外資系企業で日本からグローバルの変革へ立ち上がる──究極のおせっかい

代表の山田理英子は、28歳でマーケットワンの日本市場の開拓を託され、現在は日本だけではなくグローバルの変革にコミットし始めました。新卒で入社した外資系企業で、現在はブランチのトップでありながらグローバルでも強い存在感を発揮する山田の想いを紹介します。
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親離れを経て、その視点はグローバルに

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2019年現在、グローバルに拠点を展開するマーケットワンの中でも、山田は日本法人(ブランチ)のトップという立場だけではなく、アメリカを中心としたマーケットワン・インターナショナルにおいてもイニシアチブを握り、創設者と並んで経営陣として名を連ねています。

それは彼女が25歳で新卒として入社し、28歳で日本法人の代表となった後に、役割を越えてさまざまな場面で活躍したことが背景にありました。

成長した子どもが親孝行を開始するかのように、グローバルでの存在感を発揮する山田。持ち前の何事にも臆さない度胸と、“まずやってみよう”という性格が彼女の武器となりました。

グローバルの変革は、日本からでもけん引できる──。

山田が見つめるのは、自身が担ってきたブランチであるマーケットワン・ジャパンだけではありません。グローバル全体へと目線を移し、マーケットワン・インターナショナルの未来を見つめているのです。

自由と責任の絶妙なバランス。肝となるのは絶妙なガバナンス

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現在では、日本での経験をもとにグローバルレベルでの組織変革を描く山田ですが、彼女なりのマネジメントを確立できたのは、日本法人を設立する際に「大きな責任と裁量権を与えられたから」だと振り返ります。

山田 「本国アメリカでの 3年間の修行を終え、日本法人の立ち上げを命じられた私に対して、本社からの事細かな指示はありませんでした。『アメリカにあるビジネスモデルを参考にして日本でもやってみて』と、放り投げられたと言っても良いんじゃないでしょうか(笑)。
当然、何もかもがアメリカ仕様のままでは、日本のマーケットで使えません。良いところは残しつつも、新しいビジネスモデルをつくり、マーケットワン・ジャパンを形にしていきました」

本国から与えられた自由度の高さに戸惑いこそあったものの、「アメリカがなんとかしてくれる、助けてくれる」という親への依存の想いはまったくありません。この時すでに親離れしていたんですね(笑)。

山田 「もともとマーケットワンには “個で勝負させる ”という文化があります。とくに日本市場に関しては、経営陣が日本語もわからなければ日本企業の文化もわからなかった。だから日本人である私に任せるしかなかったんです。むしろ、アメリカでつくったビジネスモデルをそのまま押し付けても成功しないということを、強く認識していたのだと思います。
今振り返ると、付かず離れずの関係性ができあがっていたのでしょう。だからこそ大きな支援がなくてもアメリカ本社の存在を精神的支柱にして、日本で思いっきり挑戦ができたのだと思います」

当時のマーケットワンは規模が小さかったこともあり、個の強さがビジネスの成功に直結していました。しかし、自由にチャレンジできる文化はあるものの、それをいかに捉えて行動するか、が肝になると山田は考えます。

山田 「自由にできるということは、背負う責任も大きいのです。そして、マーケットワンらしくビジネスを拡張させるべく、その個の強さを磨き続けなくてはダメ。私は新卒でマーケットワンに入社し、そのマーケットワン精神を 3年の修行期間で徹底的に身に付けられたからこそ、日本法人を任せてもらえましたし、立ち上げを一任されても依存せずに前に転び続けられたのだと思います」

本社からの強い信頼と期待をもとに、山田は自身のキャリアを築きながら、任されることの大切さを身をもって感じていきました。そして、その親から譲り受けた“個で勝負に挑む文化” 、“転ぶなら前のめり”という伝家の宝刀をマーケットワン・ジャパンにも伝えていったのです。

日本を出て気付いたM1らしさ。開放と統制の絶妙なバランスで個の力を生かす

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日本法人を立ち上げて5年が経った2011年のこと。

日本法人のビジネスを成長させる山田のもとに、アメリカ本社からある連絡が届きました。

山田 「日本法人の立ち上げ後、アジアパシフィックに注目していたマーケットワンは、新たな市場の開拓を強化していました。私は、マーケットワン・ジャパンのマネジメントにかかり切りだったのですが、経営陣から『シンガポールのサポートをしてくれないか』と連絡があったんです」

「任される」ことに対しては、自分なりに考え、全力でコミットするのが山田の性分。弟の様子を伺うかのような姉心で、山田はシンガポールへと赴きました。

しかし、現地に足を踏み入れた先に待っていたのは、責任感のあるメンバーがそろっているものの、「解放と統制」のミックスバランスが崩れ、組織としては機能不全の状態。厳しい状態ではあったものの、そのバランスを戻すことで、マーケットワンらしいビジネスができるようになると山田は感じたのです。

山田 「 『全然いける!』と思いましたね。営業の仕組みのほか、マネジメント体制も、自分が関わることでもっとうまく機能させられると思ってしまったんです。言い換えると、マーケットワンらしさを組織に取り戻すことで、ぐんと成長するチャンスがあると。
現地の人にとってみれば、急に横から口を出してきた私に戸惑ったとも思いますが、マーケットワンに新卒で入社した私にとって、その “マーケットワンらしくない姿 ”は、看過することはできず、我慢できませんでした。何よりも、一人ひとりのメンバーはすばらしい人ばかりでしたので」

日本法人立ち上げの経験を生かし、現地のマネジャーと協力してシンガポールの立て直しをした山田の実績はアメリカ本社からも評価され、その後もオーストラリア、インドなど、複数の拠点への関与も任されました。

山田 「自由と責任のバランスをうまく取るマネジメント手法がうちのビジネスの成功の肝なんです。日本法人の立ち上げにひと段落ついたところで、ほかの拠点の状況がそう気付かせてくれました。
ビジネスモデルを完全にグローバルに標準化できる会社でないことはわかっています。市場に合わせて試行錯誤する必要はあるのですが、マーケットワンとしての文化の象徴であり、守るべきものは必ずある。それらを大切にすることと、極限までの自由さ、それを許すことができる絶妙なバランス、それがマーケットワンらしさなんです」

改めてマーケットワンらしさを維持することの難しさに気付いた山田ですが、国外での数年の活動の後、グローバルを離れ、日本での本業に専念することを決意します。

山田 「正直な話、日本法人に対して、身も心も不在にしていることにより、ほころびがいろんなところで出始めていたんです。当時の状況では日本以外の複数拠点をマネジメントすることは不可能でした」

マーケットワン・ジャパンの成長が後押し。再びグローバルの舞台へ

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2018年――。国外拠点の活動から離れ、日本法人の経営に専念した山田が率いるマーケットワン・ジャパンは新たな成長フェーズを迎えていました。

山田 「個々がさまざまな方向でマーケットワンらしさを発揮することに、もがき苦しんでいたんです。これが起点となり、数年かけて会社全体の構造改革を実行しました。メンバーが勝負できる環境を整えること。会社をがむしゃらに大きくしてきた中で、いびつになっていた部分をキレイに整えていきました。自由を掲げている会社のため、規模が大きくなると理念と土台を改めてデザインし直す必要があったんです。それがある程度定着し始め、業績にも現れるようになってきました」

安定した成長軌道を描くようになったマーケットワン・ジャパン。さらなる成長を描くべく2018年に行ったあることがきっかけで、再び山田が日本を離れグローバル規模で活動する転機が生まれました。

山田 「 2018年 5月に、日本のメンバーをアメリカ本社の研修に連れて行きました。グローバルマーケットで今何が起こっているのかを学ばせてもらうという目的がありました。彼ら・彼女らが学ぶことはたくさんあり、研修自体はうまくいきました。しかし、数年ぶりにアメリカに来て、本社も同じような成長痛で試行錯誤している姿を見ました。
『全然いける!』それは、シンガポールや日本などで感じたものと同じ。アメリカ本社も、ビジネスが成長して自由とガバナンスの仕組みをリデザインするフェーズになっていたんです。こだわりと情熱と好奇心の強いスタッフが、それぞれマーケットワンらしさを体現しようと最大限に挑んでいる。ただ、それらの個の力の集合が、組織としてのマーケットワンらしさになりきれていない状態だと感じたんです」

マーケットワンはまだまだ成長できる!

マーケットワンの考え方や、サービスの将来性を山田は強く感じていました。日本で時間をかけてつくり上げてきたマネジメントが成功していることを自信に変えて、マーケットワンをグローバル規模で支えていくことを改めて決意しました。親離れをし、いまこそ自分が親孝行すべき時なんだと強く感じていました──。

山田 「シンガポールでの経験、日本でのビジネスモデルの再構築の経験を経て、もう一段成長できるストラクチャーを構築することで、本社そしてグループ全体がさらに進化できる。最初は経営陣にアドバイスをする程度だったのですが、それを実行可能な形にし、持続性のある変革の動きをつくるためには、もっとおせっかいのエネルギーが必要だと気づきました。自分の経験は、この機会にこそ生かすことができるし、グループ全体のためにも生かしていくべきだと」

遠い海を挟んだひとつの拠点に過ぎないジャパン代表の山田が、本国で強い存在感を放つことは、簡単なことではありません。

山田 「私が長年かけてつくりあげてきたマネジメントは、メンバーの自立・自走、価値を最大化することで、組織としてマーケットワンらしさを体現できるようにするもの。持続性があり、成長しつづける組織をつくる取り組みであって、無意識のうちに日本人にとってなじみ深い、継続する、つなぐ、協働する “和 ”の要素を大きく取り入れてきたと思います。それは速効性はなくても、堅実に前に進み続けることによって次第に効果が出てくるものです。
欧米はある課題が起きると、速効性のあるエナジードリンクを求める傾向があります。私が推進した取り組みは漢方薬。これが非常に地味なんですね。最初はあまりウケが良くなかったと思います(笑)」

各地域のリーダーとの対話を進めつつ、本国のメンバーともコミュニケーションを活発にしていくようになった山田。マーケットワンの文化に育てられたという感謝から、強い使命感に駆られていた山田のひたむきさは、次第に共感を得ていきました。

山田 「これまで個人的に『これが正しい!』と信じて動いていましたが、それが組織的な動きになり、ジャパンチームが、グループ全体の BPRをけん引する側に立っていくことになりました。良い意味で変わらなきゃいけないというムーブメントがグローバルな規模で起きています。その指針として、私の名前やマーケットワン・ジャパンがあげられるようになってきて、存在感が出ていることは、すごく嬉しいですね。
そして何より、私がグローバルにコミットする理由は、親孝行はもちろんですが、日本のメンバーたちに、日本国内に留まらない視野、視座を得てほしいと思っているからなのです。私と同じようにマーケットワンの可能性を感じて入社し、一緒に戦い続けている若いメンバーたちにも、グローバルで活躍ができる未来を感じてほしいんです」

マーケットワン・ジャパンがグループ内での存在感を増したことは、山田が「マーケットワンらしさ」を信じ、自身の領域を限定せずグローバルレベルでおせっかいを実行していることが関係しています。メンバーも同様であること、日本で担っていることがグローバルでも価値があること。そして、マーケットワン・ジャパンから新たなグローバルリーダーが育つことを山田は願っています。

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