「世界を席巻するITサービスを生み出す」 ーー海外起業家が日本で挑戦する理由

ブロックチェーン・仮想通貨と動画広告を組み合わせるサービス「c0ban(こばん)」を提供する株式会社LastRootsを創業したCEO兼CFOの小林慎和。海外で複数の企業を創業した後、なぜ日本に戻ってきたのか。日本に帰国して創業するまでの半生を小林が振り返ります。
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経営コンサルタントからベンチャーへ転職。暗中模索の日々

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▲Last Roots代表取締役CEO 小林慎和

私は2002年に野村総合研究所に入社し、経営コンサルタントとして9年間東京で働いていました。途中から5年ほど、海外展開支援のプロジェクトも担当していた時期があります。 

その過程で、アメリカ、中国にはじまり、東南アジア、インド、最後にはアフリカにも出張で赴くような生活を送っていました。 

私のコンサルティングの専門領域は、ITとモバイル。つまり、IT・モバイル業界の日本企業が、海外で事業を展開する際の支援を仕事としていたわけです。買収相手を見つけ、買収交渉をしたり、アライアンス交渉を支援したり、または、展開するプロダクトがその国に受け入れられるのか、フィールドテストを繰り返したり、そんな毎日でした。  

しかし、あるとき気づいたんです。海外展開のコンサルティングサービスを提供している自分は、海外で事業を自分で立ち上げたこともなければ、住んだこともない。そんな自分が、こんなサービスを提供していいものか。何年も葛藤していました。 

私が大学の情報工学部に入ったころ、Windowsが登場し、Yahoo!が現れ、ドットコムバブルがはじまった。そこからAmazonとGoogleが現れ、YouTube、Facebook、Twitterと革新的なサービスがどんどんと世界に出てきました。

その間、日本からは目立ったIT系のサービスはなく、世界に展開できたサービスも皆無という状況が続いていました。私がITの世界に入ってから、20年以上、世界の国々に届けることができた日本のITサービスはひとつも現れていないのです。

悔しい。

ただただ悔しい。

確かに、コンサルティングサービスを提供するなかで、自分は成長できた。でも何かが足りない。支援する立場ではなく、サービスそのものを提供し、展開する立場になりたい。世界を席巻できるサービスを作りたい。日本からそれを生み出したい。

そして私は35歳のとき、コンサルティングファームを退職し、当時世界展開に積極的な成長著しいグリーへの転職を決意しました。 

グリーには1年半在籍し、入社時400人に満たない会社が、退職時には2000人を超えるまでに成長しました。その間、積極的に海外展開を推進し、買収やアライアンスなどサービスを世界に広げる一翼を担い、途中からはシンガポール法人の立ち上げに伴い、シンガポールへ移住する機会もいただきました。

海外でいきなり起業、ただただ我武者羅に走る日々

▲The CHAOS ASIAの様子

海外に住みはじめたからこそ、より強烈に思うようになりました。 

自分で創り上げたサービスを世界の人に届けたい、と。

シンガポールへ移住してから1年足らずで、勢い余ってグリーを退職。そのまま、その地で最初の会社(Diixi Pte. Ltd.)を2012年に立ち上げました。目指すは、日本人が創り上げたサービスを世界に広げること。それも海外からはじめる。それが出来たら痛快じゃないか。根拠のない自信を胸に、海外起業家生活がはじまりました。

そこから、ただただ、我武者羅に走りました。

最初に仕掛けたのは、The CHAOS ASIAというイノベーションイベント。その製作総指揮を執りました。これはITだけでなく、教育・エンタメ・旅行・NGO・料理など多ジャンルの新進気鋭の人(老若男女)を集め、普段出会わない“unexpected”な出会いを演出することで、イノベーションを誘発しようという仕掛けです。

最終的に1年半かけて、世界5都市で開催、32ヶ国の国籍の人が集う場にまで拡大しました。次に海外で事業を推進する力をつけてやろうということで、2013年、シンガポールでECサイトを立ち上げ、その勢いのまま2014年、バリ島でコーワーキングスペース WAVEをオープンしたのです。2015年には、シンガポールの飲食チェーン大手と北海道の老舗との間でジョイントベンチャーをつくり、飲食店を開業するなど、アジア中で多岐に渡って仕掛け、動いていました。

海外起業から5年経ち、日本から勝負するために帰国を決意

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▲日本への帰国を決意し、仲間にシンガポールの会社を託した瞬間

海外で起業してから4年。それなりに会社を大きくすることもできました。失敗した事業も何個もありました。

でも、本当に自分がやりたかったことは何だったのか?

AmazonやGoogle、この20年でさまざまなITサービスが世界を席巻しているにもかかわらず、日本からほとんど生まれていない。世界を席巻した最後の日本のITサービスは、ポケモンなんじゃないか。ポケモンが産まれたのが1997年。まさにちょうど20年前。(2017年現在)

過去を振り返れば、SONYもパナソニックもトヨタもホンダと、数え切れないほど日本の会社、ブランドは世界を席巻してきた。しかし、ITの分野ではそれがない。日本から世界を席巻するITサービスを生み出したい。 

もう一度、日本に帰ろう。日本に帰って、日本で起業しよう。

 

シンガポールへ移住してから5年が経ったときに、そう思い至りました。

では、次は何をするか?次に仕掛ける事業は、はじめから世界を狙うものにしたい。技術革新があるものにしたい。これから10年間勝負できる領域を選びたい。
 

そのときに目の前に飛び込んできたのが、ブロックチェーンであり、仮想通貨だったのです。

ブロックチェーンという大波にのまれず乗りこなして行く

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▲最後のルーツと呼ばれる 。そんなサービスを生み出し続ける会社でありたい

私は大学時代コンピュータサイエンスを専攻し、ブロックチェーンに通じる分散コンピューティングも研究テーマのひとつでした。またシンガポールで自身で開催したthe CHAOS ASIAのイベントで知り合ったシリコンバレーのbitcoinスタートアップの友人とも何度か意見交換をする機会もありました。

このとき、2016年初頭、ITの世界でのビッグウェーブは、IoT、AI、そしてブロックチェーンでした。

 

人間は波を創り出すことはできません。だからと言って、波に流されてもいけない。流されずに、波に乗る。そして乗るからには、最も巨大な波を見定めなければならない。

私は、次の10年、ブロックチェーンという大波に乗る、この世界で戦うことを決意しました。そう決意してからすぐに動き出しました。当時シンガポールで所有していたふたつの会社のうち、ひとつは償却し、もう一方は譲渡。取締役を勤めていた飲食店、モバイルマーケティングの顧問も退任。

そこから3ヶ月後、東京でこの会社、LastRootsを創業していました。日本から世界を席巻するITサービスを生み出すために。ブロックチェーンという超巨大な波に、のまれずに、乗りこなしながら。

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