心を救う医療を届ける。医療ツーリズムを支える帰化した中国人コーディネーターの情熱

国が重要政策と位置づける医療ツーリズム。偕行会グループは愛知県と協業し、中部地方の医療ツーリズムのけん引役を担っています。そんななか、中国と日本の架け橋として活躍するのが、医療コーディネーターの李嵐(り・らん)。李を頼って来日する方もいるというほど、絶大な信頼を集める彼女。その仕事の極意に迫ります。
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中国人が求める日本の医療。それは、“技術”だけではない

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▲テレビ取材を受ける李嵐(り・らん)

李「先端の医療技術なら中国にもあります。安定した医療環境、医師や看護師の礼儀正しくて丁寧なコミュニケーション。中国人は、日本の医療のそういう面に魅力を感じて、日本の医療を受けに訪れるんです」

「爆買い」ブームはやや落ち着いたものの、日本は依然として中国人に人気の高い観光地。買い物や体験型観光だけでなく、日本ならではの医療や健康診断を受けに訪れる「医療ツーリズム」も広がりを見せています。

2010年には政府が、2015年には愛知県が医療ツーリズムを重要政策として推進することを決定。偕行会グループでは2010年ごろから健康診断における外国人の受け入れをはじめ、李が入職した2013年ごろから本格的に医療ツーリズムに取り組んでいます。

李嵐(り・らん)は、2016年に新設された「国際医療部」に所属する国際医療コーディネーター。患者様と病院スタッフの架け橋となっている存在です。中国で内科医を務めていたキャリアを活かし、単なる通訳ではなく、医療の知識に基づいたコミュニケーションでスムーズに医療を受けられるよう橋渡しをしています。

李は、中国人が日本の医療を受けに訪れる理由を「中国の医療技術の低さ」ととらえてしまうと、そこには少々誤解があると考えています。

中国の医療環境の問題は、医療のアンバランスが生じている点です。都市化と経済発展が急速に進んだ結果、北京や上海の大病院に各地から患者が集中。そのため、1日待っても診察を受けられない、受けられたとしても医師と1分しか話ができないといった状況が生まれているのです。

自分の命にかかわるときに、十分な説明も受けられず不安が残る対応をされては、信頼して治療を受けることは難しいでしょう。そこで求められているのが、日本の「丁寧な医療サービス」なのです。

李「最近は富裕層だけでなく、中流家庭の方も増えています。家族の命を預ける手術だからこそ、きちんと説明してもらって納得して受けたい、だから家族が一致団結してお金を出して、言葉も通じない日本まで来る。そういう思いに、私は応えたいんです」

その思いを胸に、日々患者様と向き合っている李。そんな彼女が日本に住むことになったきっかけは、1996年にまでさかのぼります。

日本に来られた“チャンス”を生かす。日本の母と慕う女性が示してくれた道

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▲“日本の母”愛知県知立市の遍照院(へんじょういん)の副住職 横井紫光さんと

「1年間、日本に行くことになったから」――ある日、同じく内科医として活躍する夫が、外国人研究員として日本に赴任することになったのです。

1年程度ならと気軽な気持ちで送り出した李。ところが、1年経っても帰ってくる気配がありません。よくよく聞いてみると「日本の大学院に入ることになったから、そのまま残りたい」ということでした。

子どももまだ1歳と小さく、医師としてのキャリアも考えて悩みましたが、最終的には家族いっしょに暮らすことを選び、日本にやってきたのです。

子どもを自分の親に預け、まずは李だけが1年間ほど愛知県知立市の遍照院(へんじょういん)というお寺にホームステイすることに。そこで出会った副住職の横井紫光さんが、その後の李のキャリアを方向づけるきっかけをつくりました。

まず、横井さんは李に日本語を教えてくれました。そして、子どもが日本でいっしょに暮らすようになると、生活全般にわたってサポートしてくれるようになります。子どもが小学校入学となればランドセルや学習机を一式用意してくれ、成人式には着物を一式そろえてくれました。細やかに気遣ってくれる横井さんは、李にとって「日本の母」のような存在になったのです。

とりわけ李が感謝しているのは、心の面でいつも横井さんが李を思い、励ましてくれたことでした。

内科医としてのキャリアを捨て、夫について日本に来たこと。子どもの進学などのサポートのために、自分の仕事は抑えていること。「家族に合わせた人生」になりつつあった李に、横井さんはこう言ったのです。

「日本に来たことを後悔しないように、日本に来たというチャンスを生かして勉強しなさい」

横井さんのこの言葉が支えとなって、李は名古屋大学大学院に入学することを決意。そして、いくつかの研究職や講師を経て、2013年、国際医療コーディネーターとして偕行会グループに入職するに至りました。

李「横井さんには恩を返したくても返しきれないくらいですが、そう言うと『恩があると思うなら、他の人にあなたができることを返していきなさい』と諭されました。いま私は、サポートが必要な人たちに惜しみなく提供し、満足できる医療を受けていただく手助けをしている。これが私の“恩返し”です」

マナーが悪いのではない、文化が違うーー「異文化のすきま」から見えるもの

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▲日本人と中国人、それぞれの気持ちに寄り添っている

中国の患者様が、「日本の医療スタッフのきめ細かいコミュニケーション」を求めているとはいえ、医療ツーリズムにおいては、医療スタッフと患者様との「コミュニケーション」が課題となることもあります。

昨今、中国人観光客のマナーについて議論が飛び交う場面がよく見られますが、その要因は、“互いの文化や考え方の違い”から生まれている場合も少なくありません。

たとえば、検査に訪れた患者様が、検査前に吸っていたたばこの吸い殻の捨て場所に迷い、目についたゴミ箱に捨ててしまう。安全面を考慮して病院側は注意をしますが、中国ではゴミ箱に捨てるのは当たり前のこと。(※現在、病院敷地内は禁煙です。)

李は、こうした行き違いが起こったときには、私たち日本のスタッフが、中国の文化や習慣を理解すべきだと考えています。

李「患者様は日本にマナーを学びに来ているんじゃなくて、医療サービスを受けに来ているんです。もちろん危険なこと、法に触れるようなことはお伝えしなければいけませんが、そうでないことは、私があいだに入ってうまく解決すればいいことですから」

李の取り組みが実を結んだのか、医師や医療スタッフが、中国からの患者様と携帯アプリや筆談ボードなどを使ってコミュニケーションを図り、お互いの理解を深めようとしている場面も見られるようになってきています。

李にとってなによりの喜びは、患者様が心から信頼し、安心してくださったときにこぼれる笑顔。「李さんが来てくれてよかった」とほっとした患者様の表情を見ただけで、感極まって涙が出てしまうことも。

李「患者様のことを思うと『役に立ちたい』という気持ちに突き動かされます。私だけじゃない、医師も看護師も検査技師も事務職も、みんな同じように思って、それぞれの立場で一生懸命やってくれています。それを中国の患者様に伝えるのも、私の役割なんですよ」

「患者様の命を救うだけでなく、心も救う」理想の医療をめざして

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▲中国の医療展示会にて。精力的に営業活動を行なう李

外国人の患者様が日本の医療に求めるのは、医師の言葉や姿勢を含めて総合的に醸成されていく“安心”だと、私たちは考えています。この思いを根底に、患者様が心から安心して健診や治療を受けていただけるよう尽力しています。

偕行会グループで受けた医療に心からご満足いただき、ご家族や大切な友人にも奨めてくださったという話をうかがったときが、李にとって、自分たちの仕事が実を結んだと感じることのできる瞬間です。

李「良い医療は、患者様の、“心”も救うんです。その手助けをする自分のがんばりが、愛知県や中部地方、そして日本の医療ツーリズムを引っ張っていくことにつながると信じています。さらには国際交流や医療の発展にもつながる。こんなにやりがいを感じられることはないですね」

国際医療部は開設されて約1年半(2017年12月現在)。まだまだ完成形ではなく、今後も偕行会グループ全体と関わり合いながら成長していく組織です。

李「私自身、医療の知識は常にアップデートして、情報を必要としている人たちに届けられるように勉強が必要です。もちろん、患者様の満足は私ひとりで成し遂げられることではありません。他の医療スタッフの皆さんと一緒に成長していきたい。

いまでもぶつかることは多いですけど、私は『前例がない』っていう日本の言葉がいちばん嫌いです。私の信条は『やってみないとわからない』。ぶつかることも恐れず挑戦していきたいです」

中国人と日本人のあいだに立ち、心からの信頼と安心を結ぶために、日々奮闘している李。偕行会グループのスタッフ全員がその姿に学び、日本で、そして世界で最も信頼される医療機関となるべく、一致団結して医療ツーリズムに取り組んでいます。

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