子育てに奮闘しながら、認知症の患者さんとその家族を支える精神科医の温かな目線

女性のライフステージに合った働き方を応援する――子育て中の医師にもやさしい医療法人社団平郁会。出産後、平郁会に復職し、2018年4月から非常勤医として働きはじめた精神科のドクター岡瑞紀。「臓器よりも、人の心をみたい」。こう話す彼女が、認知症の専門医として導かれた軌跡を追います。

物心ついたころから夢は、“困っている人を助けられるお医者さん”

▲高校時代の岡(写真中央)。幼少期から医師を志していた岡は、高校時代には自ら病院へ見学に行くなど積極的に活動した

精神科医として15年以上のキャリアをもつ岡瑞紀は、2018年6月現在、主に2つのクリニックに在籍しています。

ひとつは、東京・浜松町にある精神科専門の「さちはな クリニック」。副院長として主に、もの忘れと認知症の患者さんの外来と往診を担当しています。もうひとつが、医療法人社団平郁会「みんなの戸塚クリニック」。非常勤医として週に1日、神奈川県戸塚エリアの認知症や精神疾患のある患者さんの訪問診療を行なっています。

2015年と2017年に出産し、子育て真っ最中の彼女は、小さいころから医師になるのが夢でした。

岡 「ワクチンがなくて困っている発展途上国の子どもたちや、戦地で傷ついている人などをテレビで見ると、何とかしてあげたいという気持ちが幼な心にも強くありました」

医療への思いは熱く、高校生のときには自発的に病院へ見学に行くほど。救急医療の現場を隅の方から見させてもらい、医療ドラマさながらの光景を何度となくその目で体感しました。

岡 「そのときになぜか気になったのは、不安そうに外で待ち続けていたり、結果を知って悲嘆に暮れたりするご家族の姿でした」

大学の医学部へ進学してからも、目に見えない悩みや不安を抱える人たちの存在が気になった岡は、精神科を専門に学ぶことを決意。医学部卒業後は医局の先輩からアドバイスを受けたこともあり、大学病院の精神科で研修医として働くことにしました。

岡 「その先輩からは『精神科医を目指したかったら、何の先入観ももたずに患者さんと向かい合うことを最初のうちに学び、検査の数値や結果よりも人の心の声を大事にする感覚を磨いた方がいい』といわれました」

先輩の言葉が心にフィットした彼女は、こうして精神科医の道を歩み出すことになります。

勤務医時代に、もの忘れ外来の担当医になり認知症と初めて向かい合う

▲大学で実習していたころ(左から2番目)。卒業後、精神科医としての一歩を踏み出した

大学病院の精神科で2年間の研修を終えた岡は、2004年から総合病院の精神神経科で働きはじめます。くしくも2004年は、厚生労働省によって「認知症」という言葉が打ち出された年でした。岡のいた病院では、もの忘れ外来を開設することになり、彼女はその担当医に指名されます。

岡 「内科的な知識も身につけたかったので、総合病院に入職しました。もの忘れ外来を開設することになったとき、当時は認知症について経験のある医師が私を含めほとんどいませんでした。『やってみるしかない』と思い、引き受けることにしたんです」

実際に診察をはじめてみると、彼女のなかでさまざまな気づきがありました。

まずは、「認知症で本当に困っている人は、病院にさえ来ることができない」ということ。

岡 「高齢でひとり暮らしの方などは、自分が認知症になったこともわからず、病院で検査や治療を受ける術も知らずに症状が進んでしまうことがあります。また、せっかく病院に通ってくれていても、認知症が進むにつれて通院日を忘れてしまったり迷子になってしまったりして、病院に来られなくなってしまう人もいます」

そして、自分は「もっと全人的に、生活を含めて患者さんのすべてをみたい」と感じていたこと。

岡 「認知症というのは、介護をするご家族も悩みや不安を抱えています。患者さんの生活や社会的側面も含めて、みていかなければいけない病気だと感じました。私は大学時代に、『全人的医療を考える会』や『地域医療を考える会』などの学生活動に参加していました。今思うと、あのころから一本の道筋ができていたのかもしれません」

その後、2007年に精神病院に入職。認知症の診察を中心に行ないながら急性期や慢性期の精神疾患の臨床も経験した彼女は、認知症についてさらに深く理解するために2011年に大学院に入学します。

大学院で認知症について研究し、認知症と在宅医療の親和性を感じはじめていたころに、彼女は平郁会と出会います。

在宅医療を経験してみたい医師にとって、働きやすい理想的な環境

▲岡は、ふたりの子どもの母親でもある。平郁会は子育て中の女性も働きやすい

大学院時代は認知症について研究しながら、医療活動や地域活動をいくつもかけもちしていた岡。保健所の専門医相談で認知症の患者さんのお宅を訪問する機会があり、「やはり認知症はその人の生活そのものをみないとわからない」と強く感じるようになっていました。

岡 「そんな活動をしていたからか平郁会とのご縁に恵まれ、大学院に通いながら3年ほど働かせてもらいました」

岡にとって、このときが平郁会との最初の出会いでした。一度退職し、2018年4月から再び平郁会で働きはじめるまでのあいだに、2015年に医局時代の同期からオファーを受けて「さちはな クリニック」の副院長に就任。その後、2人の子どもを出産と目まぐるしいライフステージの変化がありました。

岡 「今回は子どものお迎えなどがあるため、平郁会は非常勤医で週1日の時短勤務にしてもらっています。再入職しようと思ったのは、女性の医師や子育て中の医師が働きやすい環境であると聞いていたからです。
また、内科医師が患者さんの身体管理をしっかりしてくださっているので、精神科医にとってはとても安心して専門性を発揮できます。それから、私のように他のクリニックとかけもちしながらでも働きやすい面もあると思います。
私の周りには在宅医療を経験してみたいけど、大きい病院勤務や役職についているためなかなか実現が難しいという医師も多くいて、これまでにそのような医師を平郁会に紹介しています。志を同じくする医師の気持ちを大切にして、非常勤として融通をきかせてくれる懐の深さがあるのも平郁会の魅力だと思います」

認知症と長年向かい合い、はたと考えた。「人の幸せって何だろう……?」

▲診療中の岡。いつでも患者さんの心によりそって診療することを心がけている

2018年現在、岡は平郁会の神奈川拠点のひとつである「みんなの戸塚クリニック」で、出勤日に1日平均4~5軒の訪問診療を行なっています。

岡 「訪問診療先には基本的に医師と看護師、もしくはサポートスタッフと呼ばれる車の運転やカルテの入力などを担当してくれる医療秘書と向かいます。みな使命感をもって取り組んでいて、移動中の車のなかで意見を交わすことも多く、患者さんについて違った視点からさまざまな考えを聞けることがとてもいいなと感じています。
また、クリニック内で内科の主治医と患者さんに関する意見交換をする機会が多く持てるのもいいところだと思っています。チーム全体で患者さんやご家族のニーズにあった治療を進められるからです」

認知症診療における岡のモットーは、「可能な限り患者さんとご家族の話を聞き、これまでの生活や現在の生活環境などを考慮しながら、各家庭に合った最善のケアの組み合わせを考えること」。「認知症の患者さんの安定=介護する家族の安定」と考え、ご家族の心と体のケアも大事にしています。

勤務医時代にはじまり、これまで10年以上、認知症のことを追い続けてきた岡。そんな彼女は最近、はたと考えることがあります。

岡 「認知症の患者さんのお宅に入っていくと、人の幸せって何だろうと思うんです。認知症になったから不幸せかといえば、そうではないですよね。病気やがんで死ぬことも、決して不幸ではない。
在宅医療で、患者さんやそのご家族に接していると思うんです。人の幸せって、具合が悪くなったときや亡くなるときに、心配したり悲しんでくれたりする人が周りにいることなんじゃないだろうかって……」

そばに在り続ける医療で患者さんの「幸せ」を応援することが平郁会の使命であり、この世の中のみんなにハッピーになってもらいたいという思いは、昔から彼女の胸の奥底にあります。

岡 「目の前に困っている人がいると、なんとかしたくなっちゃうんですよね」

その目線は、子どものころからずっと持ちつづけてきた、人の心に寄り添う彼女の温かさ。これからも自分の進む道を信じ、2人の子どもに背中を見せながら力いっぱい歩み続けていくことが、母として医師としての目標です。

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