「警戒」を「信頼」に変えるべく、捨て身で現場に飛び込む

▲マネックス証券時代の森山

私は、コインチェックがマネックスグループ株式会社の傘下に入った直後の2018年5月に人事部長に着任しました。当初は、社内の体制強化に向けた人材採用や制度の導入など着手しなければならないさまざまな課題がありましたが、もっとやるべきことがあると感じました。

というのも、正直、コインチェックがマネックスグループの傘下に入ったばかりで、社員の中にはマネックスがどんな会社か、わからず不安になっていた人もいるかと思います。

そんな中で、親会社からから出向してきた私は、コインチェックのメンバーから歓迎されていると言える状態ではありませんでした。

それに加え、私は人事のスペシャリストではありませんでした。2006年にマネックス証券に新卒で入社してから、カスタマーサポート、企画開発 、マーケティング、オペレーション、副社長補佐などのさまざまな業務を経て、人事部に配属されたのは2017年。その1年後にコインチェックの人事部長になったので、なんと人事としての経験は1年程度だったのです。

当時、事業を再建するために体制強化をしていかなければならない大きな局面を迎えていたコインチェックのメンバーが、不安を感じるのも正直無理はありません。だからこそ私は、「ここでダメならマネックスには戻らない」という捨て身の覚悟でこれまでのやり方にこだわらずやろうとコインチェックに飛び込みました。

まずは、何よりもチームである人事部のメンバーの信頼を早く得ようと、コインチェックが大事にしている「オープンなコミュニケーション」を意識し、自分が持っている情報や考えは包み隠さず伝えるようにしました。

また、コインチェックの企業文化や価値観への理解を深め、それらを尊重した意思決定をするよう心がけていました。人事制度は、企業文化や価値観に合わせて考えることも大切で、たとえ親会社だからといっても、マネックスグループの人事制度をそのまま導入してもうまくいくとは限りません。そのため、まずは自分自身の理解を深め、実践するようにしていました。

その結果、徐々に人事担当役員や人事部のメンバーの雰囲気が変わっていきました。3カ月ほど経ったころには、人事担当役員が持っていた責任の重い仕事も徐々に任せてもらえるようになり、信頼関係が高まってきた感覚がありました。やっと「自分はここでやっていけるかもしれない」と感じた瞬間であったと同時に、コインチェックの新たな人事制度づくりに本格的に注力できるフェーズになったと身が引き締まる想いでした。

失敗から学んだ

当時のコインチェックは、体制強化に向けて2018年度中に100名程度を追加採用しようと動き始めていました。

これまでは小規模な組織だったため、役員から社員一人ひとりに目が届き、双方のコミュニケーションである程度納得感のある人事評価を行うことができましたが、年間100名程度を追加採用し、組織をつくるとなるとそうはいきません。役員、部長、リーダー、メンバーといった様々なレイヤーの社員が関わる中で、できるだけ正しく評価でき、またその評価に対して納得できる人事制度をつくらなくてはなりません。加えて、事業再建のための組織拡大と社内の体制構築を行うため、新たな人事制度を約2カ月でつくらなければならない、大変切迫した状況でした。

人事は「経営者の視点」と「社員の視点」の両方が求められる仕事で、事業の拡大に向かって社員がよりパフォーマンスを出せるような制度を構築・運用するとともに、その制度に対する社員の納得感を高めなくてはうまく機能しません。それには、経営陣の対話や社内への浸透のための施策など、ある程度の時間が必要です。

幸いにも、チームメンバーに他社での人事部長経験者やコンサルティングでの知見を持った優秀な社員がいたおかげで、まずは人事制度の大枠を導入し、コアとなる評価制度や報酬制度の部分は半年後に実施するという2段階の対応構成とすることで、なんとか2カ月後に大枠の人事制度の試験導入を開始し、半年後に新たな人事制度を本格導入するところまでこぎつけることができました。ところが、いざ、半年後に本格導入を始めようというところで大きな問題が起きてしまいました。

新制度は、1年程度のスケジュールで実施するのが望ましいところを、半年の期間で実施していました。納得感を十分に醸成する前に完成版のリリースをしたものですから、社員から様々な批判を受ける結果となってしまいました。原因は、社員への説明不足にあったことは明らかでした。コインチェックのメンバーは自らが納得して動くということを非常に大事にしています。

そうすることで、予測不能な変化の多い仮想通貨業界において、柔軟かつスピーディーに対応できているのですが、私は急ぐあまりにそのカルチャーの重要性を無視してしまっていたのです。「人事制度は、企業文化や価値観に合わせて考えることも大切だ」と思っていたものの、できていなかった自分を反省しました。

そこで、社員が納得するまで人事制度の目的やしくみを伝えようと考え、説明や議論に時間を費やすことにしました。人事部のメンバーが持ち回りで説明会を実施したり、希望する社員には個別での説明をしたりしました。さらにオープンドアを何度も開催して、社員の皆さんに自由に意見を出してもらう機会も設けました。

このように、様々な方法で対話を繰り返すうちに理解が進み、人事制度がうまく運用されるようになっていきました。また、最初は「批判」と捉えていた言葉も、よく聞いてみると会社のことを想っての意見であることが多く、最終的には社員から出てきた意見も反映させながら、より納得感のある人事制度にすることができました。

もちろん人事制度はまだまだ完璧とは言えず課題は多いのですが、評価結果などのファクトベースに基づく制度上の歪みを丁寧に確認しながら、どれが優先度の高い課題なのかを見定め、現在も当社にあった制度にすべく改善を続けています。

人事制度づくりにおいては「公平性」が大切と言われますが、公平性の意味も立場によって変わります。実績をあげた人だけが評価されるのが公平という人もいれば、誰もが横並びで評価されるのを公平と言う人もいるでしょう。私個人としては、やはりコインチェックの成長に貢献した人が、きちんと評価される人事制度を、みんなが納得できるカタチにすること、と考えています。そういう制度をつくっていきたいですね。

すぐに成果が見えなくても、絶対諦めない

2019年1月、コインチェックは仮想通貨交換業者として登録され、事業やサービスを全面再開しました。しかしながら、2018年12月ごろから続く仮想通貨相場の冷え込みが続き、当初思い描いていたようなスピード感でビジネスを進めることができなくなってしまいました。そのような状況により、経営陣と社員との間ですれ違いが発生し、社員から経営陣への不信感が募っていく結果になってしまいました。同時に、残念ながらコインチェックを去るメンバーが増加し始めました。

そこで私は、人事制度導入の際に効果測定を行う目的で導入していた組織のエンゲージメントスコア(ES)を測定する組織診断サーベイから、コミュニケーションの機会を増やすことで経営陣の考えや想いを伝え、信頼回復させることが組織を立て直す最優先の事項と捉え、人事部のメンバーと一緒に改善に向け経営陣のアクションを促す取り組みを始めました。

ただ、当時の社内でES改善の経験を持つ人は誰もいません。他社の取り組みを参考にしながら経営陣と社員とのコミュニケーション機会を増やす取り組みを続けましたが、一向にESが回復する兆しが見えません。人事部のメンバーからは「経営が本気にならないならやっても無駄ではないか。もうスコアをとることに意味はないのではないか」という声も出始めていました。

そうした中、私がメンバーにしきりに伝えていたのが、「人事が諦めたら終わり」ということでした。これは私自身がさまざまな部署で先例のない仕事に取り組んだ経験から、どのような厳しい状況でも自分自身が諦めなければいつかは道が開けるという信念に基づいていました。

そうして、諦めずにES改善の取り組みを続けて半年ほど経ったとき、状況が動き始めます。コインチェックの創業者であり副社長執行役員の和田 晃一良が、退職が増加したことに強い危機感を持ち、ES改善の責任者になったのです。

和田からの「改善に向けた取り組みをとにかく早く決めて発信し、情報を共有したほうがいい」というアドバイスのもと、隔週で全社員が参加する全体会での情報発信を始めました。和田がES改善の責任者となったことで、これまで経営陣と議論してもなかなか決まらなかった毎月の交流会や役員とメンバーのグループランチ、当社のバリューでもあるMOST表彰実施など、コミュニケーションを深める施策が矢継ぎ早に打てるようになり、情報発信との相乗効果も相まって少しずつ社員の間に「経営はもしかすると変わろうとしているのかもしれない。」という意識の変化が起き始めました。

その後も、和田を中心に経営側の意識改革に向けた議論が重ねられ、経営体制が変わると同時に、社員に対するや売り上げやコストといった、より経営と同じ目線で考えられるような情報の発信なども積極的に行われるようになり、結果的にESも上昇しました。

ES改善への貢献は和田の動きが大きいですが、もし人事部のメンバーが諦めていたらより多くの退職者を出していた可能性もあり、やはり諦めずに前に進み続ける努力をしていた良かったと感じた瞬間でした。

コインチェックの未来をつくる「強い組織」のために

▲社内での打ち合わせ風景

会社のES改善の成功体験は、人事部メンバーのモチベーション向上にもつながりました。それまでは採用、労務管理、企画と同じ部署ではありますが性質の異なる仕事をしている関係で、人事部として一体感を持った仕事の達成感を味わう機会が少なかったのですが、ES改善は共通の改善目標として数字を追いかけ、達成するという経験によって、よりES向上の取り組みに対して前向きになれたと思います。

とはいえ、まだまだ現状に満足しているわけではありません。会社には優秀な管理職も社員も多いので、もっと高みを目指せると思っています。個人の貢献を会社の成長につなげ、さらに社員に還元する。そんなしくみをより強めたいと考えています。

さらなる改善という点では、現状、コインチェックでは、仮想通貨のマーケット環境に左右されにくい財務体制を目指していきたいと考えているのですが、そのためにも新しい事業やサービスの創出、既存ビジネスのブレークスルーなど新たな取り組みが必要です。そういった新たな取り組みは、経営陣だけが考えることではなく、社員も主体的に考えて動いていく事が重要です。

経営は現場の社員の意見も尊重しながらしっかりそれをサポートし、結果が出た社員に対しては業績賞与などきちんとわかりやすいベネフィットで還元するしくみにするために、もっともっと組織や制度の改善をしていけると考えています。そのために、私自身、まだまだ学ぶべきことが多くあります。人事部の役割は、採用や評価制度の企画、労務管理などに限定されるものではありません。会社の成長に直接貢献するための人事戦略を人事部のメンバーと一緒にしっかり考えていきたいですね。

振り返ると、私がマネックス証券に入社したのは、お金や価値の交換機会は誰にも平等に開かれているにも関わらず、アクセスするためのサービスそのものが使いづらかったり、難解な専門用語が多用されたりする近寄り難さがあるがゆえに、一部の特定の人だけが恩恵を受けるような世の中を変えたいと思ったからです。

コインチェックが思い描く未来は、仮想通貨などの新しい価値交換をもっと身近にしていくことであり、それは私が10年以上前から思い描いていたことと重なります。その未来のために、私に何ができるのか──。そのことを、常に自分の頭で考え続け、諦めずにトライし続けていきたいと思います。