自他ともに認める保守的な「どさんこエンジニア」が踏み出した、新たな一歩

札幌にある富士ソフトの北日本事業所で組み込み系ソフトウェア開発に従事する高橋恵子は、自他ともに認める保守的なタイプ。しかし、2016年に一念発起して富士ソフトに転職。今やプロジェクトリーダーとして頼りにされる存在だ。そんな「どさんこエンジニア」の成長ストーリーをご紹介。

私だって、新しいことに挑戦したい!

▲エリア事業本部 北日本事業所 エンベデッド開発第3技術グループ 高橋 恵子

高橋 恵子は札幌生まれ、札幌育ち、生粋の“どさんこ”だ。大学卒業後、札幌のソフトウェア会社でエンジニアとして働き出した。

高橋 「地元が大好きなので、札幌で働ける会社というのが就職活動の大前提でした。次に、自分に何ができるか、どんな仕事がいいかを考えていたときに、よくある就職活動の適性診断テストを受けてみたんです。そしたら『システムエンジニアが向いている』って出て。ものづくりが昔から好きだったこともあってエンジニアの道を選びました」

そして高橋は、希望どおり地元・札幌に本社がある社員200名ほどのソフトウェア会社に就職した。

高橋 「入社した当時は携帯電話の開発がピークを迎えていて、忙しかったけれど充実していましたね。ただ、あっという間に携帯電話の時代が終わって、開発の規模や内容も小さくなり、ついには評価業務だけに……それでも店舗管理や金融関連システムの開発に携わらせてもらってなんとか経験を積ませてもらいました」

そんな時に、高橋は上司からマネジメントへの道を打診される。

高橋 「入社 7年目、それなりに経験を積んできて、マネジメントに興味がなかったわけではないんですけど……まだエンジニアとしての技術力が全然足りないと感じていて。それなのにほかの人の作業管理を行う立場になるなんて、不安でしかなかったです」

もっと技術を勉強したい──そこで芽生えた強い気持ちが高橋に転職を決意させる。

高橋 「転職のことを話したら、家族や友人には『そういうことはしないタイプだと思っていた』と驚かれました。でも、私だって、新しい環境で挑戦してみたかったんです!」
高橋は一念発起して転職活動を始め、新たな一歩を踏み出した。

芽生え始めた自信と責任感

▲チームメンバーと

いわゆるガラケーの全盛期には、富士ソフトも携帯電話のソフトウェア開発を幅広く手掛けてきた。

高橋 「規模はまったく違いましたが、同業として富士ソフトのことは知っていました。業務の幅が広いので、いろいろなことができておもしろそうというイメージでした。新しい技術にも取り組んでいるし、やる気があれば勉強させてくれる会社だという話を聞いて、ぜひ入社したいと」

高橋は自分がさらに成長できる環境に惹かれ、富士ソフトの面接へ。面接では、北日本事業所所長の茂木 俊彦をはじめ、課長陣が勢ぞろいで迎えてくれて、人を大事にする会社なんだということが伝わってきたという。

また、充実した福利厚生も決め手のひとつだったと語る高橋。

高橋 「正直、初めて転職活動をしてみて、もう 2度としたくないと思っていました。自分をアピールするのは苦手なんです。だから次に入る会社で、最後まで勤め上げようと決めていました」

そんな高橋にとって、女性が出産後も安心して働き続けられる環境というのはとても魅力的だった。そして高橋は一生を捧げるかもしれない職場に富士ソフトを選んだ。

入社して最初に担当したのはインターホンシステムの開発プロジェクト。着実な仕事ぶりが評価され、1年ほど経った頃にはプロジェクトリーダーを支えるサブリーダーに任命された。

高橋 「周りからは、『サブリーダーになって人が変わった』とよく言われます。たしかに、もともと人前で話すことは苦手で、何より、自分に割り振られた作業をしっかり終わらせることに集中していました。

でも任命されたからには、自分のことだけでなく、ほかのメンバーの作業にも目を配って作業管理をしなければと責任を感じるようになりました。メンバーに話しかけることも増えましたね」


仕事に対する責任感の変化が伝わってか、2018年10月からは、プロジェクトリーダーを任されるようになっていた。

高橋は入社前にまだ早いと思っていたマネジメントへの道を、既に歩み始めているのだ。

高橋 「自信がないのは相変わらずですが、『失敗してもいいんだよ』と言ってもらえるので、大船に乗ったつもりでやらせてもらっています。(笑)
所長の茂木のポリシーで、いつも言われるのが、『準備は裏切らない』という言葉。相手が求めていることは何かをよく考えて先に準備しておけば、私でも少し自信を持って動くことができます」

もし失敗したら、それは準備が足りなかったということ。次はもっと準備をしていけばいいのだとポジティブに考えられるようになった。

地場企業とニアショアの絶妙なバランスでかなえる、地元で働くという夢

▲名古屋出張の時にもらった現地メンバーからのありがとうプレート、感動!

2019年現在も、高橋はインターホンシステムの開発プロジェクトを担当。ニアショア開発として、名古屋のお客様と遠隔でコミュニケーションをとりながら業務を進めている。

高橋 「地元が大好きな私は、札幌の企業に貢献したいという想いも強いのですが、それだけだとどうしても仕事が限られてきます。しかし北日本事業所の業務は地場のお客様の仕事と、関東や名古屋のお客様のニアショア開発が半分ずつ。このふたつを両立しているのがとてもいいところだと思います」

ニアショア開発は新しい技術が求められることも多く、今はインフラにAWSを利用している。

高橋 「これまで組み込み系ソフトウェア開発一色だった私にはまったく新しい世界ですが、勉強して、社内の詳しい人に教えてもらいながらなんとかついていっています」

ニアショア開発の場合、名古屋のお客様であれば名古屋オフィスのメンバーと連携しながらプロジェクトを進めていく。その際の高橋のコミュニケーションは“巻き込み力”として周囲から評価されている。

高橋 「巻き込み力なんて恐れ多いですが、皆やさしく話を聞いてくれるので、気になったことはなんでもすぐに相談させてもらっています。『もっとこうした方がいいんじゃないか』『このまま進むとここが問題になるんじゃないか』お客様も含めてそういう話ができる環境なので本当に感謝しています。早め早めに動いたことがバグを減らしたり、いい結果につながっているのかなと感じます」

上司は、そんな高橋を「いつも態度は謙虚ですが、芯はしっかりしていて言うべきことははっきり言う。しなやかな強さがお客様からも信頼されている」と話す。

高橋 「本当に周りの方が親切で、温かく支えていただいているので、自分も同じようにやさしさを返していける人になりたいです。プロジェクトリーダーとしても、メンバーがどうしたらもっと働きやすいか、モチベーションを上げられるかということを常に意識して仕事をしています」

仲間とともに挑戦し続けられるから、きっと長く働ける

▲バレーボールの練習後に

富士ソフトは、2020年に創立50周年を迎える。50周年を記念して全社であらゆる種目の競技を行う記念イベントを開催している。

高橋 「 eスポーツやリアル脱出ゲーム、テニスなど様々な種目があり、それぞれエントリーした競技ごとに練習を重ねて、北日本事業所で金メダルを獲ろうと盛り上がっています。私はバレーボールにエントリーしていて、週に 1回は練習に励んでいます。大人になってからこんなにスポーツに打ち込むことってないですよね。腕なんて笑っちゃうくらいアザだらけです」

北日本事業所で働く社員は9割が北海道出身。アットホームな職場で離職率が非常に低いのが特長だ。

高橋 「本当にみんな仲が良くて、プライベートでも家族連れで BBQをしたり、スノーボードに行ったり、よく遊んでいます。お互いの家庭環境もわかっているので、働き方も配慮できますし、何より楽しいです」


アットホームな職場というと、仕事とプライベートの境目が曖昧なイメージを持つ方もいると思う。しかしそこのメリハリはかなりはっきりしている。

高橋 「働き方改革がとても進んでいて、コアタイムなしのフルフレックスや在宅勤務、 30分単位で取得できるフレキシブル有休などを組み合わせたウルトラフレックスという制度で自由な働き方が認められています。長時間残業も減らすようにきっちり管理しています」

「汗を流して、一致団結!」の一方で、勤務時間中は業務に集中して生産性をあげなければいけないという意識が強いのだ。そして北日本事業所で働く中で、高橋の気持ちに大きな変化があった。

高橋 「入社前は札幌から出るなんて考えられなかったのですが、今は東京や名古屋などほかの都市でも期間限定なら働けるかなと思うぐらい成長しました。たいしたことないですか?(笑)
でも私にとっては大きな成長なんです!周りの方々への感謝を忘れずに、マネジメントとしても、技術面でも、もっともっと成長し続けたいと思います」

成長したいという“強い意志”が周りを巻き込み、高橋は周りに支えられ、成長してきた。その意志がある限り、これからも富士ソフトで成長を続けるだろう。

関連ストーリー

注目ストーリー