「脇役の美学」新たに生まれたイチを確立させる、そんな存在に

将来の新しいお墓の形態を見据えて、斬新な発想・温故知新な事象を練り上げ、時代にマッチした永代供養墓とそのあるべき姿を構築している株式会社エータイ。当社で取締役を務める田中佑治は自らを「主役でない存在」と語ります。公認会計士として監査法人に勤務していた彼の働き方の哲学とはどのようなものなのでしょうか。

数字の力──豊富な経験則や斬新なアイデアを数字で根拠づける

▲株式会社エータイ 取締役田中佑治

私は主役にはなりえないんですね。社長樺山伸一のように新しい企画を考えたりだとか新しいサービスの案出しをしたりだとか、そういったいわゆる「ゼロからイチをつくり出す」ことが、全然得意じゃない。なので、現在のビジネスモデルもそうですが、社長と一緒にいると、こんなことよく思いつくなぁ、と。半ば嫉妬に近い感覚ですね(笑)。

そんな私ですが、イチに味付けをすること、かっこよく言えば「数字で根拠づける」ことは、なんとなく得意な気がしています。たとえば、新しいサービスの案が生まれたときに、世の中の同じような概念のサービスを当てはめて数値化したり、寺院の新規オープンの際にこういう場合は商圏が被らないという社長の経験則を数字を使って可視化したり。

こうすることで、たとえ最初は周りが大丈夫?本当?と思うようなことでも、格段に説得力が出てきませんか?昔上司によく言われていた、まさに会計士っぽい役割ですね。

イチをつくり出す役割じゃないので当然主役じゃないんですが、こういった脇役もいないと物語も楽しくならないかなぁ、と。水戸黄門で言えば助さん格さんか、場合によってはうっかり八兵衛か(笑)。私はそんな脇役が似合っていると思いますし、居心地がいいですね。

エータイで自分に求められているのは、まさに脇役として、自分の得意分野を最大限に生かすことなんだと思います。

まさかの転職──働き方改革で見えた自分に足りないもの

エータイに入社するまでは、監査法人で7年半ほど監査業務に携わっていました。周りの方々に大変恵まれ大事にしていただいていたのもあり、すごく楽しく仕事をさせていただいておりました。巷で噂の激務の時期もありましたが、挫折という挫折はなかったですし、正直なところ転職するつもりもなかったですね。そんなときに始まったのが働き方改革でした。

働き方改革は良くも悪くも、自分のそれまでを見つめ直すいい機会になりました。そんな機会もないくらい、忙しく働いていたんでしょうね(笑)。無我夢中で働いてきた結果として、圧倒的に自分に足りないものに気が付いた。監査法人で経営者と関わる機会が多かったのに、経営者の目線で会話することが全然できていなかったんですね。正直、かなりショックでした。

私の尊敬する上司はいつも経営者からもう一言引き出すいわば「刺さる」会話をしていて。振り返ってみて、自分にはそんな能力が圧倒的になかった。そしてその能力を身につけられる環境が、働き方改革真っ只中の監査法人にはなかった。会計士として必要な能力だと思っていたので、5年後10年後の姿がイメージできなくなりましたね。監査法人生活、いや人生で一番の挫折でした。

今の環境は、脇役として自分の得意分野を最大限に生かしながら、経営者の近くでその感覚に触れられる、大変すばらしい環境なんです。

“ありがとう”を引き出す──生い立ちから生まれる本質

私の実家は板橋区のワイン屋で、幼いころからお客様に接する両親を見ながら育ちました。小さな町の小売店でしたのでまさにお客様ファースト、すべてはお客様のありがとうを引き出す仕事だったように思います。お客様が笑顔でワインを持ち帰り、「この前のやつおいしかった」と笑顔でまた来店し。

そんな環境で育ったこともあり、ありがとうを引き出すためなら泥臭くそして仕事を選ばず、というのが私の本質的な部分にあるんだと思います。役員としてその感覚でいいのか、と賛否はあるかと思いますが、私は当面の間、そうしていきたいと思っています。

エータイでは、各販売エリアの現状分析や新規開拓エリアの市場分析、予算実績の管理及びそれらに関わる内部管理体制の構築強化業務をメインに行っています。字面だと偉そうな立場に見えますがそんなことは全くなく、私の本質的な部分が大いに活躍してくれています。社長の発想を具現化するために営業担当の方や広告担当の方の力を最大限に引き出す、そのためなら何でもするぞ、ということですね。

創業当時から会社を支えてくださっている方々がいて、規模拡大に合わせて屋台骨となってくださっている方々がいて、そんなすばらしい環境で仕事ができる私がいる。このことにまず感謝したいです。

提案なき批判は愚の骨頂──常に絶対的な味方であること

唐突な格言めいたセリフですが、私の信頼する先輩の言葉です。その意味は、読んで字のごとく。

私は物事への批判的な目線はすごく重要だと思っています。実際に旧職の会計監査では批判的な目線というものがかなり重要な要素のひとつでした。でも、これはその能力に長けた人であればある意味簡単なことだと思うんです。ここから先が本当に難しい。「じゃあどうしたらいいの?」という視点ですね。

物事を批判する目的はブレーキをかけることだけではないと思うんです。もちろん、会社の存続を左右しかねない問題が発生する可能性があれば、それは全力で阻止しなければならない。でもそうでないとすれば、批判的な目線は物事を加速させるために持つべきであり、そのためには具体的な提案が必要だ、ということだと思います。

私に置き換えれば、数字の根拠を添えて批判的な目線を持つこと、なんだと思います。たとえば新規のエリア開拓においてよりよい場所を数値の比較をもって提案する、といったことでしょうか。

批判というと敵対しているように感じますが、実は全く逆ですよね。その発想に共感し会社としてよりよいものにしたいという感覚、それを大事にしたい。すなわち、新たに生まれたイチを確立させるために、常に絶対的な味方であること、これが私の脇役としての美学ですね。

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