「みんなの居場所を作る」外に引きこもっていた青年が、熊本〜東京でシェアハウス事業をはじめたワケ

Hidamari 株式会社は、「陽のあたる場所を作る」をコンセプトにシェアハウスの運営を行っています。今回は、創業5周年を迎えたことを期に、代表取締役の林田直大が会社を創業し、シェアハウス事業をはじめるまでの経緯を自ら語ります。
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「お前は未来はどんなもんなん?」

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代表取締役の林田(写真右)と、創業メンバーの中原(写真左)

はじめまして、Hidamari 株式会社の代表取締役 林田直大(ハヤシダナオヒロ)です。皆さんからは、林田をもじって「リンタ」と呼ばれています。

Hidamari 株式会社は、「陽のあたる場所を作る」をコンセプトに、熊本と東京で合計11軒のコミュニティー型シェアハウスを運営。さらに、日本中のシェアハウスを巡ったことをキッカケに作ったメディア「MAHOLOVAmagazine」で全国のシェアハウスの情報や、その立ち上げ・運営に関する情報を発信しています。

おかげさまで、2017年2月に創業5周年を迎えることができました。今回はそれを期に、私がHidamari株式会社を創業し、シェアハウス事業を始めるまでの紆余曲折の歴史を振り返ってみたいと思います。

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創業のキッカケをさかのぼると、私が高校生だった頃まで遡ります。

当時は、高校1年生。学校でのトラブルがあり、私は学校へ行きづらくなっていました。徐々にストレスが溜まっていき、衝動的に金髪にしたり、ピアスを開けたり……。

しかし、そんなことでストレスが発散できるわけもなく、有り余ったエネルギーの向けどころを見つけれずにいたのです。世界に選択肢がないように感じ、自分の居場所を探して、家や学校以外の別の世界へ行きたいと思うようになりました。

身なりが明らかに変わっても、まだ親にはまだいい顔をしようとしていてました。学校に行くふりをしては、朝から空いている駅前の自習室に通い。友達に声をかけられては、自分の高校とは全く別方向の高校の部活へ通い。家ではなく、外にひきこもっている……そんな状況が続いていました。

でも、そこで出会いがあり、友達ができ、いつしか新たな自分の居場所に。そのお陰で、自分の居場所は、自分でも作れるのかもしれないということに気づき、少しだけ悩みもなくなり、また自分の高校へ行くことができるようになりました。

そして、熊本の高校を卒業し、佐賀の大学へ進学。高校時代に他校の部活に通うことで磨いたコミュニケーション能力と、高校時代のうっぷんを爆発させ大学デビューを果たし、それなりに楽しい日々を過ごしていました。

そんなある日、熊本にいるはずの中学の友達が、突然佐賀の自宅に訪れ、「家出をしてきた」「明日、ここに俺の荷物が届くから」「リンタ、大阪で一緒に芸人になろう」と言いだしました。

しかし私が「一緒に芸人になろう!」という誘いに乗らず、友達の申し出を断ると、「お前は未来はどんなもんなん?」「普通の人生で満足するの?」という言葉を投げかけ、その友人は一人で大阪へと旅立っていったのです。

“優しく”人生を教えられた夜

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高校生時代、駅前の自習室で集まっていた他校の人と(写真中央)

友人が出て行った後も「お前は未来はどんなもんなん?」という言葉が、ずっと自分の中にひっかかったままでした。

自分は大学デビューしてなんとなく楽しいのは楽しいけれど、特に何かに熱量があるというわけでもない。「自分も何かやりたい、やらないといけない」そんな衝動が生まれ、興味あるものを手当たり次第やってみることにしました。

ネットショップ、転売屋、アクセサリー制作、雑貨屋、化石掘り etc…いろんなことをやってみましたが、どれも1ヶ月も続きません。それでも諦めず、「よし、次こそは!」と、今度は自転車で福岡から鹿児島まで九州を縦断することに。

鹿児島で泊まる場所を探していると、たまたま、1泊1500円で泊まれるゲストハウスを発見。入ってみると、そのゲストハウスには、外国人バックパッカー、老人、近くの高校生など、いろいろなバックグラウンドの人達が集まっていて、みんなでご飯を食べ、お酒を飲みながらいろいろなことを語りました。

社会の話、世界の話、考え方……。何かを否定することもなく、何か答えをだすというわけでももなく、なんだか優しく人生を教えられたような気持ちになりました。そして、人の考え方や選択肢、価値観は、他の人達の考え方や選択肢、価値観を入れることで広がるのだと気づいたのです。

あの夜のような時間が毎日あればいいな!ーーいつしか私の中に、「自分もゲストハウスがやりたいなぁ」という想いが生まれました。しかし、これまで手をだしてきたものはすべて長続きしていません。確実に想いは強いものの、しばらくは温めて、少しずつ準備をしようと決めました。

そこでまずは、ゲストハウス発祥の地・ドイツを調べ、3年生の終わりから休学。お金を貯め、世界を一周してゲストハウスを巡る旅へ出ました。

いろいろなゲストハウスに出会ったけど、特に最高だったのはハンガリーのゲストハウス「アンダンテ」です。ヨーロッパはビザの都合で3ヶ月しかいれないのに、居心地が良すぎて、ハンガリーに1ヶ月半滞在してしまったのは良い思い出です(笑)

世界一周の旅から帰国したあとは、たまたま「シェアハウス」というものがあることを知ります。そして、自分の世界一周中のアンダンテでの体験から「居心地がよかったら、長く居たくなるよな!」と、自分が作るのものを、ゲストハウスからシェアハウスへ変更することにしたのです。

「よし、スパイしよう!」

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"大学デビュー"を果たした大学生時代(写真左)

シェアハウスを作る!とは決めたものの、まだ自分は大学生。学業との兼ね合いもあるし、シェアハウスをはじめるにはお金もかかってしまいます。

「いったん就職して社会に出るか?」「いや、入りたい会社はない」「まだ社会にも出たくない」

そんな自分に猶予期間を設けるため、逃げるように大学院へ進学。いつからシェアハウスをはじめるかも決めれず、悶々としながら、経済や会社、起業について独学で勉強をはじめました。


こうした日々を送っていたとき、偶然、自分より歳下の代表が運営している「またたび」というシェアハウスが福岡にあるのを見つけたのです。またたびと出会ったおかげで、シェアハウスを「やりたい」という願望だけだった自分に、「自分にもできるかもしれない」という根拠のない自信が加わりました。

そして、そのまたあるときは、とあるベンチャー企業の社長が特別授業の講師としてお越しくださっていたので、シェアハウスへの自分の想いをぶつけてみたこともあります。すると、「そこまでやりたいならもう起業しちゃえばいい」を言われました。

そんな背中の押され方をしたのは初めてだったのですが、この言葉で自分の中の何かがふっきれたのです。この日の事は一生忘れられません。ですもう気持ちが抑えられない、だからといって何からはじめたらいいのかわからない……。

悩んだ末にたどり着いた結論は、「よし、スパイしよう!」というもの。いま考えてみたら、”スパイ”なんて言い方自体もおかしいし、もっと別の手段もあったと思います。でも、何もわからなかった当時の自分にとっては、真剣に考え抜いた末の、大マジメな方法だったのです。

ではどこをスパイするのか? いろいろと調べた結果、シェアハウスの第一人者である清水明夫(当時社長)さんが東京で運営する「シェアハウスむらびと」をスパイすることにしました。

入居希望者のフリをして東京まで行き、室内見学をさせてもらいながら、いろいろと質問を重ねていきました。しかし、質問や喋る内容が曖昧だったこと、挙動不審だったことで怪しまれ、ついに白状することに……。

しかし、担当者の方に正直に事情を話すとオフィスに連れていってくださり、社長である清水さんがわざわざ時間を取って、直々にシェアハウスのはじめ方を教えてくれたのです。

陽のあたる場所を作る

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全国のシェアハウスを巡る旅へ出発前に、シェアハウスの住人が開いてくれた壮行会

清水さんにシェアハウスのイロハを教えていただき、2012年2月8日、大学の後輩である中原を共同創業者に誘って「Hidamari株式会社」を設立しました。

まずはじめたのが、シェアハウス物件を見つけるための営業活動。これが本当に大変でした……。当時、まだ肩書き的には大学生でしたが、スーツを着て、社会人のフリして不動産会社をまわることに。しかし、ほとんど相手にされず、たまに話を聞いてくれる方にも、怒られてしまう始末。

いま思えば、怒られて当たり前です。わからないことがあるときに「スパイしよう!」なんて言い出すくらいだったので、アポの取り方、名刺の渡し方、営業には資料や契約書が必要だということすら、本当に何も知らなかったのです。

ただ、たくさんの不動産会社に営業する中で、社会人として育ててもらたいのだと思います。怒られながら、たまに教えてもらいながら……ひとつずつ、本当にひとつずつ、仕事ができるようになっていきました。

資料作成だって、何度も提案して、何度も怒られていくうちに、少しずつ作れるようになりました。100軒くらいの物件を見て回り、「まともな営業資料が作れるようになってきたかも?」と自分たちでも思えるようになってきた頃、やっと一社から「うちと一緒にやろう」と声をかけていただけたのです。

そして、2012年6月17日。Hidamari株式会社は、熊本初のコミュニティー型シェアハウス「シェアハウスひだまり」をオープンさせました。

あれから5年。今では、スタッフは4人に増え、熊本に4軒、東京に7軒のシェアハウスを展開し、全国のシェアハウスを巡る日本縦断の旅をすることもできました。今後もコミュニティー型シェアハウスを立ち上げ、それに関連したサービスを展開していく予定です。

しかし、最近ふと考えることがあります。

もしかしたら私は、みんなの居場所をつくり続けることで、新しい価値観に出会える「自分の居場所」を作っているのかもしれないということです。

駅前の自習室や別の高校の部活に居場所ができたように、「一緒に芸人になろう!」と突然現れた友達が新しい価値観を教えてくれたように、鹿児島のゲストハウスでの“あの夜”のように......。

そして、一人でも多くの方に新しい居場所が出来ることで、新しい価値観に出会ってもらいたいです。

だから、これからも、みんなのために居場所を作り続けていきたいと思います。

Hidamari 株式会社 林田 直大


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シェアハウスひだまり http://sharehouse-hidamari.com/
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