“言葉”が明日への意志となるーー思想の言語化によるインナーブランディング

厚生労働省から「働きやすく生産性の高い企業」として表彰を受けた河合電器製作所。受賞を機に、社外から多くの方が見学に訪れましたが、なぜか首をかしげて帰られてしまうという事態にーー。この事態を解決しようと立ち上がったのが、営業推進部の神田宏美と野崎信久でした。

見学者が首をかしげる理由は、“根底の思想”が伝わっていないからだった

▲営業推進部の野崎(左)と神田(右)社内の根底の思想を言語化しようと立ち上がった

すべてのはじまりは、2017年の厚生労働省主催「第1回働きやすく生産性の高い企業・職場表彰 〜魅力ある成長企業〜」の中小企業部門において、最優秀賞(厚生労働大臣賞)を受賞したことでした。

生産性と魅力ある職場づくりに取り組んでいる企業に贈られるこの賞。受賞後、「どんな取り組みをしているのか、話を聞きたい」と、見学を希望される方が急増しました。

しかし、一連の説明を終えると、ほとんどの方はどうも腑に落ちていないご様子。

取り組みの一つひとつを丁寧に説明しているのに、なぜだろうーー?当社で広報・採用を担当している神田の頭には、そんな疑問が浮かびました。

神田 「せっかくお越しいただいたのに、私たちの魅力が伝わっていないのは機会損失ですから、これはマズいと思いました。そこで原因は何かを探ると、根底にある思想が伝わっていないことに気がついたんです」

たとえば、社外の方に対して、このように説明をしていました。

「一般的に、生産性を上げるために業務の効率化を図りますが、河合電器製作所では合理性の追求を最優先するのではなくて、働く人がイキイキできることを第一に考えています」など。生産性の高い企業として賞をいただいているのにも関わらず、です。

あるいは、社内の研修として「酪農のお仕事を2泊3日で手伝う」ことがあるのですが、内容や取り組みだけを説明しても「製造業と何の関係があるのか」と、ご納得いただけなかったのです。

神田 「直接的な効果や具体的なノウハウを知りたくて訪れてきている社外の方にいきなり説明をしても、伝わらなかったのは今なら当然だと思います。
また、私たち自身も、研修や取り組み、考え方の意味や目的を深くは理解せず、言語化できていない部分もありました」

たとえば、製造業なのにも関わらず「合理性を最優先しない」のは、「効率化を突き詰めると、人は孤立してしまう。働いている人の気持もセットで考えて、働く人がイキイキできることを第一に考えれば、結果はついてくる」という社長の考えが根底の思想としてあるからです。

こうした研修や制度、カルチャー、考え方などの根底にある思想を言語化できておらず、自分たち自身でも理解していない。それならば取り組みの真意を伝えるためにも、根底にある思想を言語化しようと神田は決意したのです。

言語化の作業で見えた「言葉で意味を理解したい」というニーズ

▲言語化にあたり、参考にした資料。代表のあらゆる言葉を洗い出し、資料にまとめた

そこで神田は、コーポレートサイトやコンセプトブックの制作を通じたブランディング活動に携わっていた野崎に相談しました。

神田から相談を受けた野崎は、社内のあらゆる資料を集めました。ホームページはもちろん、ニュースレターのすべてのバックナンバー、代表や役員が社員に向けて発した言葉、役員のメモ用紙、頭の中のかすかな記憶までーー。収集できる情報をすべてかき集め、目を通し、考え方や価値観を洗い出していったのです。

そして、約2週間で32ページ分の資料にまとめました。

試しにそれを社員に見せてみると、思いのほか反響が大きいことに驚きました。

野崎 「みんなすごく興味を持ってくれて、その場で何時間もの話し合いに発展したこともありました。それだけ『取り組みや研修の意味を言葉で理解したい』というニーズがあったということに気がつきました。
目的をはっきりさせたうえで、一番会社の前進のために力になれるような行動を起こしていきたいと思っていたんでしょうね。自分自身も、言語化することで捉え方が変わりましたから」

早速それを、代表の佐久真一にプレゼンテーション。すると「今まで大切にしてきた思想がすべて詰まった、完璧なプレゼン!」と高評価を受けることに。断片的だった佐久のメッセージが、思想としてつながった瞬間でした。

野崎 「ドストライクだったのは驚きでした。きっと、それまで何度も佐久が発してきた言葉や考え方が社員のみんなにうまく染み込んでいたからこそ、言葉としてうまく形にすることができたんだと思います」

たとえば酪農の研修については「普段関わることのない酪農の世界を知ることで、異なる価値観を受け入れることが目的」と言語化。

野崎 「実際に酪農研修へ行くと、自分の仕事とはまったく違うことを経験できる。働き方を相対化できることが、自分の幅を広げて成長することにつながる。
つまり、こうした経験は人としての成長を狙った長期投資なんです、と表現しました」

意味を見出しにくかった研修にも、合理性だけを追求しない考えにも、人がイキイキと働けるようになるための“根底思想”が流れている。それを丁寧に言語化したのでした。

社長へのプレゼンテーションのすぐあとに見学に訪れた社外の方にも、その資料をお披露目する機会が訪れました。

神田 「明らかに反応が変わりました。『河合電器さんが受賞した理由が分かった』『ぜひ講演に来てほしい』とまでおっしゃっていただけるようになったんです」

共有だけでは足りず“共感”が必要だった

▲言語化した思想を社内に広めようと、共有会を開いた

それからほどなくしてふたりは、「本当に必要なのは、社内への共有だ」と気がつきます。

神田 「根底にある思想が、これまで明確に言語化されていなかったからこそ、それぞれの取り組みについても職種や立場によって解釈が異なっていました。また、何かを決めたり取り組んだりする際も、『本当にこの方向でいいのか』と迷ってしまうこともありましたね。
根底の思想を社内に共有することで、これらの課題が解決するのではないかなと思ったんです」

早速、社内向けの資料作成に取り組んだふたり。そのなかで、最も懸念したことがありました。

神田 「社外の方に向けて展開している言葉をそのまま社内向けに使うと、違和感を覚える人が出てくるのは想像できました。
当社は1929年の創業から90年近く経ちます。しかし、現在の代表が就任したのは10年ほど前。その前から在籍している社員もいますから、おのおのの思想の幅や深さは多様です。そのため、必要な説明のプロセスや深さは社外向けとは別物だと考えました」
野崎 「いわゆる“布教”と受け取られて心を閉ざされてしまう危険性は、容易に想像ができました。だからこそ、社外向けのものに改良を重ね、ゼロからつくる必要があると」

単に理解を得るだけでなく、“共感”が必要だとの意見で一致。根底の思想や考え方そのものへの共感を得られなければ、思想が示すような会社を実現できないからです。

神田 「会社の価値観だから従ってください、ではなく『働くのは私たちなので、そこをみんなで考えていきましょう』というスタンスで進めました」

用意した資料は51ページ。約2カ月間で、社外向けの約2倍のボリュームに再構成しました。

部署ごとに受け止められる言葉をイメージし、みんなの顔を浮かべ、ニュアンスに誤解が生じないように言葉の一つひとつを検証。何度も修正を重ねました。

また、共感を得るには時間をかけて進めていくことが前提だと考え、単に説明をするだけでなく、“対話”の時間を設けることが大切だと考えました。

その後、ふたりは2カ月をかけて、それぞれの部署がある東京・大阪・名古屋を行脚。思想の共有会は、全8回、各2時間。前半の1時間はプレゼンテーション、後半の1時間は対話の時間にあてたのです。

言語化は、働くことの意味を深めるための“はじまり”

▲共有会の後に取ったアンケート。ポジティブな反応が多かった

共有会が終了したあとに取ったアンケートでは、「根底の思想を、初めて一本の線としてつなげて落とし込むことができた」「素敵な価値観だから、自分でもそうありたいと思う」「会社の進む方向性が改めて確認できてスッキリできた」など、ポジティブな反応が大半でした。

もちろん、この取り組みですべてが終わり、というわけではありません。理解することと共感することのあいだには深い溝がありますから、「時間をかけて深めていくもの」ということが大前提です。

また、根底の思想に対して「理想論だ、現場に即していない」という意見も出ました。そのような場合でも否定せずに、考え方の根底にある「一人ひとりの自主性を重んじる」ことの意味を、その意見が出た部署のなかで話し合ってもらう形をとる。

それによって、“共感”がさらに深まるようにしています。

野崎 「今回の共有会だけで終わらせるのではなくて、社内の共通言語として、継続的にみんなで考え、深めていくことが必要だと思いました」
神田 「全国の社内を回った際にも『今回はキックオフのボールを蹴っただけで、きっかけにすぎません。各部署で、さらに深めていくことが大切です』と伝えました」

2018年11月現在は、パート・アルバイト向けの資料づくりに取り組んでいる最中です。こちらももちろん、ゼロからつくっています。製造現場の工場を、全12回で回る予定です。

こうしたインナーブランディングの取り組みをきっかけに、意義を見いだせていなかったメンバーが長期的な視点に立ち、働き方を前向きに捉えて意思を持てるようになれればーー私たち河合電器製作所はそう考えています。

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