「物語の魅力」を最大限に伝えるために生まれた、メディアの新しいつなぎ方

2016年3月26日に公開した『リップヴァンウィンクルの花嫁』(岩井俊二監督作品)。その制作現場では、従来の発想に縛られない「理想を優先して利益を生む仕組み」が生まれていました。本作のプロモーションを担当したのは、株式会社電通 プロモーション・デザイン局の菊池創造。彼が、この作品にどう関わったのか、そして何を学んだのか。その貴重な体験をもとに、「理想を優先して利益を生む仕組み」を紐解いていきます。
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人生の転機をつくってくれた「人間肯定の物語」を若者に伝えたい

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2015年12月26日、製作委員会から「岩井俊二監督の最新作のプロモーション案について相談に乗ってほしい」と連絡があったときから、菊池創造はこの『リップヴァンウィンクルの花嫁』に関わることになりました。

菊池「はじめは『映画のプロモーション経験がない自分にできるかな?』という不安もありましたが、“やる・やらない”という迷いはありませんでした。少しでも何かできることがあるならやりたいと思って」
菊池にとって岩井俊二監督は特別な存在。というのも、高校の2年生の夏、進路や自分自身について悩んでいた時期に、広告業界へ進むきっかけを与えてくれたのが、岩井さんの映画『リリイ・シュシュのすべて』だったのです。

菊池「この映画に出会ったころ、自分の将来とか人間関係について、このままでいいのかなと悩んでいる時期で……。でもこの作品を観たときに、自分自身の存在を葛藤も含めて肯定してもらった気がした。『物語や表現の力ってすごい!』と感銘を受けて、この道を目指そうと思った。だから、岩井さんには勝手に深い感謝を感じているんです」
だからこそ、自分ができることは最大限尽くしたい。でも、映画のプロモーションは経験したことがなく、業界の手法や文化がわからない……。菊池はそんな悩みの中、年末年始の休みを返上して、あるはずもない“正解”を探そうとしていました。

光が見えはじめたのは、自分の原点に立ち返ったとき。原作本や作品を何度もみているうちに、「手法ではなく、物語と向かいあおう」と感じたそうです。そこで、依頼されていたSNSや屋外広告の提案ではなく、この映画を世の中に伝えるコミュニケーション・コンセプト「若者と『物語が描く今』を共有する」を提案することにしたのです。

菊池「この物語の根底には“どんな状況にある人間の生き方でも、ちゃんと肯定してくれる”感覚が流れています。それは僕が高校生のときに背中を押してもらった感覚と変わりませんでした。ただ、この感覚をまだ知らない若者に伝えるには、若者と映画を重ねるための“架け橋”が足りなかった。

そこで『SNSの中の私は、この世界のどこにもいない』『結婚という事態になって、つかなくてもいい嘘をたくさんついている』など、物語の中に散らばる、今の時代を生きる人が共感できるセリフをなるべく多くの目線で探し出したんです」
こうして本作は、「この物語にはあなたがいる」というキャッチコピーで、世の中に放たれることになりました。主人公のセリフだけでなく、その周りのキャラクターたちのセリフも含めて、広告を見た人が、“誰か”の気持ちに自分を見つけられればいいな、そんな菊池の想いとともに……。

理想を追い求めるのか、それとも利益を生むのが先決か

それは、ビジネスの現場で誰もが直面するイシューです。私たちはつい「現実的には利益を優先すべき」と理想を手放すことがあります。しかし、「理想を優先すると利益が生まれない」という前提は、本当に正しいのでしょうか?

『リップヴァンウィンクルの花嫁』は、そのような疑問に、ひとつの“解答”を示してくれています。

一般的な映画製作の流れでいうと、プロモーションは配給会社の宣伝プロデューサーが中心となって、映画撮影と同時進行で動きはじめます。通常は企画段階で訴求ターゲットと売り方を先に決めますが、今回は決める前に作品を作りはじめたそうです。

そのような背景もあり、菊池が『リップヴァンウィンクルの花嫁』のプロモーション担当として参加したのは、プロジェクトの終盤から。その頃には、「理想を優先して利益を生むビジネス仕組み」が完成していました。

菊池が一番驚いたのは、作品公開の手法。なんと原作をベースに、劇場版(3時間完結)、オンデマンドTVでの配信限定版(2時間完結)、BSスカパーでの serial edition(40分×6話完結)と、異なるフォーマットに分解して再編集を行なったものを作品として切り出しているそうです。

菊池「実はこれ、物語は一緒だけど、クライマックスがそれぞれ違うんです。しかもすべて同時公開。国内に先駆けて、香港、台湾の劇場でアジア版(2時間完結)の先行公開も行なっています。

……すごいことだなと。業界の垣根を鮮やかに越えているし、コンテンツをフォーマットごとに最適な形で出すというのも新しい。なにより同時公開というのは、工数や採算を考えると、一見無謀とも思える取り組みです」
その手法の背景を、同作のプロデューサーであり、日本映画放送株式会社の編成制作局長である宮川朋之さんは、こう語ってくれました。

宮川「原作は映像化しても80分ぐらいに収まる短編だったんですよ。でも岩井さんが書き足しはじめちゃった(笑)。それで結局5時間くらいに膨れあがったんです。

ただ映画にすると長くても2時間だから、どうしても3時間分の世界を捨てる発想になります。だけど岩井さんは『この3時間を捨てるのは原作者の僕にとって苦痛でしょうがないです』と……。すべては、そこからはじまりました」
一般的に原作の魅力がカットされるのは、原作ファンにとっても悲しいこと。「原作の魅力がなくなってしまうなら映画化しないほうがいい」という意見も、SNSなどで見られることもあります。

宮川「そこで『じゃあ、岩井さん。5時間撮っちゃったらどうですか。全部撮って、一方で映画にしましょう。一方でテレビにするのはどうでしょう?』って提案しました。

一番大変なのは、プロデューサーが監督に映像をカットしてくれって説得すること。それを言わざる得ない状況が生まれたときって、今までの信頼関係が切れちゃうんですよね。それが嫌だったので、全部成立する“一番調子がいい話”にしたんです」

コンテンツファーストは「仕組みをつくる」ことで実現する

とはいえ「5時間分も撮影する」というのは、一見予算的にも厳しい提案に見受けられます。

宮川「昔、映画って長かったですよね。そういう映画が記憶に残っているし、心にどこか引っかかっている。だからあってもいいかなと。それに、どうせ岩井俊二と組むなら、利益優先で理想を失うより、理想を優先して利益を生む方法を考えるほうがいい。一緒に走りながら考えようと思ったんです」
その一方で、ビジネスとして、3時間の映画を作るといことにはハードルもあります。通常2時間の映画が3時間になることで、上映回数が減り、必然的に売上が減ることになってしまうからです。

映画を公開する劇場の立場だと、短い時間で同じ料金を取って、たくさん上映できる方が収益が上がりやすい。だから現在は、そういった発想が主流です。つまり、「売れる仕組みにコンテンツを合わせる」という考えです。

宮川「だから劇場がダメでも収支が安定する方法を考えました。まずは、岩井監督人気が根強いアジアに先行公開することで最低限の収益を獲得すること。次に、お客さんが作品を観ることができる場所を、映画館以外にもたくさん作ること。そして、同じものを流すのではなく、場所・メディアに合わせて物語の形を作り、その全てがお客さんに価値を与えること。この仕組みがなかったら3時間にはできなかった」
メディア業界では、「売れる仕組みにコンテンツを合わせる」のがビジネス手法として主流ですし、どのメディアがそのコンテンツを獲得するか?という話にもなりがちです。そこを『リップヴァンウィンクルの花嫁』は、コンテンツの魅力を優先する売り方を生み出しました。

今の形でなくても、相互に利益を得られる仕組みさえ見つかれば、制約は越えられる。「理想を優先して利益を生む仕組み」を生み出すことができるのだと、示してくれているのです。

宮川「今は映画やテレビに加えて、NetflixやHuluなど、いろいろな動画配信のメディアが出てきています。出口が増えたので、うまく使って収支の安定を図れれば、監督も次の作品を作れるし、役者も育成されます。そういう循環が生まれるといいなと」
でも何より大切なのは、監督の存在です。いくつもの“物語の形”を作ることができたのも、岩井監督の力量、そして人望があるからこそ。だからこそ、目指すべき理想をチームで共有することができたのです。

菊池「僕はもちろん、現場には岩井さんの作品を観てこの世界に入った人や、作品をどうしても忘れられないという人が多くて……とにかく楽しかったんです」
宮川「所属は違うけれど、岩井さんのことが好きな“同志”が集まっていた。岩井さんのワガママに付き合いましょうって(笑)」

理想を優先して利益を生む「Good Innovation.」を起こす

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原作に「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」というセリフが登場します。

たとえフォーマットごとに再編集してエンディングが変わっても、このメッセージの味わいが損なわれることなく、どの物語も高クオリティで仕上がっています。

菊池「そうなると、観る側はいろんなメディアを回遊できて楽しくなりますよね。『映画とテレビ、どっちを見るか?』というのではなくて、全部を横断してみて、はじめてひとつの物語が完成する。それによって多層的に物語を味わうことができます」
この『リップヴァンウィンクルの花嫁』は、そんな新しい体験を生み出しました。しかし本来なら、メディアの中間にいる私たち広告会社が、こういった手法を自分たちで作っていけるはずです。

広告を作っていると、いろいろな業界の“事情”を条件反射的につい汲んでしまうもの。でも本当は、その制約を越えられるかもしれない。トライしないまま諦めていることが、実はたくさんあるかもしれません。

メディア間でのコンテンツの取り合いではなく、1人のファンが横断して楽しむことも含めて、みんなでひとつの物語を作っていく発想ができれば、もっと連携が生まれて面白くなる。それぞれが最高のエンターテイメントを提供できれば、誰も損をしない。そうなれば、全部のメディアがあってよかったと思える。

それが、菊池が今回学んだ「理想を優先して利益を生む仕組み」です。

菊池「この新しい“仕組み”を、電通が生み出していきたい。電通だったら、もっとダイナミックに、いくつもあるメディアをひとつに束ねることができる。今回の事例を通して、そのような役目を果たしていきたいと考えるようになりました」
菊池はこの『リップヴァンウィンクルの花嫁』での経験を生かして、これからも従来の発想に縛られない発想で、人へ、社会へ変化をもたらす「Good Innovation.」を起こしてくれることでしょう。

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