「プライドを持って働ける環境を」挫折経験者が描く理想の組織

営業本部シニアマネージャー兼ストラテジックプランニングチームリーダー。貴志和也は名実ともにD2C Rの核となる存在です。これまでに確かな功績をあげてきましたが、かつては自分の仕事に自信が持てなかったと言います。D2C Rを代表する社員となれたきっかけと大きく成長できたからこそ描く組織の展望に迫ります。

葛藤しながら求め続けた自らが輝ける場所

▲新卒同期メンバーとの一枚(写真左下)
貴志 「最初の 1年目は何をやってもうまくいかなくて、いわゆる落ちこぼれでしたね。今考えると、自分の部下にいたら嫌なくらい(笑)」

貴志がD2Cに入社したのは2011年のこと。当時のD2Cは、モバイルマーケティングに特化したメディアレップとしてすでに知名度を獲得していました。メディアレップとは、主に媒体社と広告代理店を仲介するビジネスですが、貴志が想像していたのは、広告主と向き合う代理店業だったのです。

貴志 「仕事がうまくいくことと、やる気って表裏一体なんです。入社前にイメージしていた仕事内容とのギャップに苦しんで、力が入りませんでした。何度もやめようと思ったほどです」

しかし、そんな貴志に転機が訪れます。入社前に望んでいた、「広告主と向き合う仕事」を担当するチームに配属されたのです。当時からD2Cの一部の社員は、広告主への営業も独自に行っていました。

さらに、貴志はそのチームで“憧れの存在”と出会います。それが、後にD2C Rの取締役となる戸倉優太でした。

貴志 「戸倉の営業スタイルはすごくかっこ良かった。まるでコンサルタントのようにお客さんに寄り添い、信頼されていたんです。代理店営業に対して泥くさいイメージを抱いていましたが、彼の姿を通して対等な “パートナー ”として接することの大切さに気づかされました」

心からやりたい仕事と、憧れの存在。このふたつが起爆剤となり、貴志の仕事は軌道に乗り始めます。

貴志 「直接広告主とお会いする機会ができた上に、戸倉の営業スタイルを意識して真似したことで結果を出せるようになり、自分に自信が持てるようになってきました。
アクセス解析ツールを使ったウェブ解析などを担う機会もあり、分析力や、ウェブ周りの数字の扱いにも慣れていって、自分の得意とすることを認識し始めた時期でもありましたね」

ストラテジックプランナーとして、コンペにおける戦略構築を担う貴志の能力は、このときに培われたのです。

成長の波に乗る貴志を後押しするように、広告主への営業部隊は組織化され、その後会社化。2013年、アプリマーケティングに特化した専門会社D2C Rが設立されました。

実り始めた成果。貴志が率いたD2C Rの成長期

▲D2CR発足当時の集合写真(写真中段左)

D2C Rの発足もあり、仕事への意欲とスキルを伸ばしていった貴志。しかし分社化にともない、事業内容がメディアレップから広告代理店へと変化したことから、その難しさに頭を悩ませることもありました。

貴志 「代理店とメディアレップには明確な違いがあります。たとえばメディアレップでは、商材である広告枠の価値の指標はクリック率の高さ。いかにたくさんの人にクリックされる広告枠かどうかが重要でした。
一方、広告主にとって本来はクリックされること自体に価値はなく、結果的にアプリをダウンロードするといった行動を消費者に起こさせることこそ重要なんです。
広告のクリエイティブなども関わってきます。メディアレップではなく代理店としてお客様に向き合うために、アプリマーケティングの知識を広げ、営業手法を確立していった初期は本当に大変でした」

苦労を重ねながらも、設立初期のD2C Rは、少ない人数も相まってある種のサークルのような雰囲気がありました。社員同士切磋琢磨して業績を伸ばしていったといいます。

そんな中、D2C Rの成長の起爆剤となったのが、大手アプリゲーム会社との出会いでした。

貴志 「今でこそ有名なアプリゲーム会社となりましたが、そのときはブラウザゲームからアプリゲームへのシフトを図ろうとするタイミングでした。
D2C Rとして蓄積したノウハウを生かし、精いっぱいの提案をお持ちしたところ、『大きな代理店に one of themとして扱われるより、D2C Rとがっつり組んで初めて同士でやっていきたい』という返事をいただけたんです」

互いの目指すところが一致した結果、まだまだ保守的なインターネット広告が多い中で、挑戦的なプロモーションを連発し、いくつもの作品をヒットさせるに至りました。業界からの反響も大きかったと言います。

貴志 「ひとつのゲームタイトルで事例ができると、そこからどんどん仕事が広がっていったんです。ゲーム業界はわりと狭くて、あのゲームはどこの代理店がやっているんだとすぐに噂になりました」

案件の増大とともに、D2C Rの成長も軌道に乗ります。貴志個人にとっても、海外へ出向して現地でマーケティングチームを率いるなど、充実した経験を積んだ時期でした。

組織課題と向き合い、新たな成長ステージへ

▲部署を横断したプロジェクトのキックオフMTGの様子

その陰で、貴志は組織課題にも向き合える人材に成長していました。

貴志 「人が増えて来ると、組織が以前のように回らなくなってきたんです。サークルのような集まりから会社へと変化するタイミングだったのでしょう」

状況を打開するため、すでにマネージャーとして営業の一部門を率いてきた貴志は、新たにプランニングを専門とする部署を立ち上げました。

貴志 「問題の原因は、営業メンバーの増員にともない多様性が生まれてきたことにあると思いました。トークが得意な者はお客様と相対するフロントに集中させて、広告の運用を考えることが得意な者には、その比重を高めようとしたんです」

しかし、思わぬ弊害が生まれます。

貴志 「イメージとしては、プランニング部隊にもお客様との接点を残し、サッカーでいうボランチのような 1.5列目の組織にしたかったんです。
業務の効率化などうまくいった面もありますが、ふたつのチームが受発注のような関係性になってしまい、お客様に対する熱意が共有しにくくなってしまいました。
体制の在り方について、しっかりとした方針を示し浸透を図るなど、今振り返れば、もっと良いやり方があったのではないかと悔やまれます」

その後、プランニング部隊は解散。営業チームごとにプランナーの役割を果たすメンバーを置く体制に変わりました。このように、組織の形を試行錯誤する中で、貴志はさらなるスキルアップのため、大きな決断を下します。

貴志 「 2017年に、グループ内の若手社員を D2Cの経営企画室で学ばせる育成プログラムが設けられたんです。周囲からも、第 1号社員となることを勧められ出向を決めました」

会社の未来を担う存在として周囲の期待を背負った貴志は、2018年4月から1年間、アプリマーケティングを離れ、組織経営を学ぶこととなりました。この経験が、貴志に新しいビジョンを抱かせることになります。

プロフェッショナルを育てる覚悟。元・落ちこぼれが描く夢

貴志「一度現場を離れ感じたのは、これまで俗人的だった営業スキルを明文化することで、営業全体のレベルを底上げできるという可能性でした。また、複雑化してきたアプリマーケを戦略的に推進できる組織の必要性も感じていましたね」


俯瞰的な視点を身に着け、会社に必要な組織を見抜いた貴志は、改めて組織改革に着手。現在ではシニアマネージャーとして営業チームを率い、営業スキルの汎用化に努め、マニュアルを整備するなどしています。

さらに、新設したストラテジックプランニングチームでは、プレイヤーとして各営業チームの戦略構築を支援しています。

貴志「以前のプラン二ングチームと異なり、完全に戦略の立案に特化した少数精鋭の組織です。ストラテジックプランニングチームの設立以後、明確にコンペの勝率が上がってきています。
業界的にも、こうした専門人材が求められつつあるんです。消費者行動が変わっていく中で、アプリユーザーとのコミュニケーションをよりリアルに追及できるマーケターを育てたいと思っています」

手ごたえを感じつつも、すでに貴志の視線はプレイヤーとしての域にありません。

貴志 「今のストラテジックプランニングチームは、専門部署とはいっても元営業マンの集まりです。彼らに自分の知識を教えたあとは、早々にプレイヤーを離れたいと思っています。
メンバーに自分たちで業績を上げて、プライドを持てる人になってほしい。僕が目指しているのは、社員がプライドを持って働けるような環境を整えることなんです。
胸を張って働けないのってつらいと思うんですよね。自分がやっている仕事が誰でもできる仕事だなんて思いたくないんです。プロフェッショナルを育てる教育の充実が、D2C Rのこれからの成長に不可欠。
かつて、仕事がうまくいかずに苦しんだ経験があるからこそ、僕にはそれができるかもしれないと感じています」

プロフェッショナルを育てたい──。

そう語る貴志の言葉には、落ちこぼれから会社の中核へと成長を遂げたからこその力がこもっています。

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