営業部長から新規事業、企画責任者へ。バラバラに見えるキャリアをつらぬく想い。

「派遣」という柔軟な雇用形態を通じて、働き手をひとりでも増やしたい。そんな想いで事業を運営、派遣の求人情報で顧客満足度No.1(※)の「エン派遣」。事業の舵取りを担う「企画マネージャー」中島純は、営業として入社してから新規事業開発、企画責任者と一見門外漢な道を渡り歩いてきました。そのキャリアに一貫した想いに迫ります。

初めての道を、あえて選択していく

2016年、2017年と派遣の求人サイト“利用者満足度No.1”に輝いた「エン派遣」。このサイトをはじめ派遣会社が円滑に事業運営するためのサポートをしているのがエン・ジャパンの派遣会社支援事業部です。

「派遣」という柔軟な勤務ができる雇用形態を通じて、仕事に就く人をひとりでも増やしたいという想いをつらぬき、業界No.1を獲得。多くのユーザーから愛されています。

そんな事業部で、営業企画グループのマネージャーとして活躍しているのが入社13年目の中島純。グループでは事業戦略の立案から、サービスそのものの設計、営業の販促支援施策の検討、ユーザーや派遣会社向けイベントの企画など幅広い役割を担っています。

豊富な企画経験を見込まれて……と思いきや、実は企画職未経験から責任者へと抜擢されたのです。

中島 「企画職はこれまでのキャリアの中でも初めて挑戦する職種、かつ前任者がいない状況。不安でなかったというとウソになるかもしれません。
ただ不安以上に、No.1を目指す(異動当時)事業のかじ取り役を任されることにワクワクしたことをおぼえています。 “いつか来た道 ” は楽しくない。そんな想いでキャリアを選んできたので。異動してから 2年が経ちますが、あのときの選択は間違っていなかったと日々感じています」

そう語る中島。彼のちょっと変わったキャリア変遷と、変わらずに持ちつづけた想いに迫りました。

強者ばかりの新規事業開発

中島は求人サイトの営業として、2006年にエン・ジャパンへ入社。製造業を中心に企業の中途採用支援を担当し、2011年に十数人を束ねる営業マネージャー、2012年には営業部長へと昇格。順調に営業のキャリアを突き進んでいました。

リーマンショックに端を発した不況も終わり、人材業界全体に景気の波が戻ってきた2014年。「好調なうちに、新たな事業の柱を育てよう!」と、エン・ジャパンでは新規事業を検討する新しい組織が立ち上がることになりました。

そこで、中島のキャリアにも大きな変化が。新たな部署の「事業開発マネージャー」に抜擢。戸惑いながらも、初めて「営業以外」の仕事を担うことになったのです。

中島 「新規サービス開発をミッションとした部署は、エンジニアが中心で実に国際色豊か。中国、台湾、ロシア、ドイツ、フランス、レバノンなど、国籍も価値観もバラバラなメンバーでした。
営業時代に関わっていたエン・ジャパンの理念や考え方に共感して集まった仲間とは、まるで違う環境。共通言語がない中での仕事は、初めて味わう感覚ばかりだったことをおぼえています。最初は戸惑いましたし、それまでの経験がゼロになったような、まるで転職をしたような衝撃でした」

事業開発マネージャーの仕事内容は、サービス開発の方向性を決めて開発メンバーに要望を出すこと。そして、そのサービスを広めていくこと。でも、一緒に働く仲間は最新技術や先行する海外サービスの知見を、中島よりもはるかに有している者ばかりでした。

営業時代と変わらないもの、変わったもの

中島 「自分の存在意義を見失いそうな環境でした」

周囲のメンバーの知識や力量と比較すると、明らかに自分は劣っている。しかし、自分のミッションはサービスの方向性を決めて、リードしていくこと。そのためには、周囲に “仲間” として認めてもらうことが大切だと考えました。ここで役立ったのが、営業時代の経験です。

中島 「営業の仕事で大事なのは “相手の気持ちをくみ取り、抱えている課題を明らかにする。そのニーズに対して、必要な打ち手を提案する ” こと。これまで対顧客に行なってきたやり方を、対社内でも実践しました。日々、上司や同僚に商談している感覚でしたね」

特に新規事業開発は、意思決定のスピード感が早く、方針も毎日のように変わっていくような状況。中島は、状況を把握し、仮説を立てて、実行し、調整する。そんな地道なプロセスを繰り返しながら、少しずつ仲間からの信頼を勝ち得ていったのです。

中島 「営業時代は、見渡せばたくさんの仲間がいたし、ノウハウも惜しみなく教え合う風土があった。何より尊敬できる上司や先輩がいたから、やり方を真似をすることもできました」

しかし、新規事業開発の部署はまったく違いました。周囲にいるのは、エンジニアリングやデザインのプロフェッショナルたち。業務を依頼すれば完璧なアウトプットが返ってきますが、その割り振りやサービスの基本設計などはすべて中島に委ねられます。さらにロールモデルもいない。

中島 「正直、追い込まれていたと思います。意思決定を仰がれても、自分のなかに判断基準がない。自転車操業のようにインプットし、周囲に確認しながら、自分のモノにしていくような毎日でしたね。でも……」

中島は、力強く前を見た。

中島 「このときの経験が、自分を知る転機になりました。たぶん、僕は自分に甘いんですよ。すべてがそろった状況では自分の力を過信して、飽きる。だから成長のためには、“追い込まれる環境 ” に身を置いたほうがいい。迷ったら困難な道を選ぶ。30代までは力を身につけるためにも、この考え方を貫きたいと思います」

ゼロイチではなく、10から100を生み出す楽しさ

その後、エン派遣の事業責任者から直々に指名をされて、企画責任者に抜擢された中島。そのまま新規事業プロジェクトに残る道もありましたが、ここでも「常にチャレンジできる環境を選ぶ」という中島の軸が決断を後押ししました。

新規事業で得た経験が活かせるのではないか、また当時感じた力不足を克服する腕を磨きたい……。未経験でチャレンジした企画職でも、責任者として判断を迫られる日々が待っていました。「やったことがない」は、言い訳になりません。

販売促進ツールの作成に、営業キャンペーンの企画、セミナーの企画・運営、部署内の社員教育、事業戦略の立案……やったことがないことばかりでしたが、プロとして、できるだけ正解に近いポジションを取るために勉強は欠かせません。

中島 「マニアックな知識欲があって、好奇心旺盛で、勉強が好きな人ばかりじゃないと思うんです。僕もそういうタイプではない。だからこそ、追い込まれて、必要に迫られて、ようやく勉強しています」

新規事業から、エン・ジャパンが創業後すぐにはじめた老舗事業への転身。そこにギャップはなかったのか。そう人に聞かれると、中島は決まってこう答えます。

中島 「 “エン派遣 ” は、満足度 No.1という土台があるからこそ、どんどん新しいチャレンジができる。どんな業界にしていきたいのか? どうやって市場を広げていくのか? マーケットリーダーとしてつくっていけるワクワクが日々あるんです。新規事業もゼロから生み出す楽しさがありましたが、10を 100にする感覚は、また違った面白さでした」

営業から事業開発、事業開発から企画、という2回の職種転換で中島が学んだこと。それは「厳しい道を選びつづける」ことの大切さ。

今まで携わったことのない事業領域。仕事を一緒にしたことのない仲間。あえて、基盤のまったくない場所を選んでいるようにも見えます。

それでも中島は、「異動によってゼロから信頼関係をつくる経験を何度もしてきてよかった」と振り返ります。それさえできれば、なんでもできる。たとえつまずいても、めげずにやり抜くことで信頼して任せてくれる人が増えていく。そうやってキャリアは切り開かれていくのかもしれません。

※ 中島が携わる「エン派遣」は「オリコン日本顧客満足度ランキング」で2016年・2017年 の2年連続、派遣情報サイト部門 第1位に選出。

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