人間味あふれる男が、IFAでまったく新しい世界の創造に挑むワケ

バンドマンとして夢を追い、その後約14年間保険業界に身をおいた佐藤大輔が、次に選んだのは暗号資産やブロックチェーンなどの新分野。一見ある特定の人たちだけが関わる特別な分野のようにも見える世界に彼を飛び込ませたのは、「人の役に立ちたい」「誰かを支えたい」というシンプルかつ熱い想いでした。

ドラマーから保険営業マンに転身。最後の最後で人に優しい「残念」な男

佐藤 「本気でデビューできるんじゃないかと思ってました」

メジャーデビューを夢見て26歳までバンドとして活動。佐藤の担当はドラムでした。

しかしそんな佐藤に悲劇が……。手首の靭帯を痛めドラムが叩けなくなってしまったのです。

夢を諦めるしかなくなった佐藤。深夜のコンビニで雇われ店長をしながら、就職を考えはじめます。次に自分は何をするべきか――仕事選びの基準にしたのは、「人の役に立つ仕事」でした。

佐藤 「小さい頃から、誰かから 『ありがとう』と言われることが何より嬉しくて。人の役に立ちたいと、学生時代には生徒会長をやっていましたね。
考えてみれば、ドラムを選択したのも必然かもしれません。ドラムはリズムをきざむ役。目立たないけれど絶対に必要な後方支援的な存在です。ボーカルとかギターのほうが、絶対モテるのに(笑)」

そんな佐藤が就職先として選んだのは、保険業界でした。保険の通信販売をおこなう会社で、人の
“もしも”に備えた商品を提案するという意味で、たしかに「人の役に立つ仕事」でした。

しかしそれでも〆日には数字を上げるために夜中まで見込み客を探し回り、飛び込みで加入を頼み込むといった日々もありました。入社から8カ月が経ったころ、当時の上司に言われた言葉があります。

佐藤 「 『大輔、残念だね。これをやり切ったら数字を上げられるっていう時に、非情になりきれない。最後の最後で人に優しい』と言われたんです。その後可能性を試すべく、沖縄支社に配置転換されました」

しかしその後の佐藤は、全国各地におけるコールセンターの立ち上げや採用・教育などの業務で実績を残しながら、約6年間その会社で働きつづけます。保険業務の経験を生かしてほかの生保・損保の会社を歴任し、保険業界に通算約14年間身を置きました。

佐藤 「でも、どの会社でも、私は “成功 ”しなかった」

“成功”の定義は人それぞれですが、佐藤にとっての成功とは、佐藤の仕事に対するモチベーションである「人の役に立ちたい」という想いと、会社や社会における評価が合致することと言えるでしょう。

目の前の仕事に真摯に取り組みながらも、どこかで常にその成功を求めていた佐藤に、ある人との出会いがありました。

社長・水倉との出会い 「どうせ担ぐならかっこいい神輿を担ぎたい」

損害保険代理店でサイバー保険の商品開発を担当していたころに出会ったのが、IFA株式会社代表取締役CEOの水倉仁志でした。佐藤はIFAの顧客に対する損害保険のコンサルという立場で、水倉と半年ほど一緒に仕事をしました。その時に「いつかこの人のもとで仕事をしてみたい」と思ったのです。

佐藤 「水倉の広く深い見識にまず圧倒されました。しかし何よりも人間的な魅力を感じました。
何かわからないけれど、この人についていけば自分は変われるかもしれない、何かすごい事ができるかもしれないと思わせる人なんです。一言で表すなら、 “最強の人たらし ”と言えるでしょうか」

そんな印象を持っていた佐藤でしたから、損害保険代理店をやめる決意をした際、水倉の顔が頭に浮かんだのは自然なことだったのかもしれません。連絡を取ると「じゃあ一度会社に来てよ。いま何をやりたいのか話すから」との声掛けがありました。

佐藤 「そこで IFAに行き、水倉からブロックチェーン技術を用いて、エコシステムという新しい世界をつくりたいという話を聞きました。
暗号資産の流出事件があった時、私は保険代理店でセキュリティメーカー側の人間として、ユーザーに安心を届けられる何かをつくれないかと考えていました。その経験を IFAがこれから目指すエコシステムのセキュリティ構築に生かし、エンドユーザーに役立つ仕事がしたいと思ったのです」

同時に佐藤の胸に、ある思いが沸き上がりました。

佐藤 「営業が長かったので、つい上司を神輿にたとえてしまうんですけど、私はどうせ担ぐんだったらかっこいい神輿を担ぎたい。私にとって現時点で一番かっこいい神輿が、水倉だったんです。私が担ぎ手となって神輿を担ぎ、世間に 『かっこいいね、あの神輿』と言わせたいと思ったのです」

エンドユーザーに資する仕事をすると同時に、水倉という人間を世に周知させたい――そんな大望をもって、佐藤はIFAに入社しました。

誰もがフラットにアイデアを出し合い、同じ船に乗り進んでいく

実際にIFAに入社してみると、社長・水倉のやり方は、佐藤にとって衝撃だったといいます。

佐藤 「私のこれまでのキャリアではトップダウン経営が多く、自分の意見を言うためにはそれなりのポジションまで上がらなければモノも言えない会社が多かった。しかし水倉は真逆の経営者。
明確なビジョンは示しつつも、自分の考えを押しつけることがなく、みんなの 『ああしたい』 『こうしたい』というアイデアを尊重して、最後の最後に責任を持ってジャッジする――それが水倉のやり方です」

スタートアップ企業であり、規模的にもトップダウンで経営した方がうまくいくはずなのになぜ?そう感じていた佐藤が、ある時水倉に問いかけたそうです。

佐藤 「すると水倉は、『トップダウンでやるのは簡単。だけど自分が指示を出してしまっては、みんなが本当にやりたいことのアイデアが生まれてこない。僕はそれはしたくない』と言っていたんです。
それは逆に最後の意思決定と判断に相当な勇断が求められること。経営者としてのものすごい覚悟を感じました」

そんな水倉の想いを映し、IFAには誰もが自由にアイデアを出し、社長にもモノが言える風土が醸成されています。

佐藤 「この会社の社員はみんな、個性的ですね。 “ここだけは絶対に譲れない ”というような芯を持った人間が多い気がします。きっと私も含めてですが(笑)」

佐藤の場合の“ここだけは絶対に譲れない”ポイントは、「IFAが世に出ていくなかで、支援してくれる方々、エンドユーザーの方々に、流出や流用といったことで絶対に迷惑をかけない」こと。そして自分を船の乗組員にたとえ、IFAでの仕事についてこう説明します。

佐藤 「 IFAはひとつの船。船長が目指す目的地にたどり着くために、乗組員である社員一人ひとりが自分の役割を果たすためにアイデアを出しあい、進んで行く。
私自身、その船の乗組員として何をすべきか――ビジョンにのれているのか、足りないスキルを埋めるにはどうすればいいのかなどを常に問いながら仕事をしています。もしも乗組員として不適合だと判断されれば下船するしかない。そういう緊張感を持ちながら仕事をしています」

ゼロから生み出す苦悩と喜び やがて実現する世界への大きな期待とともに

ブロックチェーンを用いて、よりユーザーが使いやすいサービスを提供し、独自の経済圏=エコシステムをつくるというIFAのビジョンに向けて、佐藤が現在取り組んでいること。それは、インフラづくりでした。

佐藤 「独自の経済圏をつくるとは、ひとつの街をつくろうとしているようなもの。街には、人が必要ですし、お店や病院など、通常私たちが街で目にするような人・モノ・サービス・情報などが存在していなければなりません。当然お金の流通もあります。
現在私は街への参加企業や団体、住民を集い、街のインフラづくりに取り組んでいます」

これまで経験したことがないまったく新しい事業の創造に、ときに途方に暮れることもあるそう。

佐藤 「たとえば前職の保険業務なら、新商品とはいえ既存商品の基本設計や約款などを参考にすることができましたが、いまは何かひとつ規約をつくるにしても、参考にできるものがまったくありません!
本当のゼロからつくらなければならない現実に直面した時に、鳥肌が立ちましたね。 『何やってるんだろう、俺』って(笑)。まさに生まれたての小鹿状態で、震える足で立ち上がろうとしています。
それでもこうしたプラットフォームをゼロからつくりあげる経験ができていることは、私自身のすごい強みになると思っています。
あとは、IFAがやろうとしていることが、イチイチ壮大なので、これが実現したらものすごいことになるぞ!という期待感の方が大きいですね。IFAが目指す世界が実現すれば、必ずユーザーや社会の役に立つと信じています」

そう目を輝かせながら話す佐藤が、最後にふと漏らした言葉に強い決意がにじみました。

「この会社で成功したい」

前述の通り、佐藤にとっての“成功”とは、「人の役に立ちたい」という佐藤の原点と、会社・社会における評価が合致すること。「人の役に立ちたい」という想いと、IFAが目指すビジョンのベースは同じ。それが実現し、社会的評価を得て、佐藤が“成功”する日はきっと遠くはないでしょう。

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