ブロックチェーンは、民衆の力を目に見える形にできるーー23歳の取締役が目指す世界

日本に息苦しさを感じ、大学時代に海外へ渡った桂城漢大。そこで得たのは、自分の手で道を開いていける自信と、世界が抱える問題を何も知らずに生きてきたという無力感でした。自らのアイデンティティと向き合う決心を胸に帰国した桂城は今、IFAで23歳の取締役として新しい世界の創造を始めています。

閉塞感を打破するために海外へ。そこで感じた開放的な空気

▲取締役COOの桂城漢大

――なぜ、こんなに息苦しいのだろう。

大学1年生のころの桂城漢大は、ある種のモヤモヤした気持ちを心の奥に抱えていました。ビットコインなど、時折興味をかき立てられる対象はあったものの、人間関係には常に閉塞感を感じる日々。

その状態から抜け出すため、桂城は1年間休学をし、海外でインターンシップに挑戦することを決意します。選んだ先は、スペインでした。

桂城 「英語圏じゃないところで挑戦してみたいという想いがあって、とりあえずスペインに行ってみようと。そこで海外のインターンを紹介している団体に問い合わせたら、当初は 2週間のプログラムしかないと言われたんです。
期間を延長してほしいとお願いしたら、前例がないから、まずは自分でプログラムをつくることになって(笑)。いろいろと開拓しましたね」

渡西当時、英語しか話せなかった桂城は日本語との接触を一切断ち、3カ月でスペイン語を習得。現地の大学に通いながらフラメンコ博物館でインターンをし、ショーの前説やオリジナルのツアー、他国のインターン生のマネジメントなど、日本人学生が活躍できるようなプログラムをつくり出していきました。

初めての長期滞在で、桂城はあることに気づきます。

桂城 「呼吸がしやすいというか……生きやすさを感じました。スペインの人たちは楽しいし、オープンで。スペイン語をしゃべった瞬間に『仲間だ!』と認識されて、あっという間に受け入れてもらえたんです。
バルで隣り合った人ともすぐ政治の話をするほど打ち解けました。日本にも、こんなオープンな空気があればいいのにと思いましたね」

そして、もうひとつ。桂城には忘れられない経験がありました。

日本人である自分と向き合おうと帰国を決意。そしてIFAへ

それは、スペイン在籍中に知人の紹介で取り組んだペルーでのボランティアでした。

桂城 「現地には、家の事情で小学校にすら行けない子どもたちがいました。ボランティアを通して彼らに母国語であるスペイン語の読み書きや、歯の磨き方など基本的な生活習慣を教えたんです。
自分にとってはあまりにも当たり前のことを初めて知った子どもたちの姿を見て、ショックを受けましたね。自分は世界が抱える問題を何も知らなかったんだと」

スペイン、そしてペルーで日本との大きな違いを目にした桂城。まずは自分の国籍を認め、日本人であることを受け入れようーーそう感じた彼は、帰国を決めます。

帰国後、桂城は大学に復学し、留学生との交流を目的としたプログラムの運営に携わっていました。
そんなとき、IFA代表の水倉仁志と出会ったのです。

桂城 「 2016年の終わりぐらいに父の紹介で、当時コンサルティングの仕事などをしていた水倉に会いました。初対面で『何ができるの?』と聞かれて。
それで、これから成長しそうだと感じたブロックチェーンに目をつけて、 IFAのプロダクトである AIreの構想に近い内容をプレゼンしたんです。そうしたら、『うちでアルバイトしないか』と誘われました」

こうして桂城は、2017年1月、アルバイトとしてIFAに参画します。当時は、水倉と桂城を含めメンバーはたったの3人。ブロックチェーンとは何か、それを使って提供できるサービスはないかを調査し、来る日も来る日も水倉と膝をつき合わせて話をしました。

桂城 「水倉とは 1日に 18時間ぐらい一緒にいたので、何年も一緒にいるかのような感覚でしたね。 20歳以上、年が離れているんですが、それだけ一緒にいたので、まるで兄弟のように思ってくれていたみたいです。
彼からは『 3年間でお前を一人前にする』と言われていたので、少しでも多くのことを盗んで彼を追い越そうと必死に食らいつきましたね。日々、レースのようでした」

若いからこそ声をあげる。理想はスペイン流のオープンな関係づくり

ーー「役員、やる?」

そんな日々が1年以上過ぎたある日のこと。桂城は、水倉にこう聞かれました。

父親ほど年齢の違う、トップ水倉に次ぐポストの提案。あまりに突拍子もないタイミングでしたが、「やります」と自然に返事をしていました。若い自分を取締役というポストに置いてくれる水倉の器の大きさを改めて感じた瞬間でした。

こうして2018年4月、桂城はIFAの取締役に就任。取締役となった当初、桂城を苦しめたのは23歳という自身の年齢でした。

桂城 「僕の仕事は、ブロックチェーンを使ったプロダクトの構想を描いて、キーとなる企業を口説き、一緒に何かしていきましょうと提案をすることが中心です。なので、お客さまはもちろん年上ですし、親子ほど年が離れた方もいらっしゃいます。
サービス提供者として尖るべき部分と、年少者として丸くなるべき部分のバランスにはとても悩みました。自信を持って提案をするものの、その自信が尊大な態度に見えてしまうことも恐れていましたね」

それでも、水倉と重ねた時間を信じた桂城。自分を取締役に選んでくれたことには必ず意味があると、年上のメンバーにも、時には水倉に対してさえ対等な目線で話をすることを心がけました。

桂城 「他のスタッフが近寄れないほど、社内での議論がヒートアップすることもあります。けれど私のように若いメンバーでも遠慮なく意見を出していけることが、 IFAの最大ともいえる強みです。それが体現できるのは、 20代の取締役である自分しかいません。
どんなことでも『やってみたら』と受け入れてくれる水倉を、信頼しているからできることでもありますね」

スペインのバルで経験した“オープンに話せる関係”。桂城はまず第一歩として、仕事を通してそれを実現しているのです。

目指すのは、“フェアで合理的な社会”

帰国当初、桂城は本当に努力した人が報われる社会をつくりたいと考えていたとふり返ります。一度の失敗に人生を取りあげられるのではなく、努力し続ける限りチャンスを手にできる公平で公正な社会――。

その社会の実現を目指す桂城にとって、ブロックチェーンは今でも魅力のあるツールです。

桂城 「ブロックチェーンは万能なシステムではありません。法整備も十分に整っておらず、まだまだ発達の余地もあります。ブロックチェーンがあれば夢のような未来が現実になると考えられたのは、ひと昔前の話です。今私たちはそれを、数あるツールのなかのひとつととらえています。
一方でこのツールはこれまであった技術に組み込むことで、今までなら考えられなかった可能性を広げます。
たとえば私がスペインで感じた “つながる ”という感覚。カフェで隣に座った人と意気投合したときの高揚感。ブロックチェーンがあれば、日本にいても日本人同士でも、そういう気持ちを感じられると思っています」

さっきまで他人だった人とでも気軽に深い話をし、短い時間でもお互いを認め合える仲になる。日本人もそんな経験をたくさんすれば、努力する人の足を引っ張るのではなく、自分の意見を代弁しているかもしれない誰かを、応援したい気持ちになるのではないかと桂城は話します。

酒場の政治話が国を変えていくように。ブロックチェーンは民衆の力を束ね、この国にまん延する閉塞感を変えていく。日本は法整備も、人の感情も動かしがたい。それでも未来は開けるのではないかと信じているーーそう桂城は語ります。

23歳の取締役は人と人とが心でつながる“フェアで合理的な社会”をつくるため、サービスの拡大に取り組んでいるのです。

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