元演劇青年が180度異なる在宅医療の現場で巡りあった、“人と接する”仕事の面白さ

大学時代、演劇に没頭した田中芳樹は2017年1月、医療法人社団平郁会に入職。訪問診療へ向かう医師に付き添い、車の運転や診療補助を担当する「サポートスタッフ」として働いています。今までの仕事とまったく違う世界で挑戦するひとりの青年の足跡をたどりながら、サポートスタッフという仕事の面白さに迫ります。
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舞台俳優、営業マンを経て、まったくの未経験から在宅医療の世界へ

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▲異色の経歴を持つ田中。元舞台俳優だけあり、笑顔の表情ひとつとっても七変化する

「家」で暮らし続けられる社会を目指して、東京と神奈川の8つのクリニックで在宅医療を提供する医療法人社団平郁会。田中芳樹は平郁会の神奈川拠点のひとつである「みんなの町田クリニック」でサポートスタッフとして働きはじめて、2018年8月で1年半以上が過ぎました。

平郁会へ入職する前は、IT機器関連の部品を扱う商社の営業マン。それ以前は舞台俳優という、一風変わった経歴の持ち主です。

田中 「演劇は大学のサークルではじめてから楽しくて夢中になり、卒業後はフリーとして劇団の公演に客演させてもらったりしていました」

アルバイトをしながら約1年間、演劇活動を続けた田中。その後、商社に就職し、2年半ほど勤めたのち、平郁会に入職しました。

田中 「モノを売る営業としての仕事ではなく、もっと人とダイレクトに接する仕事に就きたいと思い、商社を辞め『次に何をしようかな』と考えていたときに平郁会と出会いました。医師と共に患者さんの家を訪問する仕事と聞き、『面白そうだな』と思い直感で決めました。元来、人と話をしたり接したりすることが好きだったものですから」

こうして田中は、まったくの未経験から在宅医療の世界へと飛び込み、働き出すことになります。最初のうちは先輩のサポートスタッフに同行して実際の仕事を見ながら指導を受け、一定の訓練を終えてからはひとりで医師に付き添うように。

田中 「医療についての専門的な知識や見解は日々変化していくので、分からなければその都度調べたり、先生に聞いたりしながら一つひとつ理解し、吸収しています」

医師が診療に集中しやすいように現場で気配りする役目でもあるサポートスタッフは、保険制度や病気のことをはじめ、医療器具の名称や種類など覚えることがたくさん。しかし、勉強嫌いを自認する彼が「初めてのことばかりなので、むしろ学ぶことが新鮮」と思えるほど心に充実感があります。

演劇で培った役づくりのアプローチと、患者さんを知ることの共通点

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▲学生時代、薬物乱用防止の啓発劇として実施された公演。この作品で田中は新郎役を演じた

イチから多くを吸収する充足に加え、演劇青年だった田中が今の仕事で興味をひかれているのが「多くの人とふれ合うこと」の大切さ、面白さです。

訪問診療で顔を合わせる人々は、末期がんをはじめ、高血圧や高脂血症、骨粗しょう症の患者さん、病院に通うことが難しく、薬を処方することが主な目的の99歳のおばあちゃんなど実にさまざま。

居宅の患者さんは一軒一軒で状況が異なり、訪問診療は病状だけでなく、家庭環境や経済状況などに合わせてオーダーメイドのように対応します。独居なのか、夫婦ふたり暮らしなのか、家族はいるのか、遠方で暮らしているのかといったそれぞれの事情や状況があり、各家庭によって文化や習慣も異なります。

田中 「患者さんの生活に一歩踏み込んで多くの人と関わり合えることが、この仕事をしていくうえで自分にとって醍醐味のひとつかなと思っています」

演劇に熱中していた頃、役づくりのために自分が演じる人物のバックグランドを考えることが好きだった田中。シナリオには書かれていない目に見えない部分から、人物のプロフィールや感情のふれ方、クセなどを想像し、役をふくらませていくのです。

田中 「この人物は過去にこんな生き方や経験をしてきたから、この場面ではこういう反応をするんだ、と考えるのが好きでした。家や雰囲気を見て感じることは、患者さん自身を知る究極の機会のような気がするんです。
部屋に飾られているものなどから患者さんの人生を想像したり、性格を感じとったりすることは、コミュニケーションをとるうえで役立っているんじゃないかと思います」

舞台俳優としての経験が、少なからず今の仕事に活かされていると感じる田中。そんな彼には2017年、自分の仕事についてあらためて考えるような大きな出来事がありました。

末期がんの父を看取って、あらためて気づいた自分たちの役割

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▲医師の佐藤和之と共に訪問診療へ向かう田中。週4日ペアを組むだけあり息もぴったり

サポートスタッフとして働き約1年が経ち、患者さんの看取りも経験した2017年12月、田中は父をがんで亡くしたのです。

実家は埼玉県川越市。父は病院を退院したあと、終末期を自宅で過ごすことを希望し、田中は1カ月間の介護休暇を取って父の看病に専念しました。

田中 「当時、実家のエリアは在宅医が少なく、父が亡くなったときに訪問診療が間に合わず、最期は病院に搬送されました。介護休暇の取得も、そのあとの復職にも深い理解を示してもらい、平郁会にはとても感謝しています」

父を看取ったとき、覚悟はできていたつもりでも、いざ身内の死に直面し、慌ててしまったと当時を振り返ります。人の生死に関することは本人とその家族にしか言い表せない特別な感情があることを、身をもって実感しました。

田中 「患者さんやご家族の気持ちに入り過ぎてはいけないし、気持ちが分かるなどと軽々しく考えるのもおこがましい気がします。いざというときに安心し落ち着いてもらうために、自分たちがいるのだと思いました」

ほかにも、今の仕事をはじめるまでは感じることがなかった社会の問題に直面することもあります。

地域の高齢者支援センターから紹介され、高齢のひとり暮らしの患者さんの初診に向かったものの、体調不良によりひとりで生活できる状態ではなく、即救急搬送となるケースがありました。支援を必要とする人々がどんな風に暮らし、どんなことに困っているのか。この仕事の現場には、さまざまな社会の縮図が見え隠れします。

社会の課題に対する意識が高い平郁会でステップアップを目指す

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▲左が事務長補佐の田中大佳志。新卒で平郁会に入職したサポートスタッフの鈴木沙知(左から2人目)は田中にとってよき後輩

2018年8月現在、田中は「みんなの町田クリニック」で、居宅の患者さんを中心に1日3~10軒のお宅を医師に付き添って訪問しています。

平郁会に入職してからの約1年半、さまざまな経験や出来事を経て、一緒に働く医師からも信頼される存在に成長しました。田中と組んで1年ほどになる医師の佐藤和之は、「まわりの環境を冷静に判断できるので助けられる部分が多い」と彼を評価します。

佐藤 「町田市周辺だけでも患者さんの受け入れの相談は増えていて、在宅医療のニーズは今後さらに高まると思います。各家庭の状況をくみ取って応対してくれるサポートスタッフは訪問診療チームの一員で、なおかつ必要不可欠な存在です」

2018年5月には、クリニックに新人のサポートスタッフが入職。これまでは自分が教わる立場でしたが、今では先輩として仕事を教える立場になりました。

田中 「仕事で後輩を持つことは初めてなので、これまでとは頭の使い方が違ってとまどうこともありますが、もっと仲間が増えてほしいですね。人に対する興味や知的好奇心があって、知らないことに遭遇することを苦にならないと感じられる人であれば、十分この仕事に向いていると思います」

田中の目標は、サポートスタッフとして経験を積み重ね、ゆくゆくはクリニック全体のマネジメントに携われる人間に成長すること。超高齢社会のさまざまな課題と向き合い、在宅医療を広げていこうという意識が高い平郁会に大きな希望を抱いています。

演劇青年だった田中が、舞台から現実社会へ居場所を移して見つけたサポートスタッフという仕事。細やかな目で人をみて医師や患者さんを支え、役割を果たした先に自分の夢がつながっていると信じ、彼はこれからも走り続けます。

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