紹介を受けて、内田は栃木県の「1988 CAFÉ SHOZO」の菊池さんを訪ねました。1988 CAFÉ SHOZOは、1980年代から関東圏でカフェ文化を引っ張ってきた立役者です。

内田が「ランブルの珈琲が好きなんです」と告げると、菊池さんからは「ランブルの珈琲を追い求めてるだけではだめだよ」と思いがけない言葉が返ってきました。

内田「僕の好きなランブルの珈琲は、102歳のマスターが自分の味を求めた結果なんですよね。だから同じように、自分の味を求めなくちゃいけない……。省三さんの話で、『今度は自分がランブルのような存在になる番なんだ』と気づかされました」
その姿勢だけはしっかり持とうと、内田は佐伯「ランブル」で勉強をはじめる際に、カウンターには入らず、豆の仕入れから焙煎までの「珈琲を淹れる手前のプロセス」に絞って教えてもらうことに決めました。

内田「マスターの実家の焙煎室で、実際に焙煎されている姿を拝見させていただいたときに、改めて自分の味を追求していこうと思いました。でも珈琲のことは無知だったので、河原さんからは、これまで重ねてきた経験の言葉をたくさんいただきました。今でも迷いそうになったら、ランブルのカウンターに座って、子供の頃に眺めていた景色を感じにいきます」
こうして、3人の先駆者から教えを受けて、2015年10月、ついにオープンした「coffee 5」。ランブルの伝統を重んじながらも、“自分の味”を追い求める、内田の夢がつまったカフェです。

佐伯から広げる!一杯の珈琲を軸に、人がつながる文化基地

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現在coffee 5で提供する珈琲は、オリジナルの味わいを実現しています。手間ひまかけた手作業の価値が裏付けられた、自信を持って差しだせる「おいしさ」。今は、佐伯を中心に、市外からもリピートしてくれるお客様が増えています。

これからは、多様な文化、世代を巻き込んで「一杯の珈琲を軸に、人がつながる文化の中心となる基地をつくる」ことに取り組みたいと考えています。

その原点は、いつも人が集まる場所だった内田の実家。特に祖父は人とのつながりが強くて、いろんな人と仲良くなっては家に連れてきて……。そんな人を迎える「たのしさ」をcoffee 5で再現する気持ちでいます。

たとえば、佐伯の外からも人が訪れて、さまざまな表現が生まれていく場所。ここには店舗の両面に庭もあるし、カウンターとは別に独立したキッチン、壁の取り外しができる個室もあります。

内田にとっての「珈琲」のように、それぞれの人が「自分の好きなこと」を表現できるイベントを行って、それを通じて人のつながりをどんどん拡げていきたい。

内田「好きってことには、すごくパワーがあると思うんです。こんな田舎だけど、佐伯以外からもたくさん人が集まってくれる。それには好きなことにこだわって、真摯に向き合うことが必要だし、まず、自分が楽しんで伝えないと、相手にも楽しさは伝わらないでしょう。場所があって、人が集まって、コミュニケーションが生まれて、そこから文化ができる。だから、ここをたくさんの人の出逢いの場所にしたいんです」
内田が幼い頃から佐伯「ランブル」に通っていたように、子どもにも大人の空間を見せて、進学や就職で佐伯を離れたとしても、いつか「あの場所に帰りたいな」と思い出の中で「なつかしさ」を感じる場所。

そして、 ゆくゆくは都会から人が来て、ここに住みたいなという雰囲気まで持っていきたい。佐伯で生まれる「ゆたかさ」を伝えていきます。

内田「たかが珈琲なんです。でも、僕は珈琲が好きで、珈琲のことしかできないのかもしれない、だから、今日も一杯の珈琲のチカラを信じて注ぎます」
それが「coffee 5」が佐伯で「カフェをつくる価値」なのだから。

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