手に届かなかった医師になる夢

私は15歳になったとき、「今の自分がすごく幸せで満たされているな」と感じ、これからは「自分以外の誰かのために生きよう」と決意したんです。当時は純粋でしたね。

「何をしたら人の役に立てるか」と一生懸命考えたところ、高校生の自分にできることは「勉強しかない」という答えに行き着きました。今はとにかく勉強を突き詰めて、一番入るのが難しいところに行こう。そこで思いついたのは医学部でした。

医者を目指すようになってから、まもなく国境なき医師団のことも知って。私は国境なき医師団の医者になりたいと目標を明確に持つようになりました。

周りが部活をしている中、私は高校1年生のときから予備校に通っていました。部活動に入ることも我慢し、周りの3年生と一緒に終電まで予備校で勉強漬けの日々。

それでも医学部に入ることは厳しい道でした。3年の秋になっても模試ではD判定しかもらえず、苦しかったのを覚えています。

そんなとき、私の夢を一番応援してくれていた当時の担任の先生が、「りみが想い描くゴールは医者になることではないんじゃない?その先のたくさんの人を幸せにしたいという未来だ。医者はそのための手段でしかないんだよ。」と声をかけてくれました。

医者にこだわりすぎて、いつしか医者になることが自分の中で目的になっていたことに気付いたんです。「周りを幸せにしたい」という本来の自分の目的を考えたときに、浪人をするよりも他の道があるのかもしれない、と自分自身に問い直せました。

そこで自分を生かす手段を見直し、思い切って文転を決意しました。ただ、文系の学部では何ができるか想像もつかなかったんです。その後、医者のような具体的な目標がなく法政大学のキャリアデザイン学部に入学しました。

しかし、キャリアデザイン学部 専任講師の田中 研之輔教授との出会いが私の運命を変えることになるんです。

パワフルな「タナケン」との出会い

▲”タナケン”ゼミナール

キャリアデザイン学部では1年時の選択必修科目に「ライフキャリア入門A」があり、それを担当していたのが田中先生でした。

授業で難しい言葉が出てくると田中先生は「はい!スマホ出して!すぐ調べてみよう!」と学生の探究心をくすぐります。人生100年時代が叫ばれる中、自分のキャリアと向き合うために何が大事なのか、講義で教えてくれました。

学生からは親しみを込めて「タナケン」と呼ばれパワフルで学生と真摯に向き合ってくれる印象を持ちました。「大学にこんな先生がいるんだ……」と驚きつつも感動を覚え、2年生になってからはキャリア体験実習の授業も、ゼミナールも田中先生のクラスを選びました。

通常のキャリア体験実習は春学期にESの書き方講座、夏休みにインターン、秋学期にインターンで得た学びや気付きなど共有する、といったプログラム構成です。しかし、田中先生クラスの場合は春学期から起業家をはじめとする多くの社会人をゲストに迎え、学生が社会に出るきっかけを与えてくれました。

同じクラスの中には春学期からすでに長期インターンを始めている子もいて、そんな周りの環境に私は焦り始めていました。

夏休みには周りに倣い、地方創生のインターンに応募し淡路島を訪ねたのですが、実際に任された仕事はレストランのホールのアルバイトでした。正直、単純作業にもの足りなさを感じたまま、秋学期になり大学へと戻りました。

すると春から長期インターンを続けていた子は、秋学期に入り見違えるように自分の意見をハキハキと伝えるようになっていたのです。

同じ“インターン“という括りでも、自分の受けたものは、こんなに人を変えてしまうほどの体験ではありませんでした。「私だって長期のインターンシップをしたい!」と強く思うようになったんです。

キュービックの門をたたいたのは2年生の12月。面接をしてくれたのはインターンの豊島 里香でした。笑顔が印象的で自分がやっている仕事に誇りを持ち、理念であるヒト・ファーストを体現しているような子でした。

会社の説明にとどまらず、私が今までやってきたことをとても興味深そうに聞いてくれました。これまでそんなに個人の深掘りをしてくれる面接は受けたことがなかったので、戸惑いつつもこれが徹底的に人と向き合うことなんだと身を以て体感しました。

晴れて大学2年生の1月からキュービックの一員となり働き始めた矢先、さっそく私は“社会の厳しさ“という壁にぶつかることになります。

結果を求めない大学生から、自ら結果を生み出すビジネスパーソンへ

▲法政大学での世一(画面奥の机でマイクを持つ)の出張授業の様子、手前のテーブルに手を付いているのが田中教授

「相手を巻き込んで何をどう伝えるか」この難しさを入社して思い知りました。

私はメディアの監修者探しを任せてもらい、来る日も来る日もひたすら社外の方にメールを送ったり、電話をしたり……

でも一度に必要な情報を全部聞ききれていなかったり、相手に自分の伝えたいことがきちんと伝わっていなかったり。社会人からすれば当たり前のことなのですが、当然のように結果が求められる場所に身を置くことは大学生にとって今までにはない経験です。

正直、これまで自分は大学生の中でかなり精力的に活動をしている方だと自負していました。海外でのボランティア、サークル活動、アルバイト…それに田中先生のゼミで社会人の方にお話しをいただく機会がたくさんあったので、それだけで満足していたんです。

話を聞くのと、同じ環境に自ら飛び込んでみるのとではこんなにも違うのだとあらためて気が付きました。まだまだ自分が大学生という甘い環境を抜け出せてない、と実感する出来事でした。

そしてあるとき、キュービックの中で産学連携に力を入れていこうという動きが高まっていることを知ったのです。「タナケンと、日本一多くの学生と仕事をしているキュービックの代表取締役 世一英仁を会わせたい!!」という想いが私を突き動かし、自ら企画を組んでPR担当者に持ち込むことにしました。

企画が走り出してからも田中先生側のリクエストをくみ取とったり、キュービックができることを考えたりするなど、相手の立場に立って考えることが必須でした。

世一さんと田中先生。企業として、大学として…立場は違えどどちらも学生のことを考えています。そのふたりの想いを融合させた空間づくりをするためには、どんな講義体系が学生に刺さるのか悩みました。

当日、世一さんは田中先生のゼミの中で“DECISION MAKING”=意思決定のプロセスに関して話してくれました。

大学を決めるときも友達と旅行先を決めるときも、私たちは意識せずに自然と意思決定をしています。その意思決定を揺るぎないものにするためにはどんなプロセスを踏めばいいのかという話でした。

私自身も進路に迷い、さまざまな分岐点に立ち不安と戦いながら決断をしてきたので、この意思決定のプロセスはキャリアを考える学生にとって、身につけておかなければならない方法だと感じました。

講義室に並んで座る、田中先生と世一さんを見て、今回のように誰かと誰かをつなげて新たな価値をつくり出せたこと、この空間づくりに関わることができたことに感動を覚えました。

インターンと学業との両立はむしろ効率的?!

▲海外でボランティアをする井上

よく長期インターンをしていると大学での勉強と両立できる?忙しくて大変じゃない?という質問をいただくのですが、長期インターンをしていると、むしろ勉強が捗ります。

キュービックでは出勤時間が月60時間以上と規定で決まっているので、コミットメントが求められます。すると「この時間で大学の課題は終わらせなければいけない」といったスケジュール管理を日ごろからできるようになります。

時間割の調整には多少気を使うものの十分に両立が可能なんです。

さらにつけ加えると、大学の授業を慢性的に受けなくなりました。

「無知の知」という言葉がありますね。

長期インターンシップを通して新たな知識を毎日吸収していますし、自分はまだまだ世界を知らないんだと思い知らされます。と同時に“知らない“ことがどんなに恥ずかしいことなんだろうと思うようになり、一つひとつの授業を大切にするようになったんです。

学生のうちに、一足先に『社会をかじる』体験は、今の自分を客観視することにもつながるんです。

春からは大学4年生。その前に就職活動が本格的に始まります。

「国境なき医師団の医者」という夢はかなわなかったのですが、大学受験で挫折をした時に自分自身とある約束をしていました。

それは「医者になった井上理実よりも多くの人を笑顔にできる井上理実になろう」です。

高校の丸々3年間、やりたいことを我慢して勉強に費やした日々。あのころの自分を決してがっかりさせないような自分になる、そう自分に言い聞かせ、就職活動と長期インターンシップにまい進していきます。