「いつでもおいで、待ってるよ」ベテラン児童館職員が地域で育む“横並び”のつながり

「0歳から18歳までの子どもとその保護者のための施設」として、日本で1950年代から開設が始まった児童館。東京都国立市の小型児童館「矢川児童館」に勤務する向井真規子は、多くの子どもたちの支持を集める人気職員です。大学で社会福祉を学び、結婚・出産を経て現職と出合った向井の、仕事への想いをご紹介します。

「子育ての恩返し」として選んだ、児童館職員の道

▲子どもたちと一緒に館内の遊戯スペースをペイント

「ようこそ、どこでも自由に見学していってくださいね」

そう言って出迎える笑顔の中にさえ、すでに親しみやすく温かな人柄がにじむ向井。3人の子を育てながら、実に15年。長きにわたりキャリアを重ねてきたベテラン職員である彼女は、親子の集まる活気にあふれた児童館づくりの手腕で勤務地域内外から高い評価を受けています。

大学では社会福祉を学び、地域福祉研究の第一人者である牧里 毎治氏に師事。日雇い労働者問題にも関わっていた彼女が児童館職員という職業を選んだきっかけは、「自分自身が児童館に救われたから」でした。

向井 「私、生まれは和歌山で、社会福祉を学んだのも関西なんです。だから結婚して、東京で子育てを始めたら、周囲に誰も頼れる人がいなくて。夫も帰りが遅かったから、ひとりきりで赤ちゃんと向き合いながら、『なんで大阪を離れちゃったんだろう』って、落ち込んでいたこともあったんです。
でも、児童館が近くにあって、行ってみたらそこには同じ歳くらいの赤ちゃんを抱えたお母さんたちが 70名くらい集う親子教室があって。それから、教室がない日も自分たちで集える自主グループを立ち上げるようになっていったことで、児童館とのつながりが深くなっていきました。たぶん、私自身の東京での最初の居場所は、児童館でした」

他の福祉職の道を模索したり、百貨店店員として働いていたりした時期もあった向井。その中で、この仕事を選んだ理由のひとつに、子どもを育てながら働く職場としてぴったりだったということが挙げられます。児童館職員になってからは、市内にある3箇所すべての児童館で勤務してきました。

向井 「自分の子育て経験も生かしながら、たくさんの子どもたちに関われるこの仕事は難しいけど、おもしろいです。地域によって、子どもたちのニーズも地域の課題も違うから、とにかく必死で駆け抜けてきました」

先生でもなく、親でもない、自由な大人として関わること

▲手描きにこだわり、向井が作成する児童館だより。子どもたちが色鉛筆で彩る

児童館職員として、順調な滑り出しをしたように見えた向井。しかし、実は向井が最初に職員となったとき、待ち受けていたのは退職した前任者を慕う常連の子どもたちのブーイングでした。

向井 「前の職員さん、とても慕われている女性だったんですよね。だから最初のうちは、子どもたちは『なんでお前なんだよー!』みたいな反応で。『あらら、どうしようかな』と思っていたら、当時私をこの仕事に導いてくださった児童館の館長が『事務仕事はいいから、とにかく子どもと遊んできな』って、背中を押してくれたんです」

そうして子どもの話に耳を傾け、ひたすら遊ぶうちに、向井の中に自然と育まれていったのが「児童館職員は横並びの関係がいい」という想いでした。

向井 「親でもなく、先生でもない大人と話せる場って、すごく大事だなぁと思っていて。だから子どもたちにも先生じゃなく『まっきー』とか『まき』って呼んでねと言っています。『行けばいつもそこ(児童館)にいる人』として、子どもたちにとって関わりやすい、話しやすい存在でありたくて。たまにうちの子が児童館に来るときがあるんですが『ここではお母さんって呼ばないで』って伝えているんですよ(笑)。
保護者に対してもそう。私たちは何かを指導する立場じゃないんです。私自身も子育てで大変な時期がたくさんあったから、そんな経験を伝えながら寄り添えるようにと心がけています」

「お菓子食べようよ」子どものニーズに応え、にぎわいの場づくりを

▲人気企画の「お菓子タイム」。持ち寄ったお菓子をみんなでシェア

そんな向井が、「子どもたちにとって来たくなる児童館であるように」と始めた好評企画のひとつが「お菓子タイム」。子どもたちと好みのお菓子を持ち寄りますが、持っていない子にも向井がお菓子を分け、みんなで輪になって雑談に花を咲かせます。実にシンプルながら、これが大好評。また、ボックスを設置し、好きな楽曲のリクエストを受け付ける企画も人気を集めています。

向井 「甘いものを食べたり、好きな音楽を聴いたりしてほっとしている時間って、やっぱり楽しいじゃないですか。『こんなふうに、好きにしていていい場所ならまた来てもいいかな』って、思ってもらうことが大切で。
しかも子どもたちがそういう時間にふと、家庭の悩みや自分の現状を話すことがあるんです。ときに『うちのお母さん薬飲んでいて朝起きられない』とか、『いるだけいいじゃん、うちにはいないよ』なんていう声を聞くこともあり、そのたびに『ここを安心できる居場所にしながら、適切な支援をしなければ』という想いで動いてきました。
あとは、ここにある素材を使って好きなものを好きなときにつくれる『自由工作』も人気です。高価なものじゃなくていい、段ボールや色紙、リボンなどを集めて用意しておくだけで、子どもたちは意外なほど、思い思いに創作を始めるんですよ」

「横並び」の発想を原点に、利用者の目線に立って訪れやすい場づくりを心がける向井。彼女が配属された児童館には次第に来館者が増えていくだけでなく、地域とのつながりも育まれていきます。

すべての親子に居場所を、人と人とのつながりを感じる体験を

▲子どもたちの気持ちに寄り添い、ふれあいの時間を大切にしている

こうして向井は、いつしか絶大な支持を集める人気職員に。最初の職場異動の際には子どもたちが自主的にお別れ会を開催してくれたというから、その存在は彼らが児童館に来る理由そのものになっていたのでしょう。元利用者の子どもの中には、現在も引き続き連絡を取り合っている子もたくさんいると話します。

向井 「職員になりたての当時、私に反抗的な態度をとったり、よくいたずらしてきたりした小学生の子どもたちがいました。きっとかまってほしい気持ちの裏返しだったんでしょう、彼らとはその後うんと仲良くなって。高校生になっても児童館イベントを手伝いに来てくれていました。その後も進路相談に乗ったり、社会人になってがんばっている彼らをずっと励まし続けています」

そんな向井が描く、理想の児童館とはどんな光景なのでしょう。

向井 「地域社会のすべての人たちにとって、笑顔のあふれる居場所、でしょうか。子どもや保護者だけでなく、『児童館があるおかげで、みんながつながれたね』と感じていただけるような、皆さんにとって必要と思っていただける、ほっとできるきっかけづくりの場にしていきたいと思っているんです」

その言葉どおり、向井は近隣の商店街の協力を得てハロウィンパレードや地域探検の催しを実施したり、地域の福祉館と共にお年寄りを巻き込んで昼食会などの行事を行ったりと、子どもを中心に地域全体をつなぐイベントを数多く実現してきました。

向井 「今は子どもたちが忙しすぎて、児童館に立ち寄る暇もなくなってきているけれど、こんなふうに思い思いに過ごせる場所や時間が、子どもたちを支えるときがきっとあると思うんです。実は、もうすぐ移転になって、立派な施設に入ることになるんですが、この昔ながらの建物が持つ温かさや、雑多な居心地の良さは失いたくなくて。
子どもも大人も、誰にも判断されず、レッテルを貼られたりせず、のびのびとありのままで過ごせる場所があったら、人はきっと人に優しくなれると信じています。『福祉の専門職で働くだけが福祉じゃないよ』と言ってくれた、ある恩師の言葉をときどき思い出すんです。児童館で笑ってお菓子を食べて、いっしょに過ごすというさりげない日常の中で、ささやかな喜びと温かい気持ちを届けることこそ、立派な福祉につながるのかもしれない。
しかもそれは、子どもたちにとって身近な児童館だからこそできることなのかもしれないって。特別じゃなくていい、小さなことからでも、人が人と関わることで得られる温かさや安心感を子どもにも保護者にも体験してもらえたら。私は、地域にとっての “家 ”みたいな場を、育んでいきたいんです」

時代が変わろうと、児童館の果たす役割は変わらないと考えている向井。児童館が、子どもたちだけではなく、保護者にとっても「心の拠りどころ」であり続けるよう、向井は歩み続けます。

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