川崎を在宅医療の理想郷に。夢に向かって動き出した訪問診療チームの布石

在宅医療に意欲や関心のある、医師の個性や考え方を尊重する。医療法人社団平郁会の体制に魅力を感じ、2018年1月に入職した在宅医の中村暢宏。彼が平郁会に描いた理想は、困っている人たちをすくいとる、地域に根差した在宅医療を提供すること。中村を中心とする訪問診療チームの布石を紹介します。

スキルの突出したメンバーが顔をそろえた訪問診療チーム

▲2018年7月現在の青野診療所の診療チームのメンバー。同じ夢に向かって結束している

平郁会の神奈川拠点のひとつである川崎市宮前区の「青野診療所」。同診療所に2018年1月、新しくひとりの医師が入職しました。在宅医としてキャリア約5年の中村暢宏。多くの疾患に対応できる総合診療内科を専門とし、緩和ケア、在宅ケア、リハビリなど在宅医としての幅広いスキルと経験を備えたドクターです。

中村を迎えた青野診療所のメンバーは、人間が大好きで底抜けに明るいキャリア20年以上の看護師の安富薫や、誠実でまじめな人柄がにじみでた相談員で事務長補佐の島田航輔。

中村は入職した当時のことを次のように振り返ります。

中村 「私が平郁会に入職したのは、医師の考えを尊重してくれる自由な雰囲気にひかれたのと、川崎市で在宅医療がやりたかったからです。青野診療所は訪問診療に同行してくれる専門の看護師さんがいて、患者さんと病院の橋渡し役をしてくれる相談員も常駐していた。在宅医として働くには恵まれた環境だと思いました」

中村が川崎という地域にこだわったのは、自分が育った下町の環境に近いことと、研修医時代から長く働いてきた場所だから。中村はこの地域で有名な在宅医の恩師から、在宅医療のイロハを学びました。

その中村が入ったことで、青野診療所では居宅の患者さんの訪問診療が本格的にスタートします。

中村 「訪問診療チームを立ち上げたというような、大げさな話ではないんです。もともと患者さんの信頼が厚い安富や島田という、個々のスキルが突出している人たちがいてくれたことが大きかった。そこへ自分が加わり、居宅の患者さんを本格的に受け入れられる体制が整ったということだと思います」

ポテンシャルの高いメンバーがいた盤上に中村という要の石が打たれ、盤石になった青野診療所の訪問診療チーム。順調に始動したチームの最初の課題は、地域の医療関係者に自分たちができることを伝えることでした。

末期がんの患者さんを受け入れ、地域の信頼を得る

▲研修医時代に在宅医の恩師と出会い、同じ道を志した中村

患者さんの受け入れ先として安心して選択してもらうために、主に中村と事務長補佐の島田の2人が、地域の病院や訪問看護ステーション、ケアマネジャーなどを訪ね、青野診療所の在宅医療の特色を説明して回ることからはじめました。

中村 「どんな患者さんでもしっかり診るというところがアピールできれば、信頼が積まれていくと信じていました。2018年の4月ごろから末期がんの患者さんや医療管理の難しい重症の患者さんの受け入れをはじめ、実績ができて徐々に次につながっていった感じですね」

川崎市は人口150万人を超える神奈川県第2の都市。市内には大きな市立病院が整い、近隣には大学病院もありますが、ホスピスは少なく、地域の医療関係者は末期がんの患者さんの受け入れ先に困っていました。

研修医時代に在宅医の恩師から多くを学んだ中村は、末期がんの患者さんの症状を抑える緩和ケアのスキルを備え、在宅でみとりまで行ないます。

青野診療所の訪問診療チームは、末期がんの患者さんをはじめ、どんな患者さんでも受け入れていくことで地域に認知されていくようになったのです。

「心の入口」を探し、患者さんと家族の気持ちに寄り添う

▲看護師の安富。ケアマネジャーや訪問看護師からの信頼も厚い

在宅医としての豊富な知識と処置能力を備えた中村をはじめ、患者さんの心をがっちりつかむコミュニケーション力が高い看護師の安富も、チームにとって大きな存在です。

安富は2012年に青野診療所に入職。病院勤務、訪問看護師を経て、青野診療所で施設と居宅の患者さんの訪問診療に同行してきたベテランです。

安富 「患者さんのお宅を最初に訪問したとき、この家の『心の入口』はどこにあるんだろうと探すようにしています。普段患者さんを見てくれているご家族も大事にしたいので、どうやったらご家族の心が少しでも軽くなり、安心できるのかということをいつも考えています」

目の前の患者さんが、もしも自分の家族だったら……。常にそんな風に置き換えて考える安富。彼女にとって、出会った患者さんすべてがかけがえのない存在ですが、なかでも特に思い入れのある患者さんがいます。

若くして重い病を発症し、病院の診断で「もう家に帰れないでしょう」と宣告された患者さんです。ご家族の強い希望で終末期を家で過ごすことになりましたが、介護保険が使えない年齢で、社会的な支援の網目からこぼれ落ちてしまう状況でした。

高齢者と違って在宅で受けられるサービスが少ない中、中村や安富たちは訪問診療の回数を増やし、チーム一丸となって患者さんとご家族のケアに全力を注ぎました。「心の入口」を的確に捉え、どんな小さな不安や心配も見逃さないように丁寧に応えていきました。

最後親御さんに「生まれてきてよかった」と伝え、息をひきとった患者さん。このとき、こらえきれずに誰よりも泣いてしまったのが安富です。

安富 「患者さんが1日1日を無事に過ごせて、毎回会って話せる……。それがすごくありがたいことだと感じます。この仕事をしていて、患者さんの顔を見られることが、私にとってのやりがいです」

チーム力を高め、川崎という地域のニーズに応えられる訪問診療施設に

▲右が事務長補佐の島田。チームを内側から支える事務スタッフなども増えた

2018年7月現在、青野診療所の患者数は80人を超え、そのうち末期がんを含む重症患者さんの割合はおよそ3割。1カ月の間にみとる患者さんの数も増えてきました。

今は中村が入職した当時よりスタッフも増え、車の運転や診療補助を担当するサポートスタッフなどもメンバーに加わりました。

今後も仲間を増やし、地域に根差した在宅医療を提供していくために、やる気のある医師を集めることが中村の直近の課題です。

中村 「私が入職した当時から、安富や島田と『理想的な在宅医療ができる診療所にしよう』とよく話していました。患者さんを受け入れる体制を強化して、困っている人たちの声をすくいとれるようにすることが、みんなの共通の夢なんです」

公営住宅や団地に住む人たちの高齢化も進んでいます。建物にエレベーターがなかったり、周囲に坂が多かったりすることから、通院から遠ざかり医療から閉ざされてしまっている人たちも大勢います。

そうした人たちを地域で連携して支えることはもちろん、社会的な支援の網目からこぼれ落ちてしまっている患者さんたちもすくいとれるような訪問診療チームにしていきたいと中村は考えています。

そんな中村には、つい最近、思いがけない出来事がありました。今でも折にふれて連絡を取り合っている恩師から電話があり、青野診療所の診療可能区域に住んでいる自分の患者さんを中村に任せるといわれたのです。

中村 「すごくうれしくて、気が引き締まる思いでした」

敬愛する恩師からも認められる存在となった中村。彼を中心とする訪問診療チームがこの半年間に打ってきた布石が、これから先どんな風に転じ、理想的な在宅医療を行なっていくのかーーチームの歴史はまだはじまったばかりです。

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