「グラスの底に残った感動」 7万本のワインを試飲した男のインポーター起業物語(前編)

フィラディス(Firadis)はワインの輸入・卸しを行なう商社です。数万円~数十万円の価値を持つ「ファインワイン」のほか、世界各地から日本に紹介すべき「クオリティーワイン」を厳選し、正規代理店として輸入しています。今回は、社長・石田大八朗が起業に至るまでの物語をご紹介します。
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ヴィンテージワインは“古ければいい”というものではない

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▲代表取締役社長・石田大八朗

ワインには「とりあえずこれ」と言えるメジャーなブランドが存在しません。

しかも、白、赤、ロゼ、といった見た目の違いはもちろん、ブドウの品種、産地によって味わいは異なります。どんな料理と“マリアージュ”(結婚、すなわち相性の意味)させるかによっても選ばれるワインは千差万別なのです。

しかもわれわれが扱う、数年~数十年もの熟成期間を経たワインはさらに複雑です。

石田 「ワインを熟成させると、非常に奥深く官能的な魅力が開花します。ただし『古ければいい』といった単純なものではありません。
『適切な温度・湿度で保管されていたかどうか』『そのワインが今飲みごろかどうか』が重要なんです。古いワインは一般的に “ヴィンテージワイン ”と呼ばれますが、われわれはこのなかでも、熟成を経て初めてその真価を発揮するようなワインを “ファインワイン ”と呼んでいます」

フィラディスが輸入しているワインのうち、約半数はこの「ファインワイン」。1本100万円以上もするトップ・オブ・トップの商品から、数万円台の商品まで、年間7万本以上を入荷し、一流ホテルやレストランに卸しています。

残りの約半数はわれわれが「クオリティーワイン」と呼ぶワインです。

世界各国にはファインワインの本物感とエレガンスを兼ね備えつつ、1500~5000円くらいで日常的に楽しめるワインがあります。われわれは海外を飛び回ってそんなワインを発掘し、お手頃な価格で提供しています。

ワインの世界は、非常に奥深い。だからこそフィラディスが皆さまの“目利き”となり、本当に価値ある品だけを輸入しなければならないと考えています。では、創業社長・石田はなぜ、この難易度が高いワインの扱いをはじめたのでしょう。

どれだけ勉強しても謎が深まる――それが「ワイン」への情熱の源だった

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▲この一冊がきっかけとなり、ワインの奥深さに魅了された

石田は鹿児島県鹿児島市の出身です。子どもの頃から凝り性で、小学生の時には切手集めに熱中。当時は「発行されている切手の種類をすべて知っていた」と言うほどです。

一方両親はお酒が好きで、まだ小学校入学前の幼い彼をつれ、近所のショットバーで仲間と夜な夜な盛り上がっていました。

石田は地元の高校を卒業するとともに上京し、明治大学に進学。

1995年に卒業した後、「将来は独立したい」という夢を抱き飲食業の仕事に就きました。勤務先は誰もが知るビールメーカーの子会社で、全国に飲食店を展開する企業でした。「独立と言えば“お酒が飲める店!”」と連想したのは、両親の英才教育(?)があったからかもしれません。

ところが、彼は職場で別のものに惹かれていきます。

石田 「入社が決まってから、お酒の勉強をはじめたんです。お客様に商品をお勧めする時に知識が足りなくては恥ずかしい、と感じたんですね。
ビールやウイスキーの醸造、味わい方はまだ理解できたものの、意味がわからないジャンルがありました。ワインです。
勉強のために読んだ『ワインテイスティング入門』という書籍は、マイケル・ブロードベントという、ヴィンテージワインのテイスティングに 50年を費やした英国人が書いたものでした。そのなかには “繊細な酸味 ” “コシが強く、酸の均衡がとれている ”といった、聞いたことのない言葉や言い回しがたくさん出てきたんです」

「どうせやるならとことんやろう」 一流フランス料理店の門をたたいた

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▲仏・ボルドーで開催された展示会でのテイスティング風景がイギリスのワイン雑誌に掲載された。

2018年現在は絶版になったその本を手にとり、「日本語で書いてあるのに、まったく理解できませんでした」と石田は苦笑します。

石田 「この経験が、元来の凝り性な性格に火をつけたんです。まず、仕事を終えて家に帰ったら、1日 1本ずつワインを飲むことにしました。
安価な商品ばかりでしたが、それでも続けるうちに 『なるほど、コシという表現はこの味を指しているのか』などと理解できてきました。すると、どんどんワインの世界がおもしろくなってきてしまったんです。
余談かもしれませんが、ワインを理解するなら『おいしいねー!』といった陽気な雰囲気になる前に数分間、『どんな味わいなのか』とか『このワインの個性とはどんなものだろう?』など、目の前にある一杯のワインの本質を理解しようと向き合ってみてください。
そうすることでワインをより深く理解できるようになってきますよ」

1年半後、石田は転職を果たしました。彼が就職した大手ビールメーカーの主力商品はウイスキーやビールで、お客様に提供できるワインの銘柄が少なかったのです。たたいたのは一流フランス料理店の門。仕事が厳しいことでも知られる店でした。

石田 「どうせやるなら、とことんやらなければおもしろくありません。
やっぱり何かを極めていくことが、僕らしい生き方だったんです。若いうちに自分が何を楽しいと感じるかを知ることができたから、将来の方向性を選ぶ基準ができていたんだと思います」

実際、その店の労働時間は長く、理不尽な理由で先輩の怒声が飛んでくることもあったと言います。しかし、“特別な環境”を求めたからこそ、同時に“特別な訓練”を積むことができたと石田は言います。

石田 「一流店だけに、ワインリストには僕なんかじゃとても手が出せないヴィンテージワインもあったんです。僕はここでも、『飲んだことがないものをお客様にご提案するなんて無責任だ……』と悩みました。しかし、すぐにいい方法を見つけることができたのです」

飲み残しのグラスの底に見出したのは“荘厳さと崇高さ”だった

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▲世界的な銘酒といわれるワインにはその理由がある。

それは意外な方法でした。彼はなんと、グラスの底に残されたワインを味わってみようと考えたのです。

ワインが多めに残ったグラスが洗い場に下げられてくると、彼は目立たない場所に持って行き、こっそりと口に含みました。そして仕事が終わるとオーダー表を見て、「この銘柄だったのか」と記憶します。

ときには帰宅後、書籍に目を通して、その銘柄の評価を調べることもありました。人から見れば奇異に映る行動だったかもしれません。しかしこの情熱が、彼を新たな境地へ運ぶことになりました。

石田 「次第に、ワインのなかでも “ヴィンテージワイン ”の奥深さに魅了されていったんです。ワインは大まかに言うと、産地とブドウの品種によって味が決まります。
しかし、これに “時 ”という軸が加わると、荘厳さや崇高さといった、感動に近い何かをワインが表現しはじめることに気づいたんです」

石田は“グラスの底に残った感動”に心を奪われていきました。彼はこの頃から2018年現在までに、何本くらいのワインを口にしてきたのでしょうか?

石田 「えーと、計算すると……。まず、1日 1本を 15年続けたから、5000本以上になりますよね。
しかも買い付けの仕事をはじめてからは年間 4000~ 5000本を仕事で飲んでいますから、今までで 6万~7万本くらいではないでしょうか? 言葉を選ばず言えば “どハマり ”したんでしょうね」

この“どハマり”が、彼の人生を変えていくことになります。

後編に続く)

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