誰かの人生に携わるということーーJACでのキャリアアップと闘病を経て伝えたい想い

ジェイ エイ シー リクルートメント(以下、JAC)のWebディビジョンで活躍する金澤雄太が、自身のキャリアとがんサバイバーとしての活動を通じて伝えたいメッセージを語ります。
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順調なステップアップと社内評価に恵まれたキャリアスタート

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▲2011年、JACに転職して活躍を続ける金澤雄太

(前編ストーリーはこちら

私は2011年にジェイ エイ シー リクルートメント(以下、JAC)に入社し、IT領域のクライアントを担当した後、2013年Webディビジョンという新規部署に異動しました。

私が入社した当初、JACは分業型(法人・個人それぞれ別の担当者が対応するスタイル)から両面型(法人・個人双方をひとりの担当者が対応するスタイル)への業務改革がおこなわれている最中でした。前職で両面型のスタイルを経験していた私にはそのスキルを生かすことが求められていました。

今まで培った方法論をもとにしつつ、自由に働けるJACの環境に恵まれ、1.5倍は働けたという感覚があります。入社後2〜3カ月で月間表彰をいただき、入社翌年には新人賞をいただきました。とても順調なスタートを切り、転職後のキャリアとしては手応えを感じていましたね。

さらに、入社2年弱でアシスタントマネージャー、その半年後にはマネージャーへとキャリアアップすることがかない、若くして自分がリーダーシップを発揮してチームを率いるという立場になりました。

JACは勤務時間や課題解決の方法が極めて自由である一方、成果を出すことに対する姿勢は厳格です。私はその方針に共感していましたし、必ず結果を出すということはプロフェッショナルとして当然のことだと感じていたので、そのなかで自分自身を高めることができたのだと思います。

チームも非常に優秀なメンバーが多く、自分よりも年上の経験豊かな人がほとんどでした。当時を振り返ると「金澤は若いからがむしゃらに頑張っているな。巻き込まれてやるか」というような温かさで迎えてくれていたのでしょう。

順風満帆だったにもかかわらず徐々に新たな課題を感じ始めたのは、その頃です。

当時は社内外での評価が高いという自負もあり、周囲の人にも「自分は順調だ」という視点でコミュニケーションをとってしまっていました。ときに、同チームの人たちの実績や方法を自分のことのように語ってしまい、反省することも。

結果を残すことに躍起になって、自分がやっていないことをメンバーに任せようとしてしまった時期もありました。自分ができないことを指示している。そういう恥ずかしさや自覚はあったものの、現実と理想のあいだで揺れながら、私は葛藤していました。

入院期間に向き合った、キャリアへの問い

ちょうどその頃、がんであることが発覚しました。2014年11月のことです。2015年1月まで入院を余儀なくされた私は、職場から否応なく離れ、あらためて自身が抱える悩みと向き合いました。

どうやって仕事をしていきたいか。退院後どのように復帰したいか。どのように生きたいか。それらの問いに真正面から向き合う時間をつくった後、たどり着いたのは「JACのコンサルタントとして、ちゃんと仕事をしたい」という答えでした。

「ちゃんと」という言葉には、入院前の自分への反省が込められています。自分を客観的に捉えることができたことで、もうダサい働き方をしてはいけないと思ったんです。まず、「自分ができないことは人に求めない」と心に決めました。

言葉にしてみると当たり前のようですが、ある程度実績を積むと人はこうした過ちを犯しやすいのではないでしょうか。自分が過去に重ねた努力や実績を知っているからこそ、その過去を前提とした過度な期待を他人にかけてしまうのでしょう。

でも、大切なのは今の自分なのです。自分の過去の栄光を知っている人なんていずれいなくなりますし、結果を出しつづけることでしか評価はされない。その地道さに、立ち戻ったのです。

そして、相手を尊重するようになりました。誰だってつらい時期があるのだということを、自分の体験を経て実感することができ、それを想像したり受け止めたりできるようになったのです。

褒められたり感謝されたりすると嬉しいのは、自分だけでなく相手も同じだということも、あらためて感じました。相手に対する理解が深まったのかもしれません。

復帰後、私の役職はマネージャーではなく、ひとりのメンバーとして戻りました。働き方そのものが大きく変わったわけではありませんが、こうした心の変化によって、入院前とは違った世界が見えるようになったと思います。

転職する瞬間に寄り添う仕事を選んで「生きる」ということ

その後、2016年、2017年と転移の都度手術を受けてきました。抗がん剤治療も受けています。並行してJACでの仕事は続けており、休職期間はあるものの部署異動や職位、給料の変動はありませんでした。

こうした闘病と仕事の両立を実現していることを周囲に話してみると、実はそれがめずらしいことなのだということを知りました。仕事が変わらず、給料も変わらずに生活できていることに救われていると実感しています。

JACにこうした状況を支援するための特殊な制度があるわけではありませんが、ひとりのがん当事者がキャリアを重ねていける、生活を守れる体制が整っていることはJACの魅力でもありますし、そういった企業が増えることを願っています。

こうした経験を経て、私はあらためてJACでの仕事の意義についても捉え直しました。転職は人生における重大のターニングポイントで、その人の生き方にかかわるイベントだと思います。

その瞬間に寄り添うコンサルタントとしての私たちは、大きな意思決定に携わる立場であるともいえます。

私たちが誠意を込めて支援すれば、「あいつの言葉に背中を押されて転職が決められたな」という風にきっと覚えてもらえるでしょう。大切なときに寄り添わせていただく機会をいただけるこの仕事を、とてもやりがいがあり、自ら選んでいると実感しています。

少し大きな話になってしまいますが、「死ぬ」とはどういう状態なのか考えたとき、物理的にこの世界から存在しなくなること以上に、誰の記憶からもなくなってしまうことの方がきっと完全なる死につながると思いました。

だから、覚えていてほしい。「あいつ、悪いやつじゃなかったな」と。それが生きた証になるはず。JACの仕事を通じて、そんな証を重ねていると、信じています。

夢を信じ、行動すればかなう

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▲社会人向けに「がんサバイバー」として講演もおこなっています

私の学生時代の夢は教師になることでした。仕事とは別のライフワークとして、私はがんのサバイバーとしてスピーカー活動を続けていますが、2018年12月、なんと小学校で生徒を対象にがんについて話す機会をいただけたのです。教壇に立つという夢が、こうしたかたちでかなったのです。

「夢をもって、信じて行動すれば必ず実現することができる」私がこれを読む方に届けたい言葉のひとつです。そして、人生にどんな転機が訪れたとしても、それを生かす環境はあるということも伝えたい。

私の場合は病気をきっかけにスピーカー活動を始めたことで、その活動を支援してくださる企業の経営者の方々や著名人との新たなコミュニティが生まれ、JACの仕事に還元するという機会も増え始めています。

どのように生き、どのように働くか。その問いに真剣に向き合い、JACという選択肢を選んだ私から伝えられるメッセージです。

今まで重ねてきた時間やこれから得られる経験のすべてに無駄なことなどありません。誰かの人生にかかわる転職という機会にそれを生かしたいと考える方は、ともに歩みましょう。

(前編ストーリーはこちら

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