国境を越えた英国創業の日系人材紹介会社の歩み

株式会社ジェイ エイ シー リクルートメント(以下、JAC)は英国初の日系人材紹介会社として1975年にロンドンで誕生。1987年にシンガポール、翌1988年には日本に進出し、その後も世界10カ国で事業を展開してきました。JACをグローバル企業へと成長させた会長の田崎ひろみが、成長秘話を語ります。
  • eight

行動なしには何も生まれていなかった――今ある会社も、未来も

D25b1cea90d35febcad669cadeaae76790ecfb74
▲JACの取締役最高顧問・田崎忠良と取締役会長・田崎ひろみ。会長の田崎は、現・夫の忠良にヘッドハンティングされて入社した

2014年、私は、英国の人材業界専門誌から人材紹介業界の発展に最も寄与した人物としての功績をたたえる「名誉殿堂賞」を受賞し、2015年以降は米国の人材業界メディアから3年連続で「世界の人材サービス業界における権威のある女性」として選ばれました。

JACを世界10カ国のグローバル企業へと成長させ、人材紹介業界のグローバルな発展のために歩んできた道のりを振り返りたいと思います。

私は幼い頃から教会や英会話学校に通っていたこともあり、欧米の先進国に大変興味を抱いていました。ミッションスクールを卒業後、秘書や通訳を経験。やはり海外に暮らし、日本と外国をつなぐ事業を起こしたいと渡英。フランスに1年留学し、語学を勉強して再度渡英した後、日系銀行英国支店に勤務しながら英国生活を満喫していました。

同時期、現在の夫である田崎忠良(現 取締役最高顧問)が、日本人向けに賃貸不動産エージェントと日本食の輸入販売やその他多岐に渡るビジネスをロンドンで展開していました。

その田崎にヘッドハンティングされ、1981年に田崎グループに入社したんです。

ハンティングされた理由は、イギリスにある日系企業に人材を紹介する事業の本格的な立ち上げをしてほしいということ(後のJAC)。

オフィスは、ロンドン郊外の日本食スーパーマーケットの2階にあったスーパーの会計事務室の一角。私を待っていたのは、真っ黒に汚れて角が丸くなった、触れると前後に揺れる机と、一台の電話機だけでした。

それまで、都会のスマートな日本の銀行で働いていた私にとって、この環境の変化は大きなショックでした。しかし、「これはきっと神が私に挑戦を与えてくれているに違いない」そう思うことで、すべてのことがチャレンジ精神の源と思えるようになりました。

1970年代当時は、人材紹介ビジネスはまだまだなじみが薄く、「Employment Agent」という言葉を知る日本人はほとんどいませんでした。私にも人材紹介のノウハウはありませんでしたが、とにかく事業を前進させるために、やったことのない営業活動を毎日やりました。

私の靴はすり減り、いくつものハイヒールが壊れるほどでしたが、そこには悲壮感もなければ心配もなく、むしろ充実感で満ちあふれていました。

それは様々なビジネスやそのニーズについてクライアントと話し合うことや、候補者と会って将来の可能性を共有すること、またそれで商売が成り立つことがとても面白く、大きなやりがいも感じていたからです。

また、与えられた挑戦をやり遂げるという強い決意で臨んでいたことも大きな理由でした。

自らすべてをつくりあげたことで得られた自信、そして自ら掲げた目標の達成

0559dc4eeea535f0e5ceb45284c570a5d8567b73
▲JAC Recruitment 展示会の様子

事業が軌道に乗りはじめた頃、会社に対してロンドンの金融街で小さなオフィスを借りてほしいと依頼しました。会社訪問に要する時間を短縮したかったのも理由のひとつですが、会計事務員と一緒の雑居部屋から抜け出し、ちゃんとした営業オフィスで仕事がしたかったからです。

私は会長に「このビジネスを絶対に成功させます。そして、このスーパーの2階からロンドンの一等地に会長のすばらしい部屋をつくることを約束します」と大見得を切りました。

その3カ月後の1981年の冬、ロンドンの金融街の端っこの古い雑居ビルの一室に小さなオフィスを構えました。その時、自分で立てた目標は、いつかよりビジネスにふさわしいオフィスを借りて、そこにボスの立派な部屋をつくるんだということでした。それはこの事業を大きくして、立派な会社にするという思いと、私の強いプライドから生まれた目標でした。

私は、昼夜を問わず働きました。最初からすべてをつくり上げることが至極楽しく、働くことがまったく苦ではありませんでした。

当時、世界中で金融サービス業界はもっとも活況を帯びており、日本の金融機関も人材採用を急ピッチで進めていました。

2018年現在は存在しない中堅証券会社でさえもロンドン拠点では軽く100人を超えるスタッフを抱えるなど、人材は常に逼迫状態にあり、私がはじめた人材紹介事業は天井知らずの状態で、私個人が月平均14件、15件といったような現在では考えられないペースで成約をしていました。

毎月記録を更新していましたし、記録を更新することをMissionとして仕事に取り組んでいました。

事業は素晴らしく順調で、事業展開への自信がついた私は、今がグローバルに事業を拡大するチャンスではないかと考えはじめました。

小さな雑居ビルの一室から6年、金融街のど真ん中に会長に約束した美しいオフィスをつくることができました。私の最初の目標が達成できた瞬間でした。

英国生まれの日系人材紹介会社として、日本での事業拡大を図る

82950c4a40f62823421996645b23e341f519986c
▲スーパーの2階から金融街のドンチーハウスにオフィスを移転

英国での事業は好調で、ロンドン市内にも支店やディビジョンの拡大を図りました。あり余るチャレンジはこれだけでは収まらず、この「海外に進出する日系企業に現地で人材を紹介する」というビジネスモデルは海外でも展開できると考えました。

そして1987年、シンガポールに海外初の拠点を設立します。翌1988年には日本への進出を果たすことになります。

シンガポールでは英国と同様に、日本から進出する日系企業に、主に日本語人材を紹介する専門エージェントとして事業展開しますが、日本での事業展開は、日本に進出している外資系、特に私の得意とする金融業界にターゲットを絞って事業の拡大を図りました。

当時、日本での人材紹介業界の主力事業はヘッドハンティングでリテイナーフィー(顧問料)を徴収する会社がほとんどで、JAC Recruitment のような成功報酬型の人材紹介事業は珍しく、業界はまだまだ未成熟でした。

イギリスではすでに成熟している業界での経験から、自分のやり方でこの事業をけん引すれば、日本で大きな事業を展開できる可能性がある。将来的にはこの人材紹介業界は1000倍以上成長するはずだと確信して事業を推進していきました。

会社を大きくするためには、まずは社会におけるこの事業の認知度を向上させる必要があると感じました。そのためにはJAC Japanを証券取引所に上場させる必要がありました。

ただ、当時JAC Japanは英国のJACの子会社であったため、JAC Japanを上場するためには、英国のJAC本社と他のJAC Recruitment グループ会社(JAC Recruitment Asia)と分離させなければなりませんでした。

それがJAC JapanとJAC Recruitmentのグループ会社との一時的な別れでした。さらなる成長のために少しの間分離させ、将来必ずまた一緒にすることを構想し、JAC Japanを独立させました。

そして、JAC Japanは2006年にJASDAQに上場し、2015年には東証一部上場を果たしたんです。

離別から12年の間にそれぞれのグループには色々なことがありました。多くの取締役が交代しましたし、私たちのビジネスモデルも両面型から分業型に変更し、そしてまた両面型へと変わりました。

色々味わった苦労も、私はいつもそれをチャレンジと捉えました。常に冷静に沈着に、迅速に、そして正しい決断をしてきた結果、すべての出来事や苦労が肥やしとなってJACは成長してきたんです。

12年間の別れから再びひとつに。世界1位の人材紹介会社を目指して

E92ee1dbdb2be149bff136059a6876b0ab361e08
▲田崎はJAC Groupのグローバルとしての強みを生かし、世界No.1を目指したいと語る

12年間の別れを経て、2018年3月に全グループ会社を統合して、私たちはまたひとつになりました。これも決断です。事業とは、正しい判断を決断できるかできないかです。

私はグループを離した後も、皆が同じPhilosophyとPolicyを共有し、同じレポートと会計システムを使い、同じ標準ビジネスを維持し、同じ戦略をシェアして各国が成長していくことに最大の努力をしてきました。もちろん年始にその年の目標であるMission and Targetも全グループで共有してきました。

これは、私たちがいつか一緒になって更なる飛躍を遂げることが私の大きなMissionであり意思だったからです。国を隔てた、親会社と子会社としての関係がない拠点事業のあらゆる細部において同じ事業基準を維持するのは簡単な仕事ではありませんでしたが、全グループで高いレベルの事業を維持し拡大した上で再統合に至ったことを嬉しく思います。

私たちが別れていた12年間、JAC Recruitment Asiaは成長したものの、人材不足と離別による日本側のサポートの手薄さが仇となり、特にこの4~5年は私が望んでいたほどの拡大ができませんでした。

しかし、今、再度2つのグループが一緒になったことで、お互いがより速い成長軌道に乗ることが可能になりました。これは、No.1を目指すための大きなステップです。

私は、これから私たちができる様々な可能性を考えると、とても興奮します。

JAC Groupのグローバルとしての強みを生かすことで、世界No.1になることを目指し、社員全員でまい進したいと思っています。

関連ストーリー

注目ストーリー