アドビ×サブスクリプションの挑戦はここから始まった

アドビ専務執行役員の神谷知信は、日本でのAdobe Creative Cloud普及を推し進めたキーパーソンでもあります。

神谷がサブスクリプションサービスと出会ったのは、2011年ごろ。当時、欧米の音楽シーンにはサブスクリプション方式による楽曲提供プラットフォームが誕生しており、洋楽を取り入れるアジア圏の国々でも普及が進んでいました。

海外各国とやりとりのあった前職時代、国内外で音楽の聴き方が異なることを知った神谷は、その違いに衝撃を受けました。

神谷 「私は洋楽が好きですが、当時は新しい楽曲を探してラジオを聴いてもトレンドの曲が繰り返し流されていて、好きな曲を聴くためにはCDを購入しなければなりませんでした。一方、サブスクリプションサービスが浸透した国々では、新旧問わずいくらでも音楽を聴くことができたんです。

サブスクリプションサービスの浸透は、日本はとくに遅れていました。というのも、日本はパッケージビジネスが根強く、CDやDVDの販売・レンタル事業が一般的だったからです。これはPCソフトに関しても同様で、パッケージ販売が主流でした」

こうした日本と海外のサブスクリプション対応の温度差を感じる中、神谷はアドビへの転職を決めます。アドビは2012年からサブスクリプションサービスAdobe Creative Cloudをリリースしていましたが、日本での立ち上がりは芳しくありませんでした。

神谷 「2014年の第三クオーター報告で、CEOから『ジャパンの数字がとくに思わしくなった』と名指しでコメントされたのを今でも覚えています。業界経験者の視点からでは、日本でのサブスクリプションサービスの浸透実現が難しいだろう、と当時のアドビ上層部は考えました。新鮮な視点からこの課題を解決するための人材として、私は異業種からアドビに飛び込みました」

日本文化に寄り添ったユーザー体験でサブスクリプション浸透を実現

海外と比べてパッケージビジネスの存在感が大きい日本では、ユーザーにAdobe Creative Cloudを理解してもらうことが第一の難題でした。ユーザー層の特徴や業界の違いも要因のひとつです。

神谷 「アドビは企業のほか、個人、学生や多くの教育機関でも利用されています。学生時代に高額なパッケージを購入したユーザーも多数いました。『なぜサブスクリプションでさらにお金を払わなければならないのか』と、疑問を感じる方がいることも自然なことです。また、日本は海外と比べて紙媒体の定着が強い特徴もあります。

印刷業界を支える中小企業の多くはアドビをご利用いただいてますが、業務と密接に関わるソフトがサブスクリプションになることに対し、経営の視点から積極的ではない企業がほとんどでした」

神谷は第一に、日本のユーザーに旧サービスと新サービスの違いを理解してもらえるよう、アドビのウェブサイトをローカライズすることから始めました。これも日本人の特性に合わせた試みです。

神谷 「海外のユーザーが『まず体験しよう』とアクションを起こすのに対し、日本人は『前バージョンとの違いを比較したい。何も知らずに体験したら買わされる』と警戒する傾向があります。Eコマースのカスタマージャーニーを日本に合わせ、体験のハードルを下げるよう心がけました」

製品への敷居を下げると同時に、ユーザーの利用を促すためには、製品そのもののローカライズも考えなければなりません。アップデートの頻度が高いサブスクリプションサービスは、事前に日本語化を徹底するためにシステムから改善する必要がありました。

神谷 「20年以上ソフトを使ってきたユーザー様は『何も変えてほしくない』と言う。一方で、新規のユーザー様は説明がなければ利用が難しい。ニーズの中間地点を考えながら、Adobe Creative Cloudにおけるユーザー体験の落としどころを模索していきました」

こうしたAdobe Creative Cloudを基軸とする営業活動は、社内の組織体制を変えていきました。

神谷 「サブスクリプションサービスは、営業、マーケティング、カスタマーサービスのメンバーが同じ視点で挑まなければ成果が出ません。そして、ユーザーとのタッチポイントが違うわれわれを唯一つなぐのはデータです。

以前は各部署が売上やユーザーに関するデータを個別に管理していましたが、今はひとつのBIツールで可視化できるステムを導入しました。私たちは、これをDDOM(データドリブンオペレーティングモデル)と称し、共通認識としてのユーザー体験をステップ化しています」

Adobe Creative Cloudから広がる活用とファン・コミュニティ

こうしたAdobe Creative Cloud普及にともなう改革は、現場にも波紋のように変化を与えていきました。法人営業を担当する久保麻子は、Adobe Creative Cloudへの移行期を過ぎた2016年入社。以降、クライアントのアドビ製品に対する姿勢が変わりつつあることを体感しています。

久保 「サブスクリプションサービスの良いところは、新サービスや新機能を“使えるなら使っちゃおう“と手軽に企業の皆様に使っていただけることです。テレビ朝日様では、ミュージックステーションの生放送中に作詞作曲された楽曲を発表する企画で、タブレットペイントアプリ『Adobe Fresco』を活用し、背景をリアルタイムで描いて投影していました。

当日まで楽曲の雰囲気がわからない企画でこうした対応ができたのも、この新アプリがサービス内に含まれていたからです。スピード感や感覚的な描画という『Adobe Fresco』の持つメリットを、最大限に発揮していただいた活用事例だと思います」

また、サブスクリプションサービスは、次世代のユーザー体験をデザインするためにも役立てられています。

久保 「サブスクリプションサービスになったことで、ユーザーがどのようにソフトを利用しているかがすべてデータ化され、集約されるようになりました。そのデータをもとに、AIによる作業自動化など、より満足度の高い機能をアップデートできるんです」

ユーザーの力で成長する製品群は、デバイスの多様化やクリエイティブの手段の拡張性も相まって、領域を広げ続けています。新しいノウハウが増えていく中、若いユーザーを中心に、新たな使い方を普及する動きも活発化しています。

久保 「自主的な勉強会を開催する企業様や、新しくリリースされた機能を使って企画を立ててくださる企業様など、積極的な事例が増えていることに感謝しています。私たちはツールを提供している立場ですが、お客様のクリエイティブにいつも感動しています」

企業や学校のインフラとなり得るアドビ製品を通じて社会を元気にしたい

アドビが数年をかけて日本に届けたサブスクリプションサービスは、こうして各業界の企業からクリエイティブな挑戦が生まれる土壌を育てつつあります。

神谷 「アドビのミッションは、『世界を変えるデジタル体験を』提供することです。ひとりでも多くのひとがクリエイティビティを発揮できる社会を目指し、ツール提供を推し進めていきたいです。デザインを取り入れる領域は無限に広がっています。

絵を描くだけではない、写真も映像も、今後はARなどの技術も増えるでしょう。設計や資料作成も、選択肢を変えればクリエイティブな手段が生まれるかもしれません。そういった可能性をツールから示唆し、教育現場や企業に変化をもたらしていければ、と思います」
久保 「私の夢はジャーナリストだったのですが、今は営業という立場でメディアをつくる企業と関わり、情報発信に必要不可欠なツールを提供しています。

そのことにやりがいを覚えますし、多くの企業にとってのインフラのような大切な一部を担っていることに責任を感じます。単に提供するだけでなく、クライアントのクリエイティビティや生産性を高めることに貢献できるよう、これからもニーズを理解していきたいです」
神谷 「日本はこれまで、卓越した技術やアニメ・マンガなどのカルチャーでクリエイティブをリードしてきた国でもあります。ただ、表現方法、マーケティングが適切でないゆえに、海外進出や事業展開に失敗しているケースも珍しくありません。

個人、企業問わず、アドビがグローバルな視点からお手伝いしたいです。そして、日本の社会そのものが、これから元気になることの一助となれれば幸いです」

独自の価値観やビジネスモデルが浸透する日本社会を、根本から元気に。その目標を胸に、アドビはこれからもクリエイティブを生み出す基盤を提供していきます。