人事のスペシャリストが会社を強くする――バックオフィスから描く個性が輝く職場

ブロックチェーン技術の応用で、すべての人が「自分の情報」に対して主権を持つ世界の実現を目指すIFA。この志に共感し、共に挑戦しようとするメンバーが続々と集まっています。経営管理部の高橋美穂もそのひとり。彼女は、20年以上勤めた会社を離れ、IFAへの入社を決めました。

何だか、おもしろそうーー直感が誘った前職の会社との出会い

▲経営管理部 部長 髙橋美穂

1995年。 バブルが弾けた後の就職氷河期のなかで就職活動を始めた高橋美穂は、迷走していました。

高橋 「知人のホテルウーマンがかっこよくて憧れていましたが、漠然と地元の横浜で働きたいと考えていただけで、志望が定まっていませんでした。活動に苦戦して、ケーキ職人や、大相撲優勝額の彩色家になろうかと考えていたこともあります」

自分の目の前に開かれたさまざまな道を前に、進路を決めかねていた高橋。志望度の高かった企業から内定を受けたものの、どこかしっくりとこない感覚を持ち続け、就職活動を続けます。そんななかで出会ったのが、その後20年以上勤めることになる、情報誌を発行する企業でした。

高橋 「たまたま就職情報誌で新卒募集があるのを見つけて電話したんですね。以前から情報誌のことは知ってはいたのですが、会社説明会に行ってみたら、事業内容がおもしろくて。


社長がまだ 40歳過ぎで、それまで面接を受けてきた会社とは違う “勢い ”があったんです。当時は、社長がいきなり会社説明会に出てくる、自ら話すという会社は珍しかったと思います。


立ち上げから 10年程度のベンチャーで、組織も男女差がないフラットな印象でした。ここにいたら、いろいろできる、自分の可能性が広がるかもしれないと。直感で決めました」

広告企画営業職が中心の会社で、バックオフィス業務を担う人員はまだ少なく、高橋は入社してすぐ総務部に配属されることが決まっていました。

高橋 「営業職として面接に臨んではいたのですが、『この子は内勤で』という話が出ていたそうです。大学時代の 60人ほどの能楽サークルを、 “お母さん的な存在 ”で運営してきたことなどを話していたので、そこを見込んでいただいたんだと思います」

入社後に配属されたのは経理。まだまだ少人数で、経理の先輩はひとり。しかも創業以来の経理担当だったそのベテラン先輩社員は出産準備のために退職が決まっており、高橋は1カ月で業務を引き継ぐ必要がありました。

高橋 「算数が苦手で文系に進んだのに、なぜ経理に……と考える間もなく、とにかく覚えることに夢中で何がなんだかわからないうちに、 5月になり先輩社員の退職日が来てしまいました。


その後も週に何度かサポートしていただいていたのですが、当時はまだ振替伝票も手書きで、ひとりで売掛金や買掛金の管理、小口現金の出納、営業からの問い合わせ、月次処理といった業務を捌ききることができず、でもやらなきゃ終わらない、と泣きながら電卓を叩いていました」


同じ仕事をする先輩がおらず、直属の上司は取締役。こんなことを聞いていいのだろうかと、日々の細かな業務で生じる疑問の蓄積や、何より会社の信頼に関わるお金を預かる重圧に一度は心が折れかかったと言いますが、次第に仕事をこなせるようになりました。

高橋 「何の経験も資格もない新卒に、経理という大事なところを任せてくれた会社の度量もすごいな思いますが、あのとき周りに支えてもらいながら何とかやりきったこと、続けていれば急にぐん!とできるようになるということが自分の根っこになっています」

入社して一年が経つころには、経理を通じて会社の流れが見え始め、お金の管理だけでなく、働く環境づくりにも自分の力を使っていきたいと前向きな思いが芽生え始めます。

秘書や総務などのバックオフィスでの経験を積み重ねていくと、次第に“お母さん的な存在”と表現した持ち前の面倒見の良さを生かした活躍が始まりました。

会社に愛着があるからこそ、退くことを決めた

転機が訪れたのは、社会人7年目の2003年。上場時に発足した人事課に所属していた高橋は、新人営業研修を一手に引き受けることになります。

高橋 「会社が 2001年に上場し、急拡大していた時期で、毎年新卒の社員が数十名入るようになっていました。外部の方に研修をお願いしていましたが、教育の内製化をはかりたい経営の意向で、新人研修を今年から任せると言われ途方にくれました。あと 3カ月後に入ってくる 42人の社会人スタートを預かるなんてどうしたらいいのかと」

それまで事務局として研修に参加していたものの講師未経験の高橋は、インストラクター研修に参加したり、これまでお世話になってきた講師から直接指導を受けたりし、準備を進めていきました。

高橋 「教えてもらって、後は実践しながら自分の課題をチューニングしていくという繰り返し。社内の営業や制作をはじめ全部門のたくさんの社員たちからサポートを受けながら、必要なことを形にしていきました。
研修担当者として大切にしていたのは、教えるのではなく伴走すること、みんなの気づく・やりきる力を信じること。方向性は示しながらも、自分で考えて行動する、ということを課していたので、厳しい…と新人たちは感じていたと思います。自分もこのやり方でいいのか、何か足りていないことはないか、これで伝わっているか、と研修期間中も夢中で走りながら不安にもなって。

でも、目配りできていないことや、思った通りに進まずに落ち込んでも、新人たちが自分たちなりに考えてどんどん工夫して成長していく姿を目のあたりにして、私ももっとできるようになりたい、視野を広げてやることがまだまだたくさんある、と自分が一番目が覚めたというか、彼らの一所懸命さに刺激をもらっていました」


その後も、長年人事として社員の定着や会社の仕組みづくりに励み、オールラウンドにキャリアを積んでいきましたが、40歳になるころに、ふと“転職”の2文字が頭をよぎります。

高橋 「やりつくした、という感はなく、次々に起こる事業をとりまく環境に合わせて手を打っていくという繰り返しが続いていました。会社も、社会が急速に IT化していくなかで、新たなサービスの創出を目指していたのですが、軌道に乗せることが難しかったんです。
人事としては、なんとか好転させたいと取り組んだことも多かったのですが、業績の波があるなか、経営の交代も短期にあって会社全体が疲弊している感じもありましたし、とにかくやれることをやるのに必死でした」

そこで高橋は新しい風を起こせる人を引き入れるために、自らのポジションを退き、空席をつくることを決意しました。

高橋 「 2000年からずっと人事だったので、新たな取り組みをしても、同じ人がやっているとマンネリ感がある。ある程度の基盤ができた会社を大きく変えていくためにも、新しい考えを入れていく必要があると考え続けていました。

拡大期はポジションがたくさんあって、そのおかげで成長できるチャンスがたくさんあります。この会社でなきゃ出来ない、たくさんの経験を積ませてもらったことに感謝していましたし、だからこそ踊り場の組織で、上が詰まって下が抜けていく状態をなんとかしたくて、私は外に出ようと。長いこと、教育担当やメンタルカウンセリング的なことも含めて全社の相談窓口だったのでずっといるものだと思っていた、と同僚やメンバーたちには驚かれましたが、実力ある後輩たちも十分育ってきているし、私ではない誰かが人事をやるチャンスがあったら、もっと会社がよくなる、いきいき働ける環境が生まれることもあるんじゃないかと思ったんです」


長年勤め上げ、会社に対して深い愛情をもった高橋なりの決断でした。

「おもしろそうという直感で選んだ」新卒のときと変わらない決め手

自分で外に出ると決めた以上、新しい職場は自分の可能性を広げられるところを探そう、自分がどこまでやれるか試してみよう。小さい会社でもいい。社会に役立つことをしようという勢いがある会社ならーー。そうした想いを胸に、転職活動を始めた高橋。そこで出会ったのがIFAでした。

高橋 「ブロックチェーンや仮想通貨も、技術的な詳しい話も全然わからなかったんですが、新たな技術によって、自分の生活がこの先変化していくことが身近に感じられて興味が湧きました。
IFAがまずやろうとしていることは、情報のコンシェルジュのようなことだと最初に聞いて、前の会社と同じだと思ったんです。それを情報誌のような紙の力でやるのか、 ITの力で実現していくのかという違いで、何か縁のようなものを感じました」

さらに、23歳の取締役・桂城漢大の存在も決め手になりました。

高橋 「そんなに若いと思わず、なるほどーと話を聞いていたんですが、年齢を聞いてびっくりして。これはすごい力だと思ったんです。もともと前職の経験から、スタートアップのような会社では、カリスマ的なオーナー社長を支える人材が不可欠と感じていました。


IFAでは、数社の起業を経験した 40代の代表・水倉仁志を、ベテランと若い力が支えている。その独特のバランスがおもしろいとも思いました」


当時、IFAはまだ10人程度の会社だったこともあり、労務面の整備などにも課題があると感じた高橋。これまでとは180度違う事業環境での挑戦となる一方、これまでの経験を生かし、企業としての信頼の獲得や、もっと多くの人が働きたいと思える環境整備といった土台づくりに携われることにやりがいを見出し、2018年9月にその一員となったのです。

入社後は就業規則など、経営管理の根幹を担う部分の整備を始めました。整備が少しずつ進み、半年経った現在は、採用活動にも力を注いでいます。

高橋 「 IFAは新しいことに挑戦していく組織なので、求める役割も幅が広いですね。たとえば大企業だと組織や与える役割にいかになじめるかも重視されるのですが、 IFAではその人の個性や得意なこと、生きるポイントを見ています。なかなかにとんがった個性のある人たちに出会えるおもしろさを味わっていますね」

IFAの“ベンチャーとしての醍醐味”

高橋は、採用活動を進める中で、入社当時から課題だと感じていたことにも着手し始めました。それはミッションやビジョンを新たに定めるということ。

高橋 「会社が何を目指しているか、何のために私たちは存在しているのかという言葉の力ってすごく大きいと思うんです。それは前職でも、メンターから何度も教わってきましたし、ミッションに共感し入社を志してくれた人達にもたくさん出会いました。

その価値観のなかで制度はつくられていくものなので、 IFAはまだコーポレートサイトや資料に記載しているミッションやビジョンには色々な言葉が登場して一貫性がない部分があり、総じて同じことなんだけれど…という本来の役割を果たしきれていないように感じていたんです」


高橋は、ビジョン合宿を提案します。

高橋 「一度、経営幹部でミッションやビジョンをしっかり話し合う場を設けたいと打診したところ、逆に『みんなでやろうよ』と代表の水倉に言ってもらいました。会社の大事な基準を決める場に立ちあえるということはなかなかありませんし、若手メンバーにとってもすごくよい経験になると思いました。
日常のオフィスを離れてブレストに専念できる場所に、と湯河原まで行きました。社員のほとんどは 2018年に入ってからの入社なので、改めてどんな経験をしてきたのか、どんな価値観を持っているのかという相互理解から始まり、 IFAのありかた、どんなことを目指したいかということを1泊2日で話し合いました。

いろいろな考えや想いが次々に出てきて、このメンバーたちと一緒に、会社を創っていくのはワクワクするなと改めて思えました。メディアがローンチしていよいよ世に打って出る、というタイミングで合宿できて、自信にもつながり、ありがたかったです」


2019年3月現在、まだこのプロジェクトは継続中ですが、高橋は確かな手ごたえを感じています。

高橋 「 IFAは、受け身ではなくチームの一員として自分はここでこれがやりたいという人たちの集まりだと思っています。とはいえ、新卒と同じ年齢のメンバーも多いですし、体制がまだ整っていない中で経験のない若手は大変だと思います。自分が苦労した頃を見ているようですが、そんなメンバーたちが、何のために仕事しているか、自分たちの会社について、同じ言葉を、自分の言葉で語れるようになるって強いことだと思いますし、ともに目指したいところです」

IFAがこれまでにない難しいことに挑戦していくからこそ、日常的に安心して頑張りきれる環境を人事としてつくっていきたい。高橋の前職で培った経験が、IFAの成長基盤づくりに確実に寄与しています。

関連ストーリー

注目ストーリー