自分の決断は正しかったのか。消えない問い

それなりにキャリアを重ねた経営者なら、社員の退職で一度は苦い想いをした経験があるのではないでしょうか。

ゲットイット代表の廣田優輝も創業初期、苦渋の決断を下しました。その決断は、ビジネス視点では間違っていなかったかもしれませんが、いまなお「本当に退職以外の方法はなかったのか」という問いが廣田の心の中にあります。

もちろん、終身雇用が過去の遺物になったと言っても過言ではない昨今、雇用する(される)ことに固執する必要はないのかもしれません。けれど「経営者として何かできたのかもしれない」という想いが消えなかったのです。

既存の人事システムではその人にフィットする働き方が見つけられなかったけれど、その人の特性を理解し、その人に合った働き方を提示できたら、もっと一緒に頑張れたのではないだろうか。

人は誰しも得意・不得意があり、生い立ちも特性も違います。それらに経営者がビジネスの損得勘定を超えて本気で向き合ったら、何かが変わるかもしれない。それは決して容易ではないけれど、やる価値があるのかもしれない。

そんなモヤモヤした想いを廣田が抱えていたころ、新入社員Aが入社して来ました。

営業事務として働き始めたAの基本的な仕事は、電話の取り次ぎやクライアントとの折衝、物流部門との伝達など。しかし、基本業務では失敗をくり返し、周囲からの指示通りに行動できない。しかも本人の行動にも一貫性がないなどトラブルを巻き起こす日々。

本人は「頑張りたい」と前向きなエネルギーを持っているのに、A自身も周りもストレスが溜まる一方で、Aはとうとう「最近眠れない」とこぼすようになりました。

廣田はうつ病を疑いカウンセリングを受けに行かせたところ、医師の診断は「発達障害の可能性があり、それがうつ症状を引き起こしているかもしれない」というものでした。

ある社員に全力で向かい合い、特長に合った仕事をカスタマイズ

医師から「一緒に話を聞いてもらった方が理解が深まる」と言われ、Aと共にカウンセリングを訪れた廣田。本人の苦悶に一緒に立ち向かうことを決意し、以降のカウンセリングにも同行するなど、彼の特性について理解しようと努めました。

同時に、指示経路を廣田に集約。医師の説明から「複数経路から指示があるとAは混乱する」と理解したからです。さらに指示の出し方や表現方法、作業内容などを1年ほどかけて試行錯誤し始めました。

すると、徐々にAの特長が見えてきたのです。

Aは口頭での指示、連絡を行動に移すことは難しく、複数の物事を同時に行うことや、臨機応変な対応は不得手です。けれど、時間に正確だし、数字やプログラムに対する突出した能力があるため、正確な入力作業が得意なことがわかりました。しかも、集中力が高く、ひとつの物事に対する継続性も高かったのです。

廣田 「本人もカウンセリングによって自身の特性と向き合えたのか、あるとき『 “あの辺やっておいて ”という指示だとわかりづらいので、“ここからここまでやってほしい ”という言い方に変えてほしい』と要望を言ってくれて。互いに気持ちいいやり方をすり合わせられるようになったのは本当に良かったですね」

Aに入力作業が向いていることがわかったところで、入力業務専門の席を設け、これまでそれぞれの担当者が別々に処理していた入力作業をAに集約。指示は必ず廣田からAに対しメールで行うフローにしました。

自分に向いた仕事に全力で取り組めるようになったAは自信を取り戻し、みるみるうちにパフォーマンスが向上。社内では入力処理の作業効率が上がりました。

そうしてAに全力で向かい合うことで気づいたのは、既存の人事配属システムの限界だったのです。

「人に合わせて業務を創出する」新しい人事システム

それまでの人事配属システムはいたって普通。中途採用がメインの当社の場合、職種ごとに採用したら試用期間にその部署でOJTを受けてもらい、 問題なさそうだったら正規雇用するというものでした。

けれど、それだと「既存の業務枠に人を当てはめる」ことになり、多様な個性を受け入れられません。結果、不適応を起こしてしまった社員に対して十分なサポートを提供できなかったのです。

新しく考えたのは創出型の配属システム。「人に合わせて枠の形を変える」という視点に立って配属先を決めることにしました。

まず、入社してもらったら会社の中にどういう業務があるのかを説明し、全部の部署を経験してもらいます。その上で話し合い、配属先を決めるのです。採用は職種ごとに行っていますが、他の職種が適正で本人も納得したら、その職種で採用します。

配属会議には希望する全社員が参加・発言できるようにし、実際に現場で新入社員と接した社員からの提案に耳を傾けるようにしました。そのタイミングで各部署から「この人が欲しい」というリクエストを受けつけることもあります。

もちろん既存業務の枠内で問題がなければそのまま配置しますが、既存の業務にこだわらず、フレキシブルに業務を組み合わせ、その人に合った業務を創出します。

廣田 「入社してきた人から『そこまでやるんだ?』と驚かれますね(笑)。でも、入社のタイミングでは当社に対してとくに思い入れがなかったとしても、試用期間に配属システムを体感してもらっているうちに、『絶対ここで働きたいと思った』と言ってもらえることが増えました」

創出型の配属システムを導入することで、新入社員の適性を見極めやすくなっただけでなく、社員のモチベーションも変わりました。全員がこれから働く社員について考えるようになったせいか、“共に働く仲間”という意識が強まり、チーム内の結束力が高まったのです。

これは思いがけない効果でした。

気がつくと多様な人ばかりのおもしろい会社になっていた

こういった社内の取り組みを情報発信したところ、「働きやすそう」「経歴ではなく人間性を見てくれる会社だとわかって安心」と応募が増加。面接時にも飾らず情報開示してくれる応募者が増え、採用後のミスマッチが減少しました。

これまで廣田が行っていた採用面接は、現場の社員に行ってもらうようにしたところ「自分たちで仲間を選ぶ」という主体的な意識になり、多様な個性への理解度が上昇。

採用という会社づくりの工程において、あらゆる段階で社員の声を聞くタイミングを設けた結果、普段から社員が発言しやすい雰囲気が生まれました。

そこで提案制度を新設したところ、さまざまな声が聞こえるように。社内の制度に関するものから、インフルエンザの予防接種に対する要望、ソファなどオフィス設備への提案など多方面から聞こえる声のすべてを拾うことは難しいのですが、一つひとつと向き合って「働きやすさ」につなげています。

そうして人に対する向き合い方を変えたところ、当社には重度障害者、高齢者、発達障害者、LGBT、元靴職人、芸人、教師、美容師、トリマー、お菓子屋さんやバンドマンなど、多様な個性と経歴を持つ社員であふれるようになりました。

廣田 「別に意図して個性を集めたわけではないんです。多様性を広げようなんて思ってない。自分が心地いい人、おもしろいと思う人を社員たちが選んだ結果、こうなりました(笑)。共通しているのは、社長である僕の顔色をうかがうのではなく、お客さんにとっていい仕事をする意識のメンバーだということですね」

他所からは「一会社の社長がここまでやるのか」という声も聞こえます。けれど、廣田はどこ吹く風。

廣田 「一緒に良くなっていきたいという人であれば、当社は付き合います。けれど、矢印が自分の方にばかり向いていて、あれをやってもらえない、これをやってもらえないと周りのせいにしてばかりの人だとお付き合いはできません。相手の意識を変えてやろうという姿勢ではないんです。結局は本人次第ですから」

その先で目指すのはよりフラットな会社。「ゲットイットに来たけど社長が誰かわからない」というのが理想です。全員が同じ目線でひとつのプロダクトをつくっていきたいと考えています。

そんな日が訪れたとき、会社はもっとおもしろくなっているはずです。