「日本に成熟したワイン文化を」 7万本のワインを試飲した男のインポーター起業物語(後編)

ワインの輸入・卸しを行う商社フィラディス(Firadis)の社長・石田大八朗。第1回では、石田がワインの世界に没入するまでの物語をご紹介しました。今回は、石田の未来を変えることになる苦い経験と武者修行の日々、ある顧客との運命的な出会い、そして起業したフィラディスで目指す未来に至るまでをお伝えします。
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「モンラッシェ、飲んでみたい!」 しかしそのお客様は首をかしげた

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▲代表取締役社長・石田大八朗

(「日本に成熟したワイン文化を」 7万本のワインを試飲した男のインポーター起業物語(前編)」はこちら

石田は高級フレンチの店で働いていた頃、今でも忘れられない体験をしました。ある意味、数万本のワインを口にするよりも貴重な経験だったかもしれません。

石田 「苦い思い出なんです。あるお客様がご夫婦でいらっしゃったんですが、奥様が明るい笑顔で『モンラッシェ、飲んでみたーい!』とおっしゃったんですよ」

モンラッシェはフランス・ブルゴーニュ産で、世界でも最も偉大な白ワインとして知られています。しかし、石田は不安になりました。お客様が希望されたのは、モンラッシェとしてはリーズナブルなもので、生産者も有名でなく、味わいが予想できなかったのです。

彼は一瞬「自信がないワインではなく、ほかをおすすめしたい」とも考えました。しかし奥様の笑顔を見て、ためらいつつもそのモンラッシェを提供してしまったのです。すると……。

石田 「不安が的中しました。おふたりは、『たいしたことないね』といった雰囲気で飲んでおられたのです。本当にいたたまれなくなった瞬間でした。
その後、似たような経緯で高級な赤ワインを出し、お客様に首をかしげさせてしまったこともありました。恥ずかしくて、僕はその後、このお客様の前に顔を出せませんでしたよ」

しかしこの苦い経験が、彼の起業の原点になっているのです。

週7日費やすことも厭わない。武者修行でつかんだ目利きとしての確かな目

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▲社内にはこれまで開けた高級ワインの空瓶が並ぶ。スタッフにとってはかけがえのない体験となる。

石田はその後、高級フレンチの店を退職しました。大学卒業時の夢は飲食業での独立でしたが、彼はついに「ワインを一生の仕事にしよう」と決意したのです。

ただし「ワインを職業にするには自分にはまだ欠けているピースがある」とも感じていました。醸造を実体験していなかったのです。

そこで石田は27歳の時、“ワイン武者修行”の旅に出ました。それまでにフランス産のワインの知識は得ていたので、あえてカリフォルニアワインの生産者のもとに居候し、英語力を鍛えつつ醸造の現場を体験しました。

そして彼はアメリカで半年間過ごした後イギリスへ渡り、ワインスクールに通います。この地で石田は貴重な経験をしました。

石田 「ロンドンではよくスーパーマーケット巡りを楽しんでいました。“地元の普通のスーパー”といった佇まいの店にある、1000円程度のワインがとてもおいしかったんです。
そうした店のワインは大抵、『マスター・オブ・ワイン(世界で数百人しか持っていない最難関資格)』を持った方か、それに準ずる知識をお持ちの方が、コンサルバイヤーとして選んでいました」

この過程で、彼は気づきました。ヨーロッパでは、身近に安くておいしいワインがたくさんあるから、ワインを愛する人が増える。ワインの愛好家が多いから、商品の幅も広がっていく。みんなの舌が肥えているからおいしいものが選ばれて残る――。

彼はこれらを楽しみながら「日本もこうでなければ」と感じました。フィラディスが高級な「ファインワイン」のビジネスからスタートして、日常的に楽しめる「クオリティーワイン」も扱っているのは、この時の思いを実現させたいという信念があるからです。

ワインスクールに通ったあと、石田はフランスに渡って週6日間日本食のレストランで働き、週1日の休みにワインの産地を訪ねる生活をはじめました。当時のことを、石田は感慨深く振り返ります。

石田 「学生時代、僕にとって勉強は苦痛でした。しかしワインの勉強は、週に1度しかない休みの日さえも費やしてしまうほどおもしろかったんです。好きなことを仕事にするって大切だったんだな、と思いました。
また、ずっと『世の中には僕よりワインを知っている方がたくさんいる』と思ってきたんですが、1年半海外で過ごし、帰国した頃には『僕もいいところまで来ているのかな』と思えるようになっていたんです」

「ソムリエに恥をかかせない」、その信念が創業後の苦境を脱するきっかけに

この自信を持って、石田はワインのインポーターに就職しました。ワインインポーターとは、世界中のワイン生産地から「これぞ!」と思うワインを輸入する会社のこと。なかでも、石田が入社した会社の顧客は一流ホテルやレストランばかり。生半可な知識では通用しません。

しかしこの環境こそ、石田にとっては“水を得た魚”でした。

彼は、フランス料理店でモンラッシェを出した時に決意した「ソムリエに恥をかかせてはならない」という思いも込め、必死で価値ある品を探しました。値段は安くともちょうど飲み頃を迎えているもの、欧州の有名レストランの蔵から出てきた、機会を逃したら二度と買えないものなどです。

逆に「この銘柄の希少なワインが、これほどまとまった本数で売られているのはおかしい」などと疑問を感じたら、仮にお手頃でもその商品は仕入れませんでした。

すると、石田は次第に、ワインの味に妥協しない姿勢が評価され、一流ホテルのシェフソムリエたちからの信頼を得るようになっていったのです。そして「僕自身が納得できるワインを売りたい」と考え、2003年にフィラディスを設立。ついに独立を果たしました。

ただし独立・起業は、知識があればすぐに軌道に乗るほど甘いものではありませんでした。資金が限られているため在庫が持てず、かといって商品がなければ買い手もつきません。情熱を持って「日本に至高のワインを紹介したい」と起業したはずが、石田はいきなり八方ふさがりの状況に陥っていたのです。

しかしここで、石田はある人物に助けられます。苦い経験を活かし、必死で「ソムリエに恥をかかせまい」と働いてきたことが苦境を脱するきっかけになったのです。

石田 「ある一流ホテルのシェフソムリエの方に『数カ月以内には絶対に商品を納入しますから』とお話すると、なんと、私を信じて2000万円分ものご発注をいただけたのです。
当時、酒販免許もおりておらず、まだ海のものとも山のものともつかない会社の話を信じて、前払いでお金を支払ってくれるなんて考えられないですよね」

石田はその恩義を忘れることなく、今もこのシェフソムリエの方と深い付き合いをしていると言います。

「いいワインにはフィラディス香がある」 お客様の言葉に背中を押された

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▲スタッフにとっては”厳しい社長”の一面も。信念を通すためには妥協はしない。

その後、石田は無事、シェフソムリエが納得するファインワインを仕入れて初めての実績をつくりました。そして、彼はこの時に得た資金をもとにワインを仕入れ、事業を軌道に乗せていきました。

石田 「実を言うと、ファインワインは品種、産地より、熟成の状態の良し悪しのほうが味わいに大きな影響を及ぼします。また、古さよりタイミングが重要です。いままさに香り・味わいが高まっているワインは“ひらいている”と表現されます。
そして多くのワインは、ひらいて、少し経つと閉じて、またひらいて……と、年単位で波を描くんです。当然、私はひらいているワインだけを仕入れました」

これらのこだわりが、新たなファンを獲得していきました。次第に「レストランでおいしいワインだと思って輸入者シールを見ると、インポーターが決まって『フィラディス』だった」という理由で関心を持ってくれる方が増えてきたのです。

そしてある日、石田のもとに見知らぬ方からメールが届きます。文面を読むと、丁寧な言葉で「よくフィラディスのワインに巡り会うので不思議に思った」「一度お話をうかがいたい」と書いてあります。石田が会ってみると、その方はワインをこよなく愛するIT企業の経営者でした。

石田 「この時、彼は私にワインの選び方など、さまざまな質問をしてくれて……。私たちが仕入れたワインには総じて“フィラディス香”があるとおっしゃったのです。その瞬間、私はこのビジネスをはじめてよかった、と感じました」

ワインはビールに比べ、ブランドの数が1~2桁は多く存在すると思います。しかしフィラディスは、そのなかからバランスがよく、綺麗で伸びやかな香りがあるワインを仕入れています。これが知らず知らずのうちに“石田のワイン観”をお客様に伝えていたのです。

石田 「この言葉はうれしかったですね。この方の言葉を聞き『おいしいワインを輸入し続ければ、もっと多くの人がワインの魅力に気づき、日本は真に価値のあるワインを選べるマーケットになる』と確信を持ちました。
しかも日本人は繊細な味覚を持っているから、欧米諸国とはまた異なる、洗練された文化をつくり上げていくことでしょう」

こうして石田は事業を拡大。今も“日本に成熟したワイン文化を根付かせる”という大きな夢に向かって走り続けています。

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