人は変われる。40代で介護業界に飛び込み、予約待ちの施設を生んだ元聖職者の奮闘記

職場環境の改善は、どんなところからはじまるのでしょうか。働く人のマインドは、どうしたら変わるのでしょうか。かつては入居率が7割にも満たなかった、ライクケアネクストの有料老人ホーム。それを3年で予約待ちが絶えない施設へと変えた背景には、現場で奮闘し続けてきた、あるひとりの男の存在がありました。
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「人を救う」とは何なのか。キリスト教聖職者から老人ホームの営業へ転身

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▲営業部長の蟹江望世

「望世(モーセ)」という名前のとおり、もともとは人を導くキリスト教聖職者を志していた蟹江望世。彼が介護の道に入ったきっかけが生まれたのは、留学していた1986年から1992年の間、イスラエルでツアーガイドをしていたときのことでした。

蟹江 「弱者に手を差し伸べることで逆に依存を生み出し、弱者のままにさせてしまう。また、若輩の自分が先生のようにふるまってしまっている。果たして、自分のしていることは本当に人を救えているのだろうか……? そう自問自答するようになったのです」

そんな疑問が募っていた矢先のこと。ツアー参加者のひとりに、「君は絶対介護に向いているよ」と声をかけられたのです。

蟹江 「40歳で思い切って前職の会社に飛び込んでみたものの、介護について何もわからないうえ、仕事は厳しかったですね。入浴の手順がわからず、20歳のスタッフにどやされることもありました。

ですが、夜勤明けや休憩時間に入居者様の話をたくさん傾聴することで、何を求められているのか理解を深めていきました。1年働くと女性入居者様たちからずいぶん好かれ、人生はじめてのモテキも経験しましたね(笑)」

その後、蟹江は同じ会社で、ご入居者様を集める仕事に就きます。そこで北海道から関東まで東日本をまわり、ご入居者様が求めるサービスについての知識を蓄積しながら、病院やケアマネージャーとの関係を築いていきました。

しかし、ひとつの施設が満床になると、次々転勤になる生活が続いたため、転職を考えはじめたのです。

「あの施設に行くのはやめたほうがいい」介護会社での試練のはじまり

2012年、蟹江はサンライズ・ヴィラ(現 ライクケアネクスト)に転職します。そしてそれは、彼にとって本当の試練のはじまりでもあったのです。

蟹江「サンライズ・ヴィラに就職することを周囲の関係者に告げると、本気で『蟹江さん、あそこに行くのだけは止めた方が良いよ』と……。そう反対されてしまうくらい、当時は評判が悪い会社だったんです」

美化も接遇もできていない状況で、ご入居者様に対するサービスも、お世辞にも良いと言えるレベルではありませんでした。蟹江は“それでも家族のため”と腹をくくって転職したものの、職員同士の関係性もできておらず、すぐに孤立無援の状態になってしまいます。

さらに転職後10か月がたった2013年、サンライズ・ヴィラはジェイコムホールディングス(現 ライク)に買収されたのでした。

当然、そこから会社の立て直しが急ピッチで行われていきます。矢継ぎ早に現場へと出される課題に、「これは自分たちのクビきりのためのハードワークだ」と、スタッフの誰もが疑心暗鬼になっていました。

“膿出し”は“生み出し”につながる。職員の顔つきが変わりはじめた瞬間

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そんな毎日を送っていた蟹江でしたが、あるとき、「私はこの会社にポテンシャルを感じているのだよ」という取締役の一言が耳に止まりました。

一瞬、「こんな会社のどこに……?」と耳を疑ってしまった彼。しかしその一言が、会社の悪い面しか見えなくなっていて、山のように課される仕事に不満しか湧かなかったマインドが変わるターニングポイントになったのです。

蟹江はまず、当時のサンライズ・ヴィラをブラックリストに載せていた入居者紹介会社を含め、プロの入居相談員にホーム見学に来てもらうことに。とにかく欠点を指摘してもらい、それを施設長や役員にフィードバックし、徹底的に改善することをはじめたのです。

手厳しい指摘事項が続きました。泣いた施設長もたくさんいましたし、なかには辞めるスタッフもいました。

しかし、蟹江はその取り組みをやめませんでした。そして、ホーム都合で動いていたそれまでの体質を改めていったのです。

むしろ他のホームがお断りしたようなケースの入居者様も、積極的にお迎え入れをすることに。するとだんだん、ホームの看護力や介護力がアップしはじめます。

はじめに満床になったのは、決して好立地とは言えない湘南台の施設。

ある日の夕方、ある病院から蟹江に「暴れる患者がいるのだが受け入れてもらえないか」と連絡が入りました。すぐに湘南台の施設長へ連絡すると、病院への訪問を快諾。その日の夜には、ご入居が決まったのです。

お問い合わせから数時間でご入居いただいたことは前代未聞でした。

このような対応は、以前のサンライズ・ヴィラでは考えられず、蟹江はあらゆるところでこの話を熱っぽく語ったのです。すると「あのホームの受入は迅速かつ柔軟、そして丁寧」との噂が広まり、30部屋ほどあった空室が、約半年で満床に。満床になったのは、実に6年ぶりのことでした。

そうした成功事例に他の施設長も触発されたのか、皆が競うようにサービスと入居率の向上に努めるようになります。

職員全員が同じベクトルを向きだすと、行くたびにホームが良くなってくるのが目に見えてわかるように。以前のようなうらぶれた表情が施設長たちから消え、やる気がみなぎっている顔になっているのを見たとき、蟹江は惚れぼれするような感激を覚えたのでした。

厳しい指摘を正面から受け取り、過去の考え方から脱却することで、今までの“膿み出し”をすることにつながりました。そして改善をたゆまず重ねることで、新しい会社、新しい自分たちを“生み出す”ことができたのです。

自分たちの強みは現場にある。職員に誰にも負けないリスペクトと感動を

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「自分たちが頑張ればがんばっただけ、成果が出るのが目に見える」と、施設で働く職員一人ひとりがきらめきはじめました。

問い合わせ窓口を担当する営業部は、どんな状況でも電話に出る。レスポンスを明確に、迅速にする。そして情報に付加価値を付けることを徹底しました。

また、見学にはことのほか入念に準備をするようになりました。徹底的に事前情報の収集と深堀をして、お客様の関心事にフォーカスをあてた「オーダーメイドの見学対応」を合言葉にしたのです。

他社がやっていることもたくさん情報収集し、その転用も考えましたが、しっくりきませんでした。それよりも現場で地道にやっていることのなかにこそ、自分たちの本当の強みがある。その「現場での積み重ね」こそが、ホームの個性を際立たせることにつながると気付いたのです。

蟹江は、現場で取り組んでいるさまざまなエピソードや取組みを、しっかり発信するのが自分たち営業部の使命だと位置づけました。

こうした地道な改善の甲斐あって、買収から3年が過ぎた2016年、ついにライクケアネクストは、全室満床、単年度黒字を達成。入居者紹介会社のプロ相談員が選ぶ、「親を入れたい介護施設NO.1」にも選ばれました。

そして2017年現在、蟹江らは新規出店を含む新しい事業構想の実現に向けて取り組んでいます。

蟹江「営業部も増員していますが、現場のスタッフに対してリスペクトと感謝を持つことを第一義にしています。スタッフこそが私たちの資産なので、それを敬愛できない者が数字を出せるはずがない、と。

私たちは営業マンではなく、相談員の要素が強いんです。だからこそ傾聴が大切で、お客様のニーズを見出して提案することこそ肝心だと伝えています」

かつて聖職者を志し、“救い”というテーマを追っていた蟹江。しかし「人を救う」という志の裏に巣食う傲慢さが、彼自身をさいなんでいました。そして、その人のためにと思ったことが、自立を著しく阻むことになる矛盾に悩みました。

蟹江 「そこから離れて、介護会社で一心不乱に働きました。翻ってみると、本当の人の救いとは、その人自身の心の向きが変わることではないのかと思うに至りました」

人が変貌を遂げることほど、素晴らしいことはない。感動することはない。心を変えることで、人は成長し変われる。それが“救い”につながるのではないか――大きく成長し、変化を遂げたライクケアネクストの現場を見て、蟹江は、そう考えています。

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