バンドマンから最優秀社員へ──「好き」という想いが人生をつくる

物流・製造業界向け人材サービスのライクワークスの支社長である星 瑛(ほし あきら)のキャリアスタートは派遣スタッフ。就職することに意味を見いだせず、大学卒業後はバンド活動に専念していた星がこれまでの人生で考え、選び、学んできたこととは。「好き」という気持ちに正直で居続けた、独自のキャリアをご紹介します。

就職よりも「好きなこと」を選んだ

僕は大学二年生の冬に、就職するのをやめたんです。

ちょうど、そのころは友人たちが就職活動を意識し始めたときでした。 僕も将来について考えてみましたが、やりたいことがはっきりわからなくて。そういう状態で就職をしても、僕の性格上、きっとすぐに辞めてしまうと思ったんですよね。

そこで、就職活動をするのではなく、大学生という立場を利用して、とにかく授業を受けて勉強しようと思いました。卒業に必要な単位を取得した後も、少しでも関心のある授業は、すべて聴講するようにしていました。大学はメディア情報学科だったので、今の仕事とはあまりつながっていないんですけどね(笑)。

大学を卒業してからはバンドを始めました。22歳のときです。4人組のバンドで、僕はキーボードの担当でした。

好きなことをやりたかった──バンドを始めた理由は、ただそれだけです。

好きな音楽を、音楽が好きなメンバーで奏でたい。その「好き」という気持ちだけで、ただただ打ち込んでいたことを覚えています。

そのころ、僕はバンド活動と並行しつつ、フリーターとしてカラオケ店での夜勤アルバイトをしていました。でも次第に、「もう少し働きたいなぁ」と思って、2010年10月に、友人が働いていたライクスタッフィングに登録しました。

ライクスタッフィングに登録してからは、週3~4日、働きたい日に倉庫で軽作業スタッフとして働いていました。日中は派遣スタッフとして働き、夜はカラオケ店でアルバイト、といった1日のスケジュールでした。

ライクスタッフィングに登録してすぐ、後に僕を社員に推薦してくれた花田と出会いました。当時は正直、ちょっと怖い人だと思っていました(笑)。今思えば、指示をする立場だったからだと思いますが、別世界の存在だった気がします。

でも、話せば話すほど、とても気さくでおもしろい方でした。そこからは、仕事場での良き先輩・仲の良い友人のような関係になりましたね。 このころはライクの社員として働くことになるなんて、まったく思っていなかったです。

27歳──バンドマンを辞めて就職

▲キーボードが僕です

転機になったのは2014年のことです。就職へと気持ちを切り替えて、バンドを辞めることにしました。

好きな気持ちは変わりませんでしたが、楽しいバンドに十分打ち込めたので、もういいかな、と思ったんです。くさいセリフになりますが、バンドはずっと続けられるものだけど、「続けられるから続ける」のと、「続けたいから続ける」のは違うと感じたんです。

それに、27歳を迎えて就職しにくくなることは感じており、ラストチャンスだと思っていました。

就職先として選んだのは広告代理店でした。「広告代理店」というワードに魅かれ、仕事内容も十分に理解しないまま選んでしまいました。なんだかキラキラしているイメージがあって。

1社だけ受けてすぐに内定をいただき、そのまま正社員としての入社を決めました。そのためライクスタッフィングでは登録だけ残した状態にして、倉庫での仕事は辞めました。

ところが、待ちに待った広告代理店への入社初日、胸を躍らせて出社したら「ちょっと違うな」と感じたんです。不思議と違和感を覚えて。 会社が掲げている目標を達成しようとは思いましたが、会社が大事にしていることに共感ができなかったんです。

でも、せっかく入社した会社なので、3カ月はつべこべ言わず、ただひたすら働きました。ですが、やはり小さな会社でトップの意向が強すぎたこともあり、楽しさを感じなくなってしまって。

このまま続けていく未来像を描けず退職を決意しましたが、働くことから離れてはいけないと思ったので、ライクスタッフィングでの仕事を再開しました。

期待に応えるための頑張りが、応援してくれていた人との距離を生んだ

▲今年の社員表彰のときの写真です

広告代理店を辞めてライクスタッフィングに戻って半年ほど経ったとき、ある声がかかりました。

2015年の9月、ライクスタッフィングの事業拡大によりサテライトオフィスを新設し、オープニングの社員を増員することが決まりました。そこで、担当の花田から「営業とか興味ない?幕張で事務所を出すから、気持ちがあるならぜひ一緒に働きたい」と誘っていただけたんです。

花田の上司である、当時はまだ、ライクスタッフィングのファクトリーグループのリーダーだった宮郷(現ライクワークス株式会社代表取締役社長)からも「一緒に新しいことにチャレンジしよう」とお声をかけていただき、ほぼ即答で快諾しました。

宮郷と花田という、僕を知ってくれている人から、声をかけてもらえたことがとても嬉しかったんです。

仕事は、とにかく足を使うことだと聞いていました。クライアント企業の方に会いに行く、働いてくださっているスタッフさんに会いに行くなど漠然としていましたが、「僕が今までやってもらっていたことをやればいいんだ」と考えると、やれる、と思っていました。

しかし、最初はとても大変でした。 ビジネスマナーを含め何も知らない状態で……。 右も左もわからないまま、そばにいる方のまねをしながら、自分流をつくっていきました。枠にはめようとせず、自由に。 クライアント企業の方やスタッフさんが僕を尊重してくれていたのを感じて、「絶対に期待に応えるぞ」と思っていましたね。

ただ、なかなかうまくいかなかったです。もともと倉庫でスタッフとして働いていたことが強みになると思っていたのですが、それがむしろ弱点になってしまって。

というのも、派遣スタッフ時代に一緒に働いていた知り合いの方も、僕が担当することになったのですが、会社の看板を背負っていることに責任を感じ「一線引かないといけない」と思いながら接していると、「星さんが変わった、冷たくなったと」言われてしまったんです。 勝手に「あまりフランクにしてはいけない」と思っていたけれど、そうじゃない、って気づきました。

その後、仕事に慣れてきて、自分のミスは自分で防げるようになり、仕事に恐怖がなくなりました。万が一、自分がミスをしても死ぬことはないな、と大きく構えることができて、楽しさがどんどん増えていったんです。

これまで気負っていたものがなくなると、今までスタッフさんに対し、なんでこんなに冷たい接し方をしていたのだろうと反省しました。

自分がスタッフさんだったらこんな対応は嫌だろうな、と。 楽しさを感じ始めて、やっと本来の僕になれた気がします。

ひとりでも多くの人に、仕事で「好き」「楽しい」に出会ってほしい

僕は2017年に結婚をし、2018年に第一子が誕生しましたが、いい意味で仕事に対しての気持ちは変わっていないです。

今年の5月には最優秀社員賞をいただくことができました。

さらに、2018年6月には、社員になるときに宮郷からかけていただいた「一緒に新しいことにチャレンジしよう」という言葉通り、所属していたファクトリーグループの業績が拡大し、ライクスタッフィングから分社化してライクワークスという新しい会社をつくることができました。

今後の理想は、なんでもできる人になりたいです。将来どうなりたい、こうなりたいと考えたことはありますが、確固たるものは確立できていません。まだまだ未熟です。だからこそ、自分を確立するためにも成熟していきたいと思っています。

そのためには、心の余裕を持つことが必要です。余裕で仕事をするのではなく、いい仕事をするための余裕づくり。今は支社長という立場になりましたが、仕事を楽しむという気持ちは常に持ち続けています。

チャンスは何回も自分の目の前に現れるものではありません。だからこそ、チャンスをくれる人が目の前にいるありがたさを、忘れてはいけないのです。

「好き」「楽しむ」「感謝」。これが僕の人生のキーワードです。好きな仕事、楽しい仕事。僕がそうであったように、ひとりでも多くの方に「好き」「楽しい」に出会っていただけるように支え続けていきたいです。

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