超高齢社会に求められる在宅医療の「質」。女性目線で医師の働き方から質の向上を

東京と神奈川を拠点に2018年現在、8つのクリニックで在宅医療を展開する医療法人社団平郁会。患者さんの「幸せ」にまで一歩踏み込んだ質の高い医療の実現を掲げ、2017年度末の患者数は3000人を超える規模に。理事長の大田和枝が自らの半生を振り返りながら、質の向上のために行なってきた取り組みを語ります。
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中学・高校生のときに祖父母の死を体験し、命を扱う職業について考える

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▲医学部時代の大田(写真中央)。自らボート部(女子部)を立ち上げるほど“体育会系気質”だった

私が医師になろうと思ったのは、中学・高校生のときに祖父母の死に直面したことがきっかけです。病気がちの祖母が若くして60代で亡くなったあと、祖父が末期がんで亡くなりました。

1990年代は「在宅医療」という言葉もなく、自宅での終末期医療も今とはまったく事情が異なっていたと思いますが、終末期を在宅で過ごし、家族に見守られて息を引き取りました。

祖父を家族でみとったことが、私が在宅医療に関わるようになった直接の理由ではありませんが、人の死や医療について考える原点になったことは確かです。祖父母の病気や死を通じて医師と接し、命を扱う職業は尊いと子どもながら純粋に感じるところがありました。

体を動かすことが好きで中学・高校時代は部活動に熱中していました。医療職を志し、医学部に進学。大学では友だちに誘われてボート部のマネージャーになり、そのうちに練習を見ているだけでは飽き足らず、自ら女子部を立ち上げてしまうような体育会系気質でした。

ボートはストロークという漕手がピッチを刻み、後ろの漕手がその背中やオールを見て息を合わせて、艇を進めます。私はストロークとして、後ろを漕ぐ後輩に自分の背中を見せて勝負に挑んでいました。

意識していなかったんですが、ボートで培った精神やイチから何かを立ち上げた経験は、理事長としての今の私の仕事のスタンスにつながっている部分があるかもしれません。

結婚・出産という転換期を経て、まったく未知数だった在宅医療の世界に

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▲研修医時代の大田(写真右)。大学卒業後は大学病院の医局に入局した

大学を卒業したあとは大学病院と一般病院で研修を受け、大学病院の医局に入局しました。高度な医療技術の習得や専門性の追求にやりがいを覚えながら働き、30代を迎えたときに結婚・出産という女性にとっての大きな転換期が訪れます。

子育てとのバランスをとって仕事を続けていくために、今後はどうするべきだろう……。医療者として自分ができることは何か、自分の進む道について考えていたときに、同僚から在宅医療の仕事をすすめられました。そこで、2011年に入職したのが平郁会だったんです。

祖父を在宅でみとった経験はあったものの、在宅医療は私にとって未知の世界。何も知らないところに飛び込むような感覚でした。背中を押されたのは、新しい世界だからこそのぞいてみたいという医療者としての好奇心と、平郁会が女性にやさしい職場だったからでした。

入職した当初は育児の関係もあって、非常勤医で週1日の時短勤務にさせてもらいました。女性に対する理解が深く、そういう働き方を受け入れてくれる環境でした。その後、子育ても落ち着いてきたころに常勤医にならないかと誘いを受けました。

在宅医療で高齢の患者さんと長く接していると、治療を続けていても加齢とともに患者さんの日常の生活動作が落ち込んだり、認知症が進んだりということがあります。

私はリウマチが専門ですが、最初は病気だけを診ていたのが1年、2年と経つうちに患者さんの生活をまるごと見るようになってきます。そうした経験を積み重ねるなかで、患者さんやご家族の気持ちに寄り添うことが自分は好きなのだと感じるようになっていました。

在宅医療に魅力を感じ、常勤医となって本格的に取り組んでみようと考えたんです。

医師の働きやすい環境が整うことで、在宅医療の「質」は向上する

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▲診察をする大田。医師にとっても働きやすい環境づくりに励んでいる

私が入職した当初から平郁会は診療体制がシステム化され、医師が医療に集中しやすい環境でした。今でも小さなクリニックでは、昼間の診療を終えた医師が夜間もオンコールで対応するパターンも多いと思います。平郁会では日勤帯の医師が昼間の診療に集中できるように、待機番医が夜間対応するシステムを早くから取り入れていました。

2016年に私が理事長を引き継いでからも、医師の帰宅後や休日に呼び出しがないように、夜間の対応については重要視していて、2018年5月にはナースがファーストコールを受ける夜間のコールセンターを開設しました。

平郁会では夜間と昼間で完全に分離した当直医体制を整えていて、これまでは夜間専門の医師が夜間のオンコールを受けていました。けれども診療中や処置中で、医師が電話に出られないこともありました。夜間はナースが電話をとり、患者さんへ夜間専門の医師から折り返し電話をしてもらうようにしたことで、夜間の対応もよりスムーズになったと思っています。

また、在宅医療の「質」の向上のために、専門科の診療を充実させているのも特徴のひとつです。患者さんの求めということもありましたが、医師が専門領域以外の疾患を持った患者さんを不安なく診られるようにしていこうと考え導入しました。必要な際は、主治医の他に専門の医師に診療に加わってもらうようにしています。

それから、子育て中の医師にも不安なく勤務してもらえるように、お子さんの急な発熱や病気による欠勤にも対応可能な体制をとるなど、女性にやさしい職場であることも大事にしています。ご家庭の事情で時短勤務を希望される場合でも、週3日から常勤医として働いていただけるようにもしました。

逆に1日でも多く働きたいけれど、家庭のことがあって家を空けにくいという医師のために、今後は家事代行サービスなども取り入れていきたいです。

特に女性医師は、結婚・出産・育児・介護といった理由で医療現場を離れてしまうケースも多いと思います。しかし、平郁会の女性医師のなかには、家族の介護で退職したのち非常勤医として復帰された医師もいます。これからも女性目線のサポートを手厚くして、女性のライフステージに合った働き方を応援していきたいです。

働きやすい環境を整えて医師を大切にすることは、医療法人としてのサービスの充実にもつながり、その先の患者さんに対する在宅医療の質の向上にもつながると私たちは考えています。

「断らない」を実現。そばに在り続ける医療で患者さんの「幸せ」を応援する

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▲2018年現在の大田。理事長として「患者さんの幸せ」にまで踏み込んだ医療の実現を目指している

2018年現在、平郁会は8つのクリニックで合計3000人を超える患者さんを受け入れ、2020年度末までに1万人以上の患者さんの受け入れを目指しています。

在宅を希望するすべての人に医療を届けたいという思いがあり、私たちのところに相談に来てくれた人は基本的に「断らない」と決めています。

患者数が増えてもサービスの質が下がるとは考えていなくて、規模が大きくなることで体制が強化され、患者さんに対してより細やかな対応ができると思っています。

在宅医療に求められる質は、昔と比べてどんどん上がっています。医師が自宅を訪問するだけでありがたく思っていただいたところから、緊急のときに駆けつけて患者さんの「安心」も担保するようになりました。最近では予防の観点から、患者さんの先々をよんで医療的ケアを行なうことも当たり前になっています。

これらに加え、これからの在宅医療は今後予測されることも含めて、「患者さんがどうあったら幸せか」というところまで考えられるような質の高さを実現することが大事だと思っています。

患者さんの幸せとは何か。たとえば終末期であれば、ご家族と家でできるだけ長くおだやかなときを過ごすことなど。平郁会としてはそこを深く踏み込んで考え、ご家族と一緒に患者さんの幸せを応援していくことを使命としています。

私は今でも診療に出ていて、長い付き合いの患者さんでは丸6年以上になります。患者さんから「先生が来てくれるだけでほっとする」「大変ね。身体に気をつけてね」と言葉をかけてもらえると、とても温かい気持ちになります。

患者さんに元気を与え、ときには元気をもらえるこの仕事に誇りを持って取り組んでいくつもりです。そして、私たちの考えに共感してもらえる医師と一緒に、これからも在宅医療の質を磨いていきたいと考えています。

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