石炭産業の消滅がターニングポイント。かつて日本の発展をリードした筑豊地域が目指す新たな産業の創出

豊かな自然と食、利便性に恵まれ、移住先や創業地として注目を浴びている福岡県。60市町村からなるその土地は、地理・歴史・経済的特性から「北九州」「福岡」「筑後」「筑豊」の4地域にわけられます。今回は筑豊(ちくほう)の歴史的背景を紐解きながら、創業の土地としての魅力をご紹介します。
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福岡県の中央に位置し、3つの地域からなる筑豊

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▲田川飯塚バイパス+ぼた山
「筑豊」と聞いて、どこにある、どんな地域なのかすぐわかるーー。
そんなあなたは、かなりの“福岡通”か、“歴史通”かもしれません。

筑豊は、福岡市と北九州市の大都市圏に挟まれた、県中央の緑豊かなエリア。かつての地方行政区分「筑前国」と「豊前国」の頭文字をとったものです。ここでは、福岡県の人口の8.2%にあたる約41 万7,000人(2015年10月現在)が生活しています。

筑豊エリアは、さらに3つの地域にわかれます。北から直鞍地域(直方市、若宮市、鞍手町、小竹町)、嘉飯地域(飯塚市、嘉麻市、桂川町)、田川地域(田川市、香春町、添田町、糸田町、川崎町、大任町、赤村、福智町)となっています。

筑豊といえば、真っ先に浮かぶのが「炭鉱」です。かつて日本一の生産量を誇り、日本近代化の基礎を支えてきた炭田が、この地にあったのです。

かつて日本一の出炭量を誇った筑豊炭田。その繁栄と衰退に翻弄された歴史

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▲石炭記念公園
筑豊の歩みは、炭鉱とともにありました。

日本における石炭の発見については、実にさまざまな説があります。中でも文献に残っているものとして、日本で初めて石炭が発見されたのは1469年、福岡県の三池郡で「燃える石」として見つかったという説があります。それから10年ほど経ち、筑豊でも「燃える石」が見つかったと伝えられています。

筑豊エリアは、江戸時代から石炭の産地でしたが、明治時代に「鉱山解放令」が発布されて出炭量が飛躍的に増加。「筑豊炭田」と呼ばれ、戦前には国内最大規模の採炭地へと成長しました。最盛期には筑豊に150ほどの炭鉱が存在。わが国の出炭量の6割ほどを占め、日本近代化の基礎を支えていたのです。

第二次世界大戦後も、国の政策と朝鮮戦争の特需景気などにより、製造業や石炭産業が隆盛となり、このエリアはいち早く立ち直りました。

しかし、1960年代に進行したエネルギー革命により、石炭産業は衰退の一途をたどり、1976年には筑豊から完全に炭鉱がなくなりました。その結果、地域は衰退し、鉱害や失業問題など大きな課題が残されたのです。

その後、北九州地区に近い立地を生かして、炭鉱跡地に工業団地を造成。1992年には宮若市がトヨタ自動車九州工場の誘致に成功したことで、自動車関連産業の集積が進み、加工組立型産業が発展しています。また、この地域には九州工業大学と近畿大学産業理工学部があり、産学官連携による人材育成事業にも力を入れています。

筑豊エリアには、気前のいい人が多いといわれています。「宵越しの金は持たぬ」という炭鉱労働者のきっぷのよさを受け継いでいるのかもしれません。そして、カラッとした人柄も魅力的です。

お菓子メーカーの産地として知られ、ユニークな拠点も話題に

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▲松尾製菓
筑豊のもうひとつの特徴として、お菓子メーカーが多いという点があげられます。本社機能を都心に移転している企業もありますが、ひよ子、千鳥屋、さかえ屋、チロルチョコなど、全国に名の知れた企業や名菓がこの地で次々と生まれました。

その背景として、鎖国時代に唯一、海外とつながりがあった長崎から江戸に通じる長崎街道(通称シュガーロード)に位置し、砂糖が流通していたことがあります。さらに、炭鉱労働者の疲れを癒すために甘いものが好まれ、裕福な炭鉱主たちがお菓子産業を支えたことで、お菓子の産地として栄えたという逸話も。

また、地方創生交付金を活用して、おもしろい拠点が誕生しています。

廃校になった中学校を利用してサブカルチャーを発信する鞍手町の「くらて学園」、同じく廃校の小学校をスタジオや宿泊施設などの交流施設にリノベーションした田川市の「いいかねPalette」、空家を改築した小竹町のお試し居住体験施設「こたけ創造舎」など、拠点を構えることで、地域内外の人との活発な交流が生まれているのです。

自動車関連産業や医療、農業、子育てなど、特徴ある地域づくりを推進

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▲トヨタ九州PR館
それでは、筑豊の3地域の特徴をみてみましょう。近代国家の夜明けから日本の発展をリードしてきたこのエリアでは、石炭産業の衰退で大打撃を受けたあと、地域づくり団体や住民、行政が一体となり、新たな産業の創出を図っています。

直鞍地域は、福岡市と北九州市に近接し、交通アクセスが充実しています。直方市は農業が盛んで、遠賀川を利用した水辺のレジャーやキャンプなどのアクティビティを楽しむことができます。宮若市には、トヨタ自動車九州とその関連企業が集積し、工業のまちとして発展しています。鞍手町は製造業を軸にした定住促進、小竹町は子育て世帯の支援に力を入れています。

嘉飯地域は、飯塚市を中心としたエリア。飯塚市は「飯塚アジアIT特区」に指定され、先端産業を担っています。水と緑が美しい嘉麻市は、アウトドアが楽しめる環境で、子育て世帯へ手厚い支援を行っています。古墳のある桂川町は、JR博多駅まで最短25分の立地で、ベッドタウンとしての役割を果たしています。

田川地域は、県のほぼ中央に位置し、石炭産業の遺産、文化史跡や伝統行事、温泉、道の駅といった多様な地域資源を誇ります。

医療環境が充実した田川市をはじめ、村民パワーを生かした地域おこしで全国に名をはせる農業の赤村、子育て支援が充実した香春町。日本百景のひとつである英彦山など、観光資源に恵まれた添田町。それ以外にも、糸田町・川崎町・大任町・福智町まで、個性豊かな市町村がそろっています。

近代国家の夜明けから、日本の発展をリードしてきた筑豊エリア。石炭産業の消滅による厳しい時代を経て、今、新たな産業の創出に向けて活気を取り戻そうとしています。続々と生まれるおもしろい動きに将来への期待がかかるこの地を、一度訪れてみませんか。

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