知識、経験なし。何者でもなかったアルバイトが最年少サブマネージャーになるまで

リスティング広告などの広告戦略を立案、展開しているキュービックの最前線部隊、アドストラテジーディビジョン。そんな同部署のサブマネージャーに最年少で就任したのが小川正隆です。2011年に入社した彼ですが、実はアルバイトからスタートし、現場叩き上げでサブマネージャーの地位まで駆け上がっていったのです。
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“週1回、3時間からOK”の言葉に興味を惹かれた

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▲まだあどけなさの残る、大学1年生のときの小川

2011年当時、まだ大学1年生だった小川。彼がキュービックのことを知ったのは、所属していたバドミントンサークル内に流れてきた、「アルバイト募集」(当時インターンという雇用形態はまだなかった)の連絡がきっかけでした。

小川「『アルバイトをしたいな』と思っていたのですが、大学の授業が1日中入っていて、なかなか条件に合うアルバイトを見つけることができずにいました。そんなときに、たまたま送られてきたアルバイトの募集要項を見てみたら、“週1回、3時間からOK”と書いてあって。場所も家から近かったので、すごく良いアルバイトだと思い、応募しました」

こうして何となくの気持ちではじまった、キュービックでのアルバイト。まず、小川に与えられた仕事は自社メディアの運営でした。メインサイトへの送客やウェブサイトの検索順位向上を睨んだ取り組み。いわゆる、SEO(検索順位最適化)です。

アルバイトの条件に惹かれてキュービックのことを何も知らずに入ってきた小川には、SEOの知識があるわけもなく……。「わけもわからず仕事をしていました」と本人が語るように、ただ言われた仕事をこなしていくだけの毎日が続きました。

そんな状態だった小川に転機が訪れたのは、働きはじめてから半年経ったころのこと。メディアSEOを運用する部署から広告を運用する部署へ移ることになったのです。

小川「振り返ってみると、この出来事があったから、“今”があるのかなと思っています。メディア運営の仕事には、いかんせん忍耐が必要です。自分のおこなった施策が成果として返ってくるまで、一定の時間を要します。おそらく、そこが僕には合わなくて。より高速でPDCAを回せる仕事、実行から成果創出までの距離が短い仕事の方が、自分には向いている。

周囲がそんな僕の適性や強みを見抜いてくれて、広告運用の部署に配属となりました。ユーザーの小さな心の動きが、ダイレクトに数字へ表れることや売上がめまぐるしく変化していくことがとても楽しかった。このころから仕事の面白さを覚えていきましたね」

大学を中退。その後に見えた、「キュービック入社」という道

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▲広告運用チームMTGの様子

最初は学生生活の合間だけ、という軽い気持ちで働きはじめた小川ですが、次第に仕事の面白さを知ってからはどんどんと仕事にのめり込むようになり、勤務日数も増加しました。

もともとは“教員”を志望し、教育学部に入った小川でしたが、1年生の夏休み明けから“教員”に対する憧れは徐々に薄れていきます。

小川「大学の教授や塾講師の先輩から”教員”という仕事について話を聞くうちに、自分の描く将来像とは異なることに気付きました。『教員はやめておこうかな』と一度思いはじめたら、大学に行く意味がわからなくなっちゃったんです(笑)」

“その一方でキュービックはこんな人になりたい”と思える上司がいて、仕事も楽しい。そんな思いから、小川はさらにキュービックの仕事にのめり込んでいき、成果もあげていきます。そしてアルバイトとして働きはじめてから1年が経った2012年の春ごろ、小川は「このまま、キュービックに入社したいな」と思うようになるのです。

何より魅力的に映ったのが「職場の雰囲気」でした。キュービックは本当にメンバー間の仲が良く、フラットな人間関係が構築されているので、自分の意見を臆することなく発言することができる。それが小川にとっては新鮮だったのです。

小川「こんなこと言っちゃいけないと思うのですが、それまで自分が出会ってきた大人たちは、楽しく働いているように見えなかったんです。その一方でキュービックの社員は全員が楽しそうに働いている。まるで仕事が趣味みたいな感じで。

時代のカラーもあるとは思うのですが、その姿がすごく良いなと思いましたし、この環境であれば、自分も全力で頑張れるなと思いました」

その後、小川は大学を中退。「社員になりたい」と直談判し、面接選考のプロセスを踏んで、2013年1月にキュービックへの正式な入社が決まります。

「ハイハイ!」と手を挙げキャパオーバー…「急がば回れ」を痛感

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▲ライバルであり、友人であり、憧れでもある白土(右)との仲の良い2ショット

入社から2か月後に設立された、広告事業部に小川は配属。そこでは広告の運用だけでなく、広告営業も行なうようになります。

入社後、小川が掲げた目標は2つ。ひとつは売上1,000万円、粗利300万円の成果を残すこと。そしてもうひとつは、ほぼ同時期に社員になった白土航太を超えることでした。

小川「航太さんは当時、会社全体の売上9割を占める稼ぐメディアの責任者を担っていて、自然と『負けたくないな』と意識する存在となっていました。僕自身が掲げた売上1,000万円、粗利300万円の目標は入社から3か月ほどで達成できたのですが、”航太さん超え”はなかなかできず……。次はとにかく責任範囲を広げるための行動をしていくことにしました」

具体的におこなったのは、とにかく手を挙げること。「こういう案件があるんだけど、誰かやってくれる人いないかな?」という声が聞こえたら、「やります」と即答し、仕事を引き受ける。ただひたすら、それを繰り返していたのです。

積極的に行動していくのはいいものの、抱えるタスク量が劇的に増加することは目に見えています。結果、自分ひとりでは仕事が回せなくなり、最悪なことに責任範囲は縮小。周りの人に巻き取ってもらう形となります。

その失敗が小川にとって良い教訓となり、「何でも引き受けるのではなく、自分が強みにしている領域でしっかり結果を出せるようにしよう」と考えるように——。

考え方を変え、コツコツと目の前の仕事を頑張るようにしてから、好循環が生まれはじめ、きちんと成果が出せるようになっていきます。こうした地道な努力と実績が認められ、小川は2017年1月にキュービック史上最年少でサブマネージャーに就任します。

小川「会社からはゼネラルマネージャーの跡を継ぎ、彼がいなくても事業部が回るようにしてほしい、と言われました。今はその期待に応えるべく、マネジメント業務に注力しています」

キャリアパスは自分の考え方次第で、どうとでもなる

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▲サブマネージャーの小川がファシリテーターを務めるチーム朝会の様子

キュービックで働きはじめてから、6年が経ち、サブマネージャーとなった小川。いちプレイヤーから管理職となったことで、現在は組織と個人の両方で目標を持ち、それを達成することにコミットする日々が続きます。

「自分はあまりマネジメントが得意じゃないんですけど……」と語る小川ですが、最近は各メンバーが自立できる人材になってほしいという思いを胸に、部下のマネジメントに従事。そんなサブマネージャーの彼の個人目標は、自身の情報分析力や組織牽引力のスキルアップです。

小川「1日も早く、自分のコンピテンシーを事業部長レベルまで引き上げることを目指しています。そのためには、より長期的な視点に立って、日々の業務に取り組んでいかなければいけない、と。 視座は高く、成長していかなければいけないですね」

入社当時、まだ「何者」でもなかった小川。そんな彼がらも紆余曲折を経ながらも、目の前の仕事で結果を出し続けることによって、サブマネージャーになれた。その要因を改めて聞くと、「柔軟性と主体性が肝だった」と本人は振り返ります。

小川「会社が掲げる目標と自分の思いが必ずしも完全一致しない場面が出てくると思うのですが、そこは思い切って自分の思いを変えてしまう。それくらいの柔軟性が大切です。

実際、変なこだわりを捨ててから成長できたと思いますね。あとは自分からアクティブに動いていく主体性ですね。この2つを持ち合わせることが、結果を残す上で重要だと思います」

年齢、経験などは関係ない。大切なのは自分自身が成長したいとどれだけ強く思えるか。

そしてその会社が好きで、一緒に働く仲間が好きで、仕事が楽しいと思えるか。

マインドセット次第で人はいくらでも変われるし、キャリアの選択肢も広がっていく——だからこそ、キュービックは小川に限らず、働くメンバーに対して成長するキッカケを提供し続けていくのです。

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