僕のムボウはキボウに変わった

僕が初めて広告に興味を持ったのは高校3年生、受験期真っただ中。

熱血指導で有名な予備校に通っていたのですが、電車内の広告や自習室などに、受験生に刺さるさまざまな言葉が書かれていました。その中でもとくに当時の僕の心を強く動かしたのは

“僕のムボウよ、キボウに変われ。”というコピーです。

文化祭など学校のイベントに力を入れていた僕は、受験勉強があまりできておらず、高校3年の6月に受けた模試で出た偏差値は37。

家庭の方針により私立とひとり暮らしの選択肢がなかった僕にとって、受験する大学は、横浜国立大学と東京学芸大学のふたつに絞られました。模試の判定は合格圏外のEばかり。それでもめげずに朝から晩まで学校の自習室や予備校にこもり、勉強の日々でした。

そのかいもあって少しずつ成績は伸びていったものの、センター試験で僕は大きくつまづいてしまいます。予想していなかった問題が出たり、あまりの緊張で半年間必死に覚えたものが頭から飛んでしまったり……。

緊張がさらなる緊張を呼び、ミスを連発。つまるところ、ボロボロでした。志望大学に受からなければ浪人しか道がない僕にとって、残された選択肢は、横浜国立大学の美術受験だけ。

というのも、横浜国立大学教育人間科学部、学校教育課程の二次試験は、小論文・実技(美術、音楽、体育)から選択できました。過去の傾向を見ると美術試験のみ、わずかながら必要とされる偏差値が低かったのです。幸い、幼いころから絵を描くのは好きで、美術の成績はよかった僕。かすかな望みをかけて美術受験を選択しました。

ただ、いくら得意科目が美術とはいえ、美術受験で戦うのは他の美大を本命に据えている人たちです。このような人たちと闘うのは決して容易なことではありません。

美術受験に狙いを定めてからは、友人たちに懇願し、毎日彼らをデッサンをする生活を始めました。机にかじりついての受験勉強から、大幅なシフトチェンジです。もともと自分でも要領が良い方ではないと思っていたので、とにかく量と努力でカバーするしかないと心に決めていました。効率的な方法を編み出す余裕すらなく、試験までは練習あるのみ。

その行動が成果に結びつき、横浜国立大学に合格。まさに、僕のムボウがキボウに変わった瞬間でした。

この体験をキッカケに、広告って良いな、こんな風に僕も自分の言葉で誰かが変わるキッカケをあと押しできたらな、と思うようになりました。

広告に関わる仕事がしたい──キュービックでのインターン

▲キュービックでインターンをしていた大学生時代の水口。社内イベントのプロジェクトにも携わっていた。

大学での生活が始まり、 僕は「大学生である今のうちから広告に関わる仕事がしたい」と考えていました。

しかし、まだそのころは大学生のインターンが主流ではなく、 僕自身、『広告といえば広告代理店のイメージが強いけれど、代理店でのインターンはなかなか見つからないなぁ……』と頭を悩ませていましたね。

当時の僕は広告業界に対する憧れが人一倍強く、良い広告をつくりたいという想いにあふれていたんです。そんな中で、先輩がWeb広告の会社でインターンをしていると聞き、相談してみました。

そのとき紹介してもらったのが、キュービック。 2016年2月、大学3年生のときにインターンとして働き始めたんです。

すぐに就職活動の時期になり、実際に大手の広告代理店で働いている先輩方の話を聞きました。入社して精神をすり減らす人も多いと聞いたとき「そんな環境で広告をつくり続けられるのか?」と思い始めました。そこで、自分は大手のネームバリューに引かれ、漠然と「入っただけですごい自分になれる」と勘違いしていることに気づいたんです。

ちょうどそのころ、キュービックにも少しずつクリエイターが増えてきていて。「ここでなら自分のやりたいことを自ら取りに行けるのでは」と思うようになりました。また、キュービックはみんな精一杯仕事をしていて、ここで広告の仕事をしたいとも思ったんです。その想いから2018年に入社しました。

入社後、最初に配属されたのはメディアの企画をする部署。インターンの教育のプログラム作成やメディアの新ジャンルの立ち上げなどに携わらせてもらいました。しかし、企画自体は楽しいけれどこれがやりたいことなのかな、という漠然としたモヤモヤがありました。

そんなとき、当時の部署の上司が僕をコピーライター養成講座に行かせてくれたんです。 しかも「せっかく学ぶなら上級で!」と上級講座に放り込まれ……。 しかし、その講座に通ったことがきっかけで「僕はコピーと企画に生きる!」と決意できました。

講座が修了した後すぐに、クリエイティブな仕事ができる環境のエクスペリエンスデザインセンターへ異動願いを出し、上司に想いを伝え続けていました。自部署の上司やマネージャー、クリエイターや社長にもアプローチしていたので、異動が叶ったときは本当に嬉しかったです。

モモウメというコンテンツ、ユーザーと対話する瞬間

▲総会で表彰を受ける水口

今は、エクスペリエンスデザインセンター(以下、XDC)という部署に所属しています。ここは、デザイナーが集まる部署なのですが、もしかすると一般的な「デザイナー」のイメージとはだいぶ異なるかもしれません。

実はマーケター・デザイナー・リサーチャー・プランナーを“全部やっている”状態です。XDCは「体験をデザインする部署」なので、企画をしたりコピーを書いたりするだけでなく、業務が多岐にわたるんです。

上司であるCDOの篠原 健は大手広告代理店にいた自身の経験から、一年目からコピーを書かせてもらうことはゼロに等しく、まず別の部署やプランナーとして広告制作の基本を学ぶところから始まるのだと話していました。コピーを書けるようになるには、数年修行するか、社外の賞を取ることでやっと書かせてもらえる、なかなか狭き門だと。

その話を聞き、非常に驚きました。同時に、僕が今これだけの裁量の中つくるところから世に出すところまで責任を持って担当しているのは、とてもありがたいことなんだなと感じます。

そして、僕は2020年現在、モモウメのSNSや動画企画に携わっています。 どんなコンテンツをつくれば、いつも見てくださっているユーザーの方々に喜んでもらえるかを毎日考えていますね。

僕がXDCに異動してきた当初、モモウメのTwitterのフォロワー数は197人でした。 それが今では3万以上の方にフォローしていただいています。 一生懸命より多くの人に刺さる文章を考え、「いい反応がきっと来るはずだ」と信じたものがその通りになると、嬉しいものですね。

 コメントや再生回数、ユーザーの反応すべてに“次にどんな言葉を紡いで世に送り出すのがいいのか”のヒントが隠されています。いわばモモウメを通して、モモウメを見てくれている人たちと対話しているんです。そこがSNSを使ったマーケティング会社のつくるアニメの醍醐味だと思いますね。

ゼロから形にするまで任せてもらえる環境

▲総会で表彰を受けたプロジェクトのプレゼンをする水口

僕がこのような環境に身を置いているのは、キュービックが求めるデザイナー像が『サービスをゼロから考えて形にするまでのプロセスを実行する人』だからです。

“絵やWebページを美しくデザインする”ことは、もちろんデザイナーとして大事ですが、そのスキルの高さや美しさ以上に“デザイン思考のプロセスを実行できること”が大事だと思います。

たとえ自分ひとりでプロトタイピングができなくても、事業の上流を担い、サービスが完成するまでのプロセスを握ることができるデザイナーを醸成していく、これが篠原率いるXDCチームの共通認識です。

これからの僕自身のビジョンとしては、コピーライターやプランナーという職種に限定せずに、そのときどきに適した手段を選択し、笑顔をたくさん生み出せる人になりたいと思っています。

そのために必要なのは、企画する能力や言葉を生み出す能力だと思います。スキルももちろんのことながら、何より自分が一番楽しむ気持ちだと思っているので、今後の挑戦も楽しみながらやっていきたいです。

“類は友を呼ぶ”という言葉があるように、自分自身が楽しみながら挑戦を続けることで結果として、モモウメも楽しい人が集まる、楽しみたい人が集まるような場所にしていけたらと思っていますね。

■モモウメとは
2018年、薬剤師向け転職メディアのキャラクターとしてモモウメは誕生しました。その後、さまざまな職種でストーリーを生み出してきたモモウメですが、2019年からはOLとして職場のあるあるを発信しています。24歳新人のモモちゃんと40歳ベテランOLのウメさん。世代の異なる同僚2人が、働く中で出会うことすべてを笑いに変え、毎日をちょっと豊かにしてゆくさまを描いたショートストーリーです。

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